ヒラリーが出演する事もあり、日曜日に久しぶりMEET THE PRESSを見た。驚いたのはいつも冷静にジャーナリストとして的確な質問をするホストのテイムラサート氏がヒラリーに絡んでいた事。(過去の彼女の発言から質問を繰り返す)これにはヒラリーも何度も切れそうになっていた。
さて米国内は選挙においても経済が重要課題になった。それを受け候補者は一斉に大風呂敷を敷き始めた。先日ヒラリーが80BILの刺激策を発表すると、本日オバマはソレを上回る120Bの刺激策を発表した。
二人とも今の段階では何でも言える。それに対し共和党は基本減税路線で全員が一致している。玄人筋には実現性などどうでもよい民主党案より、これまで同様の市場重視のサプライサイダー、フリードマン路線の方が安心感があるのは事実。しかし今の米国は経済面では素人の感情論が数の上では圧倒的に優勢だ。なぜなら、金融を中心に景気が良かった時も、大多数の中間層以下にはフリードマンの恩恵は届いていなかったkらだ。
いずれにしても、選挙の争点は実効性よりも感情論優先になる事は間違いない。そんな米国をほかの国はどう見ていくのか。ヒラリーとオバマの争いは、女性/男性、黒人/白人、若者/中高年という構図で国内世論は盛り上がっている。。
このブログは終了しました。 日々のつぶやきはデイオブレコンに、 http://otakizawa.blogspot.com/ 解説はゴゴジャンTakizawa レター 今日の視点 明日の視点に移りました
2008年1月18日金曜日
2008年1月10日木曜日
日本の覚醒
昨日のNH(ニューハンプシャー州)での予備戦の結果、このIL(イリノイ州)では面白い現象が起きている。ILはオバマとヒラリーの地元だが、2/4のIL州予備選に向け、今まで選挙に興味がなかった人々が早々と登録を開始したという。NHではヒラリーの涙が起死回生となった事は間違いないが、今回ILで新たな階層を含めた老若男女を選挙に駆り立てている背景は何か。それは変革に希望を見い出したい若者と、ブッシュからの変化は望むもののリタイアを控え、オバマまでの変化には不安を感じる中高年と、そして純粋にヒラリーを応援したい女性層が覚醒したからだ。いずれにしてもこの覚醒エネルギーの動向を予想する事は誰にもできないだろう・・。
ところで年始のNHKクローズアップ現代は非常に良く出来ていた。ここでプロ向けに数年もかけて解説したグローバルマネーの潮流変化を一般向けに非常に解り易く紹介していた。ゲストとして榊原氏と三菱の水野氏が招かれていたが、彼らは共に米国の衰退と年後半からの中国のスローダウンの可能性は日本にとって禍という意見で共通していた。だが私はその意見に同意できない。
そもそも現象面の解説と次に起こりそうな事象を予想するのが評論家やアナリストの仕事だ。ただ彼らの言う事を聞いているだけでは必要な変化は起きない。米国の渾沌とそれに伴う世界の流動化は本当は日本の覚醒の為のチャンスと考えるべきである。
まずどの時代も口では変化を唱えながら実際にはソレを望まない層と、本当に爆発する力を持つ層と分かれる。例えば明治維新。維新は薩長が主役が定説。しかし両藩の中でも幕府の衰退を感じ倒幕を叫びながらも実は変化を望まなかった層と、実際に維新の起爆になっていった者達を本来一緒にすべきでない。物語の趣旨は違えどその辺りは今年の宮尾登美子の大河ドラマが参考になろう。個人的歴史観では後に元勲と言われた西郷や桂はどちらかと言うと前者で、彼らは途中から圧倒的な変革のエネルギーに迎合していったと感じる。
それに対して初期の段階でバカな挑戦をした代表は高杉だ。端に位置した長州と薩摩が最初に外国の力に遭遇、結果討幕に傾いたのは必然。しかし高杉がまだ保守的だった長州藩の守旧を打破らなければ維新そのものが始まっていなかったはず。それ程農民の兵力化は当時としてはバカな挑戦だった。その意味でこの時代最大の英雄は元勲でも竜馬でもない。竜馬ファンには異論があろうが、個人的には彼は変化の可能性をがなければサッサと日本を捨てていたタイプとみている・・。
では必要な変化を日本で興すにはどうしたらよいか。そもそも必要な変化が何であるかの認識も定まっていない。MEDIAをみてもNHKは明らかに米国型市場原理から離れようとしているのに対し、日経は欧米型の市場ルールの徹底と完成が最重要と見ている様だ。前者は総論を、後者は各論を言っているだけのようだが、そんな中で一番重要なのは、米国がどうなろうとも日本までが自信を失う必要はないという事。今の日本は自分で自分を信じいてない感すらあるが、そんな国が他にあるのか。
この変化に必要なのは外国の諸事に明るい人ではなく、日本を誇れる人だろう。政治家はまずその点に気づき国民を導く必要がある。しかしこの日本の覚醒は戦後一貫して米国が避けてきた事。よってこれまでは実現が難しかった。しかし米国自体が渾沌とした今、実はチャンスが到来したのである。このチャンスに陰気な法律家や経済評論家は不要。ましてや米国が傾いて狼狽している政治家などは愚の骨頂だ。
ズバリお金を使おう。特に嘗て「新人類」と言われた世代は今はバカになってお金を使うべきだ。お金を持っているのは今からリタイヤする団塊の人々だろう。だがこの世代は米国支配の影響を一番受けた人々でもある。一方新人類よりも若い世代は日本が勝ち組だった時代を全く経験していない。デフレしか知らないこの世代に期待するのは酷だ。よって責任は勝手世代と揶揄された新人類世代である。
私を含めこの新人類に今どれ程消費力が残されているか判らない。しかしこの世代が立ち上がらなくてどうする。米国の選挙は非常に面白い展開だが、新人類よ、目覚める人を見て自分達が目覚めよ。
ところで年始のNHKクローズアップ現代は非常に良く出来ていた。ここでプロ向けに数年もかけて解説したグローバルマネーの潮流変化を一般向けに非常に解り易く紹介していた。ゲストとして榊原氏と三菱の水野氏が招かれていたが、彼らは共に米国の衰退と年後半からの中国のスローダウンの可能性は日本にとって禍という意見で共通していた。だが私はその意見に同意できない。
そもそも現象面の解説と次に起こりそうな事象を予想するのが評論家やアナリストの仕事だ。ただ彼らの言う事を聞いているだけでは必要な変化は起きない。米国の渾沌とそれに伴う世界の流動化は本当は日本の覚醒の為のチャンスと考えるべきである。
まずどの時代も口では変化を唱えながら実際にはソレを望まない層と、本当に爆発する力を持つ層と分かれる。例えば明治維新。維新は薩長が主役が定説。しかし両藩の中でも幕府の衰退を感じ倒幕を叫びながらも実は変化を望まなかった層と、実際に維新の起爆になっていった者達を本来一緒にすべきでない。物語の趣旨は違えどその辺りは今年の宮尾登美子の大河ドラマが参考になろう。個人的歴史観では後に元勲と言われた西郷や桂はどちらかと言うと前者で、彼らは途中から圧倒的な変革のエネルギーに迎合していったと感じる。
それに対して初期の段階でバカな挑戦をした代表は高杉だ。端に位置した長州と薩摩が最初に外国の力に遭遇、結果討幕に傾いたのは必然。しかし高杉がまだ保守的だった長州藩の守旧を打破らなければ維新そのものが始まっていなかったはず。それ程農民の兵力化は当時としてはバカな挑戦だった。その意味でこの時代最大の英雄は元勲でも竜馬でもない。竜馬ファンには異論があろうが、個人的には彼は変化の可能性をがなければサッサと日本を捨てていたタイプとみている・・。
では必要な変化を日本で興すにはどうしたらよいか。そもそも必要な変化が何であるかの認識も定まっていない。MEDIAをみてもNHKは明らかに米国型市場原理から離れようとしているのに対し、日経は欧米型の市場ルールの徹底と完成が最重要と見ている様だ。前者は総論を、後者は各論を言っているだけのようだが、そんな中で一番重要なのは、米国がどうなろうとも日本までが自信を失う必要はないという事。今の日本は自分で自分を信じいてない感すらあるが、そんな国が他にあるのか。
この変化に必要なのは外国の諸事に明るい人ではなく、日本を誇れる人だろう。政治家はまずその点に気づき国民を導く必要がある。しかしこの日本の覚醒は戦後一貫して米国が避けてきた事。よってこれまでは実現が難しかった。しかし米国自体が渾沌とした今、実はチャンスが到来したのである。このチャンスに陰気な法律家や経済評論家は不要。ましてや米国が傾いて狼狽している政治家などは愚の骨頂だ。
ズバリお金を使おう。特に嘗て「新人類」と言われた世代は今はバカになってお金を使うべきだ。お金を持っているのは今からリタイヤする団塊の人々だろう。だがこの世代は米国支配の影響を一番受けた人々でもある。一方新人類よりも若い世代は日本が勝ち組だった時代を全く経験していない。デフレしか知らないこの世代に期待するのは酷だ。よって責任は勝手世代と揶揄された新人類世代である。
私を含めこの新人類に今どれ程消費力が残されているか判らない。しかしこの世代が立ち上がらなくてどうする。米国の選挙は非常に面白い展開だが、新人類よ、目覚める人を見て自分達が目覚めよ。
2008年1月5日土曜日
ビンラディンと大石内蔵助
アルカイーダがブット女史暗殺の実行犯として声明を出した。ただ一口にアルカイーダと言ってもその中身が色々あるのは最早常識。ではその中で一番怖いアルカイーダは誰か。それは金の力が及ばない魔境に住むアルカイーダである・・。
アラブには金がある。そこでテロを起こす連中は結局金の価値を信じる親分によって踊らされた貧乏で無知な若者であるケースが多い。しかし、パキスタンやアフガニスタンにかけて暗躍するアルカイーダ組織では、親分は簡単には金では動かない。なぜならビンラデインは元々金持ちでありながら信念でこの地域にこもった男だ。彼が生きていようが死んでいようが、そのカルチャーは他の連中とは恐らく異なる・・。
所変わって江戸時代の日本。天下太平の世で些細なミスで殿さまが切腹、お家は断絶、藩士は浪人になった。条理がない。しかしこんな事は当時日常茶飯事だった。よってだからと言って徒党を組み誰かを仇討をするなどあり得ない。幕府当初その処置の不味さを反省しながらも、物理的可能性より平和な時代に生きる人間がそんな愚かな狂人的行動をするはずがない・・とタカをくっていた。
同意だ。仮に今の時代に生きる自分がタイムスリップしてこの時代に直面しても、私は赤穂浪士には加わらないだろう。なぜならその時代は男のロマンが充満していた戦国時代ではない。太平の世ではそんな事をするより、他藩へ仕官する道を探した方がましだ。しかし、紆余曲折がありながらも、お金や仕官へなどの誘惑を振り切り、目的を達成した狂人連中がいた。そしてそのプロジェクト導いた恐ろしい男が本当にいたのは事実だ。
ところでテロ直後、魔境を中心とする一部の世界ではブッシュよりもビンラデインが支持されていると聞いた時、私は面白半分に聞き流しただけだった。しかし今は違う。我々がペーパーマネーゲームに興じている時、この魔境では金の魔力が効かない恐ろしい連中が直実に育っていたのである。そして我々の世界、即ちお金の世界の限界(インフレ)が見え始めた今、この連中をただの狂人として笑い飛ばす気は失せてしまった。彼には赤穂浪士のような信じるものがある。そしてその信念は私には恐ろしい。今は笑い飛ばすどころか心から恐ろしいと感じるようになった。
最後には「アラブのルール」で何とかなるかもしれないイラクとはまた違った恐ろしいこの魔境に米国はどう対処するつもりなのか・・。
アラブには金がある。そこでテロを起こす連中は結局金の価値を信じる親分によって踊らされた貧乏で無知な若者であるケースが多い。しかし、パキスタンやアフガニスタンにかけて暗躍するアルカイーダ組織では、親分は簡単には金では動かない。なぜならビンラデインは元々金持ちでありながら信念でこの地域にこもった男だ。彼が生きていようが死んでいようが、そのカルチャーは他の連中とは恐らく異なる・・。
所変わって江戸時代の日本。天下太平の世で些細なミスで殿さまが切腹、お家は断絶、藩士は浪人になった。条理がない。しかしこんな事は当時日常茶飯事だった。よってだからと言って徒党を組み誰かを仇討をするなどあり得ない。幕府当初その処置の不味さを反省しながらも、物理的可能性より平和な時代に生きる人間がそんな愚かな狂人的行動をするはずがない・・とタカをくっていた。
同意だ。仮に今の時代に生きる自分がタイムスリップしてこの時代に直面しても、私は赤穂浪士には加わらないだろう。なぜならその時代は男のロマンが充満していた戦国時代ではない。太平の世ではそんな事をするより、他藩へ仕官する道を探した方がましだ。しかし、紆余曲折がありながらも、お金や仕官へなどの誘惑を振り切り、目的を達成した狂人連中がいた。そしてそのプロジェクト導いた恐ろしい男が本当にいたのは事実だ。
ところでテロ直後、魔境を中心とする一部の世界ではブッシュよりもビンラデインが支持されていると聞いた時、私は面白半分に聞き流しただけだった。しかし今は違う。我々がペーパーマネーゲームに興じている時、この魔境では金の魔力が効かない恐ろしい連中が直実に育っていたのである。そして我々の世界、即ちお金の世界の限界(インフレ)が見え始めた今、この連中をただの狂人として笑い飛ばす気は失せてしまった。彼には赤穂浪士のような信じるものがある。そしてその信念は私には恐ろしい。今は笑い飛ばすどころか心から恐ろしいと感じるようになった。
最後には「アラブのルール」で何とかなるかもしれないイラクとはまた違った恐ろしいこの魔境に米国はどう対処するつもりなのか・・。
2007年12月28日金曜日
年末特集2007年雑感
ところで2007年は一言ではどんな年だったか。米国の衰退、ドル安、インフレ、そして最も恐れていた住宅市場の崩壊・・。考えてみれば予想されてきた事が実際に起こり始めた年。そんな印象である。ただ言い換えるとまだそれはパニックではないと言う事の裏返し。本当に「未知との遭遇」になった場合一体どうなってしまうのか、それはまだ解らない。そこで今できる事はただ一つ。可能な限り多くのパターンを過去から学び、自分なりのイメージを準備しておく事。ただそれは一方的に送られてくる情報を整理しているだけでは限界がある。これからは老若男女を問わず、また自身のヒストリーを超えたDIMENSIONで思考する事を心がける。さすれば他人より余裕を持って金融市場の値動きも眺められる可能性が高まる。これが今年の個人的結論(雑感)だ。
豪商が存在した元禄の終焉がそうであった様に、冷戦後の世界的平和とその終焉は金融市場の多様化と信用拡大というマネーのゲーム化の終焉とも重なるかもしれない。今、平和で豊かな米国や日本では子供がWIIで戦争ゲームに熱中している。しかし実際に人が戦争で殺されている国の子供は仮にWIIがあったとしても戦争ゲームをするだろうか。マネーもそれと同じだろう。マネーがゲーム化する背景は、その絶対量の問題もさる事ながら、寧ろ平和期のVOLATILITYの欠落が刺激を求める人間の神経を麻痺させ、過度のリターンへと誘導する危険なゲームに向かわせていると考える。そしてこの20年、金融市場関係者が追い求めた市場の規制緩和や証券化金融商品の開発は言わば紳士協定が前提である事が多く、一旦その協定が崩れるとどうなるかまだ誰も想定していない。そんな中で周りの取引所関係者の多くはだからこそ取引所の会員権はこれからも上昇を続けると確信している。中には会員権の上昇益を枕にリタイアを決め込む同世代もいる。だが本当に彼らは正しいか。市場は万能ではない。その長期的メリットが短期的な政治手段に負ける事は多数決の原理からも否定できない。そしてそのリスクは静かに露見し始めており、その片鱗が現れたのはまずは銀行間の短期信用市場ではないだろうか。ただ今のところ信用不安は金融機関の間の話。これが末端の預金者に影響が出ると猶予はない。実はプレトンウッズ体制下が最も銀行倒産が少なかったという記事を最近読んだが、感情が理性に勝ると民主主義と市場原理は両立しない。もしこれが今のリスクの本質だとすると、それに対して政策金利の調節という術しか持たない中央銀行の存在は虚しい。まるでそれは自分で中毒や糖尿病を治す意思がない患者を前にした医者と同じである。
<2008年とは>
さて来年のテーマは何か。米国大統領選挙は重要だが、最早それは今年の中央競馬の様相だ。ディープインパクトのいない今年のレースは全く観なかった。こちらの大統領選も稀に見る団子レース。このままでは先週の有馬記念以上の結末の可能性もあり、現時点での予想などに意味はない。ただ次の大統領が誰になっても共通のテーマとして浮上するのはイランである。ブッシュが一定の役割の終えたイラクから撤退する日は遠くはないとみるが、これまでの様に期日が曖昧で楽観的部分撤退の予想繰り返しでは笑われるだけだ。よってその時は期日切って完全撤退を発表しなければならない。そしてそのタイミングは以前予想した様に選挙効果を考えれば民主党の攻激目標を奪った上で景気がさらに落ち込んむはずの来年初夏か。
いずれにせよ主要国にとってイランは格好の材料だ。独仏が急速に米国にすり寄ったのはブッシュ後の米国へのヘッジもさる事ながら、プーチンロシアへの恐怖の裏返しである事は明白。逆にそのプーチンはイランへの影響力行使を一層強めるだろう。そんな中でアラブ諸国は反イランで結束した様子。最近のイスラエルのシリアへの不可解な干渉(軍事行動)は互いに本気だった年初の緊張とは全く別物である。シリアの豹変は結果的にイラクに小康状態を齎し、ヒズボラやハマスを最近の紙面から追いやってしまった。これはイスラムであり、中東でもあるがアラブではないイランには相当な重圧。ただシーア派革命を起こしたイランに対するスン二派アラブ王族の結託と米国のシナリオへの便乗は合理性があるとみる。だがこれでイスラエルが自由になり、其れにビンラデインが怒ると彼の生死にかかわらず再び米国は危ない。なぜなら彼の配下の組織はアラブと米国の妥協が過ぎると事を起こす習性があるからだ。
もしかしたら最近のアラブ資本の米国への流れもこの様な妥協が前提になっているのかもしれない。だが皆でイランを包囲して締め上げる事で利益を享受するシナリオは本当に機能するのか。そんな中で米国は自ら望んではいないが、場合によって経済政策で減量的政策を強いられる可能性にも準備はしている。しかし長い間冬を経験していないキリギリスに減量をさせるのは大変だ。ダイエットの為にトレッドミルで走るのは辛い。だが景色が変わる外を走ると気分もまぎれる。仮にインフレ対応、緊縮経済で減量を図る場合はこの手法でいくしかないだろう。元々民主党はイランと折り合いが悪いが、共和党政権が続いてもイラクからから返す刀でイラン極悪説を展開して国民の再びマニピュレートする事は可能だ。政府は国民の関心を経済以外に向けさせながら、今の完全市場原理から徐々にから市場中心主義的モデルの新しいレジーム手段を考えればよい。いずれにせよ先日のブッシュのイラン挑発声明はイラク戦争前のソレと全く同じパターンを踏襲していた事に気付いた人は多いはずである。
しかしそれにしてもイランは場所が悪い。真にキリスト教文明にとっての鬼門。アレキサンダーの東進もここでまでだったがが、一旦足を踏み入れると泥沼と言わるアフガニスタンとパキスタンが隣にある。そもそも冷戦終結はレーガンとゴルバチョフの時代。だがソ連が崩壊したのは米国に屈したというより自壊。ソ連はその前に魔境のアフガニスタンで負けた事が大誤算だったはずだ。そして今その魔境に今度は米国が踏み込んでしまった。米国がソ連の轍を踏まない為にはパキスタンの安定が大前程である。
米国はフセインというパンドラの箱の紐を取り除いて代償を払った。現時点で魔境のパキスタンのパンドラの箱はムシャラフという紐で結ばれている。そして彼に替わる紐はなさそうだ。だから表向き民主主義世界のリーダーとしてポーズでブットとムシャラフを引き合わせたものの実際に其れはムシャラフへの支持率3割に対してビンラデイン支持が5割というこの国のかじ取りをムシャラフ政権の継続で乗り切る以外に手段がない事の証明でもある。今回のブット暗殺は個人的にはビンラデイン系のアルカイーダの仕業とみているがその内に解説も出よう。いずれにしても米国はムシャラフを擁護するはず。ただ本日の暗殺事件は来年の世界情勢が「風雲急を告げる」様な状況にある暗示ではないだろうか。
皆様、よいお年をお迎えください。
豪商が存在した元禄の終焉がそうであった様に、冷戦後の世界的平和とその終焉は金融市場の多様化と信用拡大というマネーのゲーム化の終焉とも重なるかもしれない。今、平和で豊かな米国や日本では子供がWIIで戦争ゲームに熱中している。しかし実際に人が戦争で殺されている国の子供は仮にWIIがあったとしても戦争ゲームをするだろうか。マネーもそれと同じだろう。マネーがゲーム化する背景は、その絶対量の問題もさる事ながら、寧ろ平和期のVOLATILITYの欠落が刺激を求める人間の神経を麻痺させ、過度のリターンへと誘導する危険なゲームに向かわせていると考える。そしてこの20年、金融市場関係者が追い求めた市場の規制緩和や証券化金融商品の開発は言わば紳士協定が前提である事が多く、一旦その協定が崩れるとどうなるかまだ誰も想定していない。そんな中で周りの取引所関係者の多くはだからこそ取引所の会員権はこれからも上昇を続けると確信している。中には会員権の上昇益を枕にリタイアを決め込む同世代もいる。だが本当に彼らは正しいか。市場は万能ではない。その長期的メリットが短期的な政治手段に負ける事は多数決の原理からも否定できない。そしてそのリスクは静かに露見し始めており、その片鱗が現れたのはまずは銀行間の短期信用市場ではないだろうか。ただ今のところ信用不安は金融機関の間の話。これが末端の預金者に影響が出ると猶予はない。実はプレトンウッズ体制下が最も銀行倒産が少なかったという記事を最近読んだが、感情が理性に勝ると民主主義と市場原理は両立しない。もしこれが今のリスクの本質だとすると、それに対して政策金利の調節という術しか持たない中央銀行の存在は虚しい。まるでそれは自分で中毒や糖尿病を治す意思がない患者を前にした医者と同じである。
<2008年とは>
さて来年のテーマは何か。米国大統領選挙は重要だが、最早それは今年の中央競馬の様相だ。ディープインパクトのいない今年のレースは全く観なかった。こちらの大統領選も稀に見る団子レース。このままでは先週の有馬記念以上の結末の可能性もあり、現時点での予想などに意味はない。ただ次の大統領が誰になっても共通のテーマとして浮上するのはイランである。ブッシュが一定の役割の終えたイラクから撤退する日は遠くはないとみるが、これまでの様に期日が曖昧で楽観的部分撤退の予想繰り返しでは笑われるだけだ。よってその時は期日切って完全撤退を発表しなければならない。そしてそのタイミングは以前予想した様に選挙効果を考えれば民主党の攻激目標を奪った上で景気がさらに落ち込んむはずの来年初夏か。
いずれにせよ主要国にとってイランは格好の材料だ。独仏が急速に米国にすり寄ったのはブッシュ後の米国へのヘッジもさる事ながら、プーチンロシアへの恐怖の裏返しである事は明白。逆にそのプーチンはイランへの影響力行使を一層強めるだろう。そんな中でアラブ諸国は反イランで結束した様子。最近のイスラエルのシリアへの不可解な干渉(軍事行動)は互いに本気だった年初の緊張とは全く別物である。シリアの豹変は結果的にイラクに小康状態を齎し、ヒズボラやハマスを最近の紙面から追いやってしまった。これはイスラムであり、中東でもあるがアラブではないイランには相当な重圧。ただシーア派革命を起こしたイランに対するスン二派アラブ王族の結託と米国のシナリオへの便乗は合理性があるとみる。だがこれでイスラエルが自由になり、其れにビンラデインが怒ると彼の生死にかかわらず再び米国は危ない。なぜなら彼の配下の組織はアラブと米国の妥協が過ぎると事を起こす習性があるからだ。
もしかしたら最近のアラブ資本の米国への流れもこの様な妥協が前提になっているのかもしれない。だが皆でイランを包囲して締め上げる事で利益を享受するシナリオは本当に機能するのか。そんな中で米国は自ら望んではいないが、場合によって経済政策で減量的政策を強いられる可能性にも準備はしている。しかし長い間冬を経験していないキリギリスに減量をさせるのは大変だ。ダイエットの為にトレッドミルで走るのは辛い。だが景色が変わる外を走ると気分もまぎれる。仮にインフレ対応、緊縮経済で減量を図る場合はこの手法でいくしかないだろう。元々民主党はイランと折り合いが悪いが、共和党政権が続いてもイラクからから返す刀でイラン極悪説を展開して国民の再びマニピュレートする事は可能だ。政府は国民の関心を経済以外に向けさせながら、今の完全市場原理から徐々にから市場中心主義的モデルの新しいレジーム手段を考えればよい。いずれにせよ先日のブッシュのイラン挑発声明はイラク戦争前のソレと全く同じパターンを踏襲していた事に気付いた人は多いはずである。
しかしそれにしてもイランは場所が悪い。真にキリスト教文明にとっての鬼門。アレキサンダーの東進もここでまでだったがが、一旦足を踏み入れると泥沼と言わるアフガニスタンとパキスタンが隣にある。そもそも冷戦終結はレーガンとゴルバチョフの時代。だがソ連が崩壊したのは米国に屈したというより自壊。ソ連はその前に魔境のアフガニスタンで負けた事が大誤算だったはずだ。そして今その魔境に今度は米国が踏み込んでしまった。米国がソ連の轍を踏まない為にはパキスタンの安定が大前程である。
米国はフセインというパンドラの箱の紐を取り除いて代償を払った。現時点で魔境のパキスタンのパンドラの箱はムシャラフという紐で結ばれている。そして彼に替わる紐はなさそうだ。だから表向き民主主義世界のリーダーとしてポーズでブットとムシャラフを引き合わせたものの実際に其れはムシャラフへの支持率3割に対してビンラデイン支持が5割というこの国のかじ取りをムシャラフ政権の継続で乗り切る以外に手段がない事の証明でもある。今回のブット暗殺は個人的にはビンラデイン系のアルカイーダの仕業とみているがその内に解説も出よう。いずれにしても米国はムシャラフを擁護するはず。ただ本日の暗殺事件は来年の世界情勢が「風雲急を告げる」様な状況にある暗示ではないだろうか。
皆様、よいお年をお迎えください。
2007年12月20日木曜日
民主主義は名君か
江戸時代、いくさが終わり、町人文化が発展した元禄には淀屋や紀伊国屋文左衛門といった豪商がいた。特に淀屋はシカゴに受け継がれる会員による決済制度という画期的な市場原理が存在した堂島米市場の元締めだった。だが突然徳川幕府によって追放を命じられた・・。
堺屋太一氏はこの時代の小説を沢山書いている。そして作品を通し、彼は「淀屋に落ち度はなかった。」という立場を貫いている。堺屋氏と同じ立場をとるなら徳川幕府は今のプーチン政権、そして今シベリアの何所かに抑留の憂き目にあったユーコスの創設者、コゾロコフスキーはその時の淀屋辰五郎にだぶる。
その時代は史実として飢饉などもあり、米相場が乱高下をして江戸時代の庶民が苦しんだ。ただそのコメの乱高下の元凶が先物取引でそしてその先物市場で儲けた奴は悪い、だから追放されたというなら、部分的な徳政令を配下の武士に施し、大岡越前を擁し、庶民には名君だった吉宗や幕府関係者は、世界に先駆けて市場原理を実践した大阪商人には暴君だったと言う事になる。
そんな中で米国も来年は選挙の年。だが、大統領選挙の前にここまで中間層が希薄化した米国を見るのはいつ以来か。以前より市場原理が機能する前提の一つに中間層の存在を主張してきた。なぜなら、中間層が市場原理を有効と考える限り、多数決の論理である民主主義は市場原理を守る理由が生まれるが、中間層が希薄化し、数の上で弱者が優勢となれば、多数決の民主主義は今度は市場原理を否定してもおかしくはないからだ。
ところで淀屋の権益はその後どうなったのか。解説本では住友本社や三和へ発展した鴻池などに引き継がれていった様になっているが、それらの関西勢力が引き続き中央の権力から距離を置いて「商い」をベースに発展したのに対し、幕府のお膝元江戸では三井が、そして新政権では三菱が国家権力と結合して発展した事は言うまでもない。
堺屋太一氏はこの時代の小説を沢山書いている。そして作品を通し、彼は「淀屋に落ち度はなかった。」という立場を貫いている。堺屋氏と同じ立場をとるなら徳川幕府は今のプーチン政権、そして今シベリアの何所かに抑留の憂き目にあったユーコスの創設者、コゾロコフスキーはその時の淀屋辰五郎にだぶる。
その時代は史実として飢饉などもあり、米相場が乱高下をして江戸時代の庶民が苦しんだ。ただそのコメの乱高下の元凶が先物取引でそしてその先物市場で儲けた奴は悪い、だから追放されたというなら、部分的な徳政令を配下の武士に施し、大岡越前を擁し、庶民には名君だった吉宗や幕府関係者は、世界に先駆けて市場原理を実践した大阪商人には暴君だったと言う事になる。
そんな中で米国も来年は選挙の年。だが、大統領選挙の前にここまで中間層が希薄化した米国を見るのはいつ以来か。以前より市場原理が機能する前提の一つに中間層の存在を主張してきた。なぜなら、中間層が市場原理を有効と考える限り、多数決の論理である民主主義は市場原理を守る理由が生まれるが、中間層が希薄化し、数の上で弱者が優勢となれば、多数決の民主主義は今度は市場原理を否定してもおかしくはないからだ。
ところで淀屋の権益はその後どうなったのか。解説本では住友本社や三和へ発展した鴻池などに引き継がれていった様になっているが、それらの関西勢力が引き続き中央の権力から距離を置いて「商い」をベースに発展したのに対し、幕府のお膝元江戸では三井が、そして新政権では三菱が国家権力と結合して発展した事は言うまでもない。
2007年12月17日月曜日
自然分娩
駐在として米国に赴任し最初に日米の差を感じたのは95年に長男が生まれた時だ。妻はその2年前に長女を日本で産んでいた。だが海外での出産にはそれなりの覚悟が必要だった。妻は悩んで麻酔出産を選択した。彼女が入院したのは慶応が研修生を送る医学部の名門、ノースウエスターン大学病院。そこの麻酔医は、「今どき麻酔をしないなんて野生動物の出産だ」と言い放ち、麻酔を当然の事としていた・・。
ところで、デリバテイブにおいてシカゴ大学とシカゴの街が果たした役割は有名。その前の債券の証券化時代に最も貢献したのはペンシルバニア大学ウオートン校で学んだ人脈にその専門家が多かったが、振り返ると、シカゴ大学やペンシルバニア大の生み出した金融の発展は出産時の麻酔のようなものだった気がする。
米国では世界から優秀な頭脳と野心が結集し、様々な分野で革新的技術が生まれた。一方で効用に浸った利用者の感覚はNO PAIN、MORE GAIN(努力や痛みが伴わない成長)が当前の如くなっている。しかしPAINが無い世界はそれ自身が健康的なのか、結局は革新技術を使う人間のバランス感覚に最後は行き着く。ただバランス感覚程曖昧ないものはない。
米国はまだ若い。個々が野心を持って成長路線を突き進んでいる。これらの個々によってこの後の米国の歴史は積み重ねられるが、総じてそんな個々は答えのない世界でバランスを保つ事は下手である。
市場では大勢が同じ方向に行きすぎると屍の山となるが、今までは群れをコントロールをする政治も、金融市場とそのかじ取るFEDとの関係はピラミッドの様に比較的安定していた。ただ最近はおかしい。勝ち負けの差が激しくなった結果、中間層が希薄した為政治は騙りを繰り返すだけ。そして最早PAINなどは絶対に受け入れられない金融市場とその参加者に対してFEDは掌握力を失っている・・。
その後、同病院でもう一人麻酔で産んだ妻は米国での麻酔出産を後輩に勧めている。そして金融を通してPAINのない世界の怖さを感じ始めている私はそれを黙って聞いているだけである・・。
ところで、デリバテイブにおいてシカゴ大学とシカゴの街が果たした役割は有名。その前の債券の証券化時代に最も貢献したのはペンシルバニア大学ウオートン校で学んだ人脈にその専門家が多かったが、振り返ると、シカゴ大学やペンシルバニア大の生み出した金融の発展は出産時の麻酔のようなものだった気がする。
米国では世界から優秀な頭脳と野心が結集し、様々な分野で革新的技術が生まれた。一方で効用に浸った利用者の感覚はNO PAIN、MORE GAIN(努力や痛みが伴わない成長)が当前の如くなっている。しかしPAINが無い世界はそれ自身が健康的なのか、結局は革新技術を使う人間のバランス感覚に最後は行き着く。ただバランス感覚程曖昧ないものはない。
米国はまだ若い。個々が野心を持って成長路線を突き進んでいる。これらの個々によってこの後の米国の歴史は積み重ねられるが、総じてそんな個々は答えのない世界でバランスを保つ事は下手である。
市場では大勢が同じ方向に行きすぎると屍の山となるが、今までは群れをコントロールをする政治も、金融市場とそのかじ取るFEDとの関係はピラミッドの様に比較的安定していた。ただ最近はおかしい。勝ち負けの差が激しくなった結果、中間層が希薄した為政治は騙りを繰り返すだけ。そして最早PAINなどは絶対に受け入れられない金融市場とその参加者に対してFEDは掌握力を失っている・・。
その後、同病院でもう一人麻酔で産んだ妻は米国での麻酔出産を後輩に勧めている。そして金融を通してPAINのない世界の怖さを感じ始めている私はそれを黙って聞いているだけである・・。
2007年12月1日土曜日
田舎で暮らそう。
直近ゴールドマンサックスは不況になる可能性を40%にまで引き上げ、結果金利の見通しを引き下げた。そのGSについて、個人的には二つの顔を持っている印象だ。
表の顔は一般が理解しやすい説明で利下げ/利上げの幅の予想と景気見通しを発表する。そして裏の顔は、相当な報酬を貰いながら外部には名前が漏れない人々。そんな人はポルシェではなくホンダにのってる。そして彼らの中から将来の幹部が選ばれるが、姿はあまり漏れない・・。いずれにしても、個人的な印象では前者の予想は当たらない。つまり私にとってのNEGATIVE INDICATOR(逆張りの目安)である。
その米国ではペーパーマネーの世界から、生命の存続に必要な絶対的必需品に価値の基準が移行する過程に入った。ただペーパーマネーの世界はそれが有り余っている事もあり、絶対価値の物質への移行をまずはペーパーマネーそのものが取り込もうとした。その最初の過程が商品相場ブームであり、そして結果としての取引所の価値増大である。
そんな中、先週の日経新聞には面白い話があった。東京への人の流れ(集中)が80年代のバブルにならんだという記事である。そこで閃いたのは、今こそ田舎で暮らす時が来たという事。日本は美しい。地震は怖いがコメも十分取れて何より生命維持に必要な水と空気は心配ない。
いずれにしてもOILもGOLDも紙幣も価値を持たない世界を見つけたモノが次の時代は生き残るだろう。ただその前に混乱は必ず待っている。そろそろ田舎に目を向ける時が来ているのかもしれない・・。
表の顔は一般が理解しやすい説明で利下げ/利上げの幅の予想と景気見通しを発表する。そして裏の顔は、相当な報酬を貰いながら外部には名前が漏れない人々。そんな人はポルシェではなくホンダにのってる。そして彼らの中から将来の幹部が選ばれるが、姿はあまり漏れない・・。いずれにしても、個人的な印象では前者の予想は当たらない。つまり私にとってのNEGATIVE INDICATOR(逆張りの目安)である。
その米国ではペーパーマネーの世界から、生命の存続に必要な絶対的必需品に価値の基準が移行する過程に入った。ただペーパーマネーの世界はそれが有り余っている事もあり、絶対価値の物質への移行をまずはペーパーマネーそのものが取り込もうとした。その最初の過程が商品相場ブームであり、そして結果としての取引所の価値増大である。
そんな中、先週の日経新聞には面白い話があった。東京への人の流れ(集中)が80年代のバブルにならんだという記事である。そこで閃いたのは、今こそ田舎で暮らす時が来たという事。日本は美しい。地震は怖いがコメも十分取れて何より生命維持に必要な水と空気は心配ない。
いずれにしてもOILもGOLDも紙幣も価値を持たない世界を見つけたモノが次の時代は生き残るだろう。ただその前に混乱は必ず待っている。そろそろ田舎に目を向ける時が来ているのかもしれない・・。
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