2009年9月26日土曜日

アフガン高原の鳩

「If I must choose between righteousness and peace , I will choose righteousness.  もし私が正義と平和との間の選択をしなければならないなら、私は正義を選ぶ・・。第26代合衆国大統領 セオドアルーズベルト 」

日本の歴史の教科書ではフランクリンルーズベルト(民主党)は大恐慌から米国を救い、第二次大戦に勝利するまで12年間米国を導いた事になっている。だが彼は有名なラシュモア山の岩場にその顔が刻まれていない。最も敬愛された大統領として米国人がその顔をラシュモア山に刻むべく選んだのは、ワシントン、ジェファーソン、リンカーン、そして「フランクリン」ではなく、「セオドア」ルーズベルト(共和党)である。その理由は冒頭の言葉に凝縮されているのではないか。

そして最後にその顔が刻まれるか検討されたのはレーガンだ。だが冷戦を勝利に導いたレーガンでさえこの4人の顔に並ぶ事は出来なかった。また「この言葉」を愛したとされるG.W.ブッシュはまったりとした平和の中で米国の衰退が始まった頃に登場した。彼は何かに焦り、テロを切欠に都合良く周りが演出した独善的正義に乗っかりイラクに突き進んでしまった。

今米国民はその演出を見抜けなかった事を悔やみ、リンカーンからセオドアルーズベルト、またアイゼンハワーからレーガンまで、共和党が伝統的に受けついできた「正義の為の原理原則」まで拒んでしまった。結果米国にはPEACE(平和)への傾斜のみが残った。

そこに登場した友愛(PEACE)という日本の「鳩」。表面的にはどこまでも寄り添う日本がある。日本の国益上今はそれでよい。そして冷戦後の平和が常識となった米国民は今アフガンに絶望している・・。

そんな中でいったいオバマ政権は「イランカード」をどう使いたいのだろうか。日本の平和な「鳩」はその見極めをしなければならない・・。



2009年9月25日金曜日

協調主義下の流動性

オバマが国連で協調主義の重要性を演説する中、ブッシュ政権で米国の国連代表を務めたジョンボルトンは共和党のWEBサイトで「協調主義は米国の利益にならず」とバッサリ切り捨てた。そもそも国連が世界が強調する場として設けられた意義からすると、ボルトンの様な「単独主義者」を国連に代表として送り込んだブッシュ政権の感覚には今更ながら驚く。

だが一方で国連の限界も明らかだ。昨日ガタフィーが国連憲章を投げ捨てた行為は下品、しかし彼がその理由にした常任理事国が持つ拒否権による国連の形骸化という本質は正しい。その意味ではG20も国連の本質と同じ。そこは為政者たちの社交場であって国民生活に変化が起こる新しい方向性が生まれる可能性は低い。

ところでこのサミットがその役割を果たしたのは85年の東京サミット前後までとの分析がある。当時はG7と言われた頃。顔ぶれは米国のレーガンを筆頭に英国はサッチャー、ドイツはコール、フランスはミッテラン、日本は中曽根だった。そしてこの頃のサミットが最も意義があったと評価される背景は彼らには堅固に団結する理由があったからだ。それは冷戦である。だが冷戦が終了してからは会議に仇敵ロシアまで加わった。そしてそこからサミットは社交場へと変わった。

こう考えると冷戦終結がいかに重大な変化点だったかが今更ながら確認できる。そして冷戦を知る世代と知らない世代では人間としての基準が違う事が庶民の声からも感じられる。例えば日本のニュースでは鳩山首相が掲げた25%の排ガス削減の目標について、30代と思しき日本人男性は日本の首相がその目標を世界の公の場で断言した事は良いとしながら、一方で自分の生活が窮屈になるのは困るとも発言していた。

この発言は真に冷戦終結後の世代の感覚を代弁しているのではないか。冷戦前世代の自分からしても彼の発言に違和感はない。寧ろ冷戦後世代には世界の理想を追う余裕がある。だがその協調には緊張から発生する強制の裏付けがないのだ。そして今回のG20は金融の新しいあり方を探るの事が目的。だがその強制力についてはやはり未定だ。

そう考えると昨日のマイヤーのコメントもうなずける。マイヤーはFRB理事時代はタカ派だった。しかし彼は昨日「ドルの水準はFEDの仕事ではない」という言い切った。この発言が本気なら彼は今後はドル安になってもそれがインフレにつながらない事を前提にしている。そして本当に長期金利が上がらないとしたら、それは現行のFEDが直接市場に介入し、またその米国の資金調達を支える国際関係が続く事が示唆する。そうなるとドルの価値が下がるとインフレで国民が困窮すると騒ぐのは共和党保守派の原則論に過ぎないという事か。

そうだ。新しい「協調主義世界」では中国や日本など米国の債券を買い続ける。この様に各国が補完関係を構築する事が米国が目指す協調主義という事である。そしてその理想が永続するなら、金融市場の過剰流動性は本質的に許容範囲かもしれない。ただこの協調主義は永続するだろうか。いずれにしてもドル下落の意味を米国人が実感するのは何らかの理由で協調主義が崩壊してからであろう・・。




2009年9月24日木曜日

ミッション インポッシブル

最新の国勢調査では、直近の統計期間で米国への定住を前提に入国した外国人と、その様な外国人が米国から本国に帰国した数が初めて逆転した事が判明した。原因はまだ不明。だがこの現象は移民の活力が国を強くしたという米国の歴史からすれば無視できない話である。

そもそも国内の米国人にとっては、インフレが進まない限りドル安は緊急の問題ではない。だが米国に在住しながら永住を前提にしない外国人の感覚は別だ。なぜなら彼らが米国を去る時にドル安では、この国で稼いだお金が減ってしまうからだ。そして今その危険を抱えているのは私自身でもある。

前回も紹介したが、米国が「デイズニー経済」を楽しむのは勝手。だが米国在住の外国人は自分で身を守る必要がある。そしてその外国人からすれば今の米国はまるで「老人ホーム」だ。そこには以前の様な新陳代謝の活力はなく、ひたすら痛みを和らげる世界が広がっている。これでは米国に長居は無用。だが外国人にその様に思われ始めた事を「デイズニーワールド」を楽しんでいる米国人は気にする様子はない。

ところで、そんな中で昨日はアフガニスタンで米軍とNATO軍の指揮を執るマカリスタ司令長官の米国政府に充てた手紙の内容がワシントンポスト紙に掲載された。ただ「極秘」との注釈がつきながらなぜ新聞にすっぱぬかれるのか。この甘い結束は良くも悪くもブッシュ時代とは逆である。そしてその内容は来年までに兵員の大幅増派を要請しており、(最終的に全体で40万の部隊が必要)実現しないとミッション(作戦)は失敗に終わると警告している。

完全に成功したとは言い切れないイラクに続き、仮にアフガンでもミッションが失敗するなら、ベトナム戦争後の米軍の戦闘でそのミッションが完了したといえるのは精々グレナダ侵攻と、僅か500人のパナマ兵を相手にしただけのノリエガ政権打倒ぐらいか。

振り返るとその後のソマリア紛争も然り、米軍は限界を露呈している。そして経済における中央銀行の政策に加え、軟弱なイメージを嫌う共和党保守派の抵抗をしり目に金融市場ではドル安が止まらない。だがこのドル安も今の米国の株式には好材料として受け止められている。この現象がデイズニー経済の特徴である。

いずれにしても、保守派が掲げる痛みを伴う米国の権威復活が国民から支持を得られない場合、ドルの価値はこのまま沈んでいくのだろう。ならばその前にこの国を脱出しなければならない。さもなくば自分のミッション(作戦)も失敗という結末になるリスクがある・・。

2009年9月19日土曜日

地区連銀と保守派の復活

来週のFOMCは確かに重要である。その要因として危機の最中は事実上「FRB=NYFED」だったが、このFOMCからは地区連銀が意見を言える状況が整った事を指摘したい。そしてFOMC後の25日からはロンポールが主導したFEDを監査する法案の審議が下院で始まる予定である。既に過半数超の288名が賛成しており、下院は通過する可能性が高い。ただ恐らく上院は通らず、またオバマはサインしないので法案としては成立しないだろう。だが生き残った大手金融機関が焼太りしたのは事実。結果株が上がり、FEDにもTARP資金の大半が金利と共に返還された事で国益にかなった言う事も可能だが、ここまでドル安が進んだ事を怒る米国の保守派勢力を侮るべきではない。

それでも今は内需が弱くインフレがない。またキャリーの結果でドル安が進んでいるだけとの説明も通る。究極は能天気にドル安は株高に繋がっている。だがよく考えると相対価値の為替に絶対価値の株が連動するのはどこかで限界が来る。そして流動性だけで景気を維持する手段は保守派が絶対に認められない新陳代謝を否定した米国の日本化を意味する。そんな中今は商品に入る余剰資金もチャートポイントの手前で引き返す躊躇を見せている。だがこのままサイクルに留まる保証はない。仮にブレークしたら病み上がりの消費者はひとたまりもないだろう。

いずれにしても民主主義の米国ではこのまま金融機関だけが焼け太りしたまま終わる可能性は低い。それを予期してか、救済の恩恵を受けた勢力は健康保険や人種問題等の波風を荒立てて時間を稼いでいる。だがそれでも保守派の逆襲が一旦は起こらざるを得ない状況に米国は煮詰まった。恐らくそこから株は下落に転じる。そのリスクを考慮し、一方で変わりつつある政治の風向きには逆らわずバーナンケは軸をどこに合わせるのか。学者型の彼にはどちらかという不得手な舵取りを迫られるだろう。なぜならまだこの種の手腕で彼は前任者の領域まで達していると思えない・・。



2009年9月18日金曜日

デイズニー経済

世界最大の債券ファンドのモハメドエルアリアン氏は今の米国の株価と経済を「シュガーハイ」と呼んでいた。私ならステロイドや麻薬と表現するところをさすが上品な彼らしい言い方である。だが本日はそれよりもさらに素晴らしい表現を耳にした。それは「デイズニー エコノミー」。

TVや漫画のデイズニーキャラクターは現実を知らない子供達に夢を与える。そしてフロリダや浦安のデイズニーワールドは、実世界から離れる事で日常に疲れたを大人にも楽しさを与える。この事から「デイズニー経済」とは楽しさのみを追求した経済を比喩しているのだろう。だが「楽しい経済」と「正しい経済」は別だとしたらどうか。この言葉の真意はそんなところだろう。いずれにしても経済番組でこの表現を使ったゲストはアジアから世界経済を眺める若い市場関係者だった事には驚いている。

そして来週のFOMCを控え市場参加者はFEDの変化の可能性を探る時期に入った。その点についてCNBCに登場する有力ゲストは今はインフレとデフレ、どちらのリスクが高いかと聞かれている。印象では7:3でデフレが多い。だがこの期に及んでFEDの動向をインフレかデフレかだけで探ろうとするのはいかにも米国らしい。この現象は米国人がどれだけ鮨を食べるようになってもまだ好きなネタが限られている状況に似ている。彼らはまだ素材の世界に浸る事は出来ない。結局マヨネーズかマスタード或いはケチャップの決めてが必要なのだ。

そして素の薄味を楽しめない米国では、豊かになるにつれて清涼飲料をより甘くしてきた。結果大量の砂糖を摂取する事になり、そこで今起こっているのがシュガー飲料に税金をかけるという案である。この案に当然コカコーラは怒り心頭、現状は法案化される可能性は低い。だが健康保険の財源として、また国民が健康になれば国家の健康保険の負担が抑えられるという理想からもオバマはも乗り気の様子。だがその理想は「デイズニーワールド」に住む人々には無理だろう。



2009年9月17日木曜日

米中の足先

鳩山政権が発足した。米国に住んでいる身としてはまずは米国との外交がどうなるかを見たい。そんな中で本日は経済面で日本と中国が米国債の買い増しをしている事実が判明した(TCI)。これは中国はドル資産からの逃避をちらつかせながら相変わらず米国債を買い続けている「コラテラル状況」を示唆している。そして日本は民主党が政権を獲得する前に打ち出していた「影の内閣」で財務大臣だった中川氏がドル建ての米債に懸念を表明した事から、実際に民主党政権が発足してどうなるか。まずはそれを見たい。

ところでその米中は久しぶりに貿易でつばぜり合いをしている。まず米国が中国産タイヤへの関税を持ち出し、それに中国が米国からの鶏肉輸入削減で応戦した。ただこれは立場が衰えている米国側から仕掛け。よって米国は本気ではないだろうし中国もそれを承知しているはずだ。恐らくは健康保険や金融規制強化案で議会から大幅譲歩を引き出さなければならない政権がまずは議会に点数を稼がせたのだろう。それは米国がタイヤというメジャーにならない題材を選んでいる事もさることながら、中国側が鶏肉で応戦した事からも窺える。そしてその理由は「足先」である。

今日のNYTIMESによると、米国は中国に年間4000億円程度の鶏肉関連の商品を輸出しているという。内訳をみると、国内で消費される胸や腿の精肉部分は20%程度で輸出の大半は手羽と米国人が殆ど食べない「足先」だという。そういえば中国料理には足先を甘辛く煮たメニューがあるが、遺伝子改良で肥大化した米国産ブロイラー足先は大きく中国人が最も好むらしい。結果、豊かになった中国人の趣向は変わらず、どうしても米国産の足先が必要になると米国の輸出関係者は楽観しているとの事である。

こう考えると米国と中国は食品でも興味深い関係を築いている。米国では誰も食べない足先は1ポンド当たり10セントで流通しているのみ。ソレを中国は70セントで購入してくれる。そしてこの関係は金融と同じだ。中国は米国のリスク資産を買わないが、米国は日中が国債を購入する事で国内の株を支える体制を確立している。

要するに外交とは基本は互いの「足元」を見てするのものなのだろう。鳩山政権からは理想的な話が聞こえてくるが、果たしてこの米中関係の様な駆け引きが出来るだろうか。






2009年9月15日火曜日

記念日、実は主役交代

同じ記念日でも9・11とリーマンショックの記念日の本日では米国内の雰囲気は違う。当然か。前者では多数の人命が奪われたが、後者では当事者の中に人命の損失は稀だ。あったとしてもそれは中枢からから離れた末端の人々である。ただこの二つの記念日の共通点がある。それは米国は真の意味で反省をせず、あくまでも己の存在は常に正しいという前提に立った行動に出ている事であろう。

ところで、この週末にBBCが作った「リーマン最後の日」という1時間ドラマを見た。(参照WEB)。見覚えのある米国人俳優を使い、当事者達が実名で登場していた。そして内容は評価のしようがない代物だった。理由はストーリーが事実なら、世界が「この程度の人々」にここまで振り回された事へのバカバカしさがにじみ出ている点で作品としては評価できる。だがソレが制作したBBCの想像なら、ウォール街のトップをここまでSTUPID(愚か者)に描くのは滑稽すぎる。ただその中で興味を引かれた点がある。それはポールソンがリーマンを救わなかった真の理由をポールソンがGS会長だった際にファルドとの間にあったとされる確執にその可能性を残した事。現在リーマンショックの表向き理由はその時点でTARPが成立していなかった事になっている。だが確かにそれだけではないだろう。ドラマではリーマンの協調救済を前提にした会議でJダイモンとJマック、それにブランクファインが罵り合うシーンがある。また同席したメリルのJサインはあまりにも姑息な男に描かれている。だがリーマンの倒産が決定後、競争相手が消え、そしてこれで政府による救済が発動される状況が整った事から彼等がラウンジでほくそ笑んでいるシーンはBBCならではの演出だった。

そしてその記念日の本日、オバマは態々ウォール街まで出向き、あのジョージワシントンが大統領就任演説をした26番地で声明を発表する。これは彼が就任当初に掲げた金融改革法案の促進を狙ったもの。だが今日のワシントンポストが指摘する様に、オバマの「改革法案」の主役が「金融」から気が付くと「保険」に移ってしまった現状では国民は関心がないのは実情ではないか。実はこれが再三指摘した増税という禁句で国民を焚きつけ、健康保険に主役をすり替える事に成功した金融側の勝利の実体である。

だがそれでも今日の市場はどこか変だ。5月に瞬間的に発生した「米国売り」の前にもこんな雰囲気があった。これは中国が関税を巡って久しぶりに米国に噛みついた事と、今日の記念日から何かの仕掛けを警戒しているのが理由ではないか。だが「米国売り」は中国が材料にされても長続きはしない。なぜなら中国と米国は一蓮托生な状況、ソレで得をするのは「G2時代」など言われて面白くないロシアぐらいであろう。個人的にはロシアには世界の過剰流動性をその本質(米国売り)に向かわせる力はまだないとみる。

参考、リーマン最後の日(英語バージョン ウイルスに注意)

http://xtshare.com/toshare.php?Id=18583