2013年11月12日火曜日

土が育てたエリート国際人

生徒の「心」、評価対象 道徳、教科に格上げ案・・



という朝日新聞の見出しを見ながら、このブログでの長年の主張である、日本の運命を握る将来のエリートには、道徳と同じぐらいポーカーの訓練もしてほしいという思いが益々強くなった・・。

個人的には、日本の背骨は、今までどおりの道徳でいいと思う。しかしグローバルなスタンダードの場面で、生き馬の目を抜く判断をするべきエリートには、欧米人を相手にしたポーカーでも勝てる勝負師が必要。さもなくば、日本はいつまでも神頼みになる・・

そういえば、日本を「ガラパゴス」という人がいる。ガラパゴスはなぜ価値があるのか。もしあの島がその辺の島と同じ生き物しかいなくなったら誰も訪ねない。ただしガラパゴスの価値を守るためには、ガラパゴスの道徳では不可能。ここが難しいところだ・・。

同じように、都会の人が農協という巨大組織に支配された日本の農業の非効率さを非難するのを耳にする。組織として今の農協がどうかは専門家に任せるとして、一度でも土の偉大さに触れれば、自分の手で食料を確保する重要性に気づく。

それは食糧安保という意味だけではない。土から生まれて土に返る自然の摂理。このことを知っている人は謙虚だ。知らない人が、効率だけで農協組織を非難するのはどこか軽い印象を受ける。

WEB雑誌で、戦後の日本の国際金融の黎明期の第一人者であり、出雲市長から国会議員として活躍された岩國哲人さんが、昔の日本では、「農業をしている子供は信用された」と言っていた。



なるほど、この言葉は深いと思う。もちろん非農業従事者にも信用される人はいる。しかし農業は、自然という神の意思に直面している。都合よくルールを変えるビジネス、あるいは人を出し抜いて利益を得る世界とは別世界だ。

その農業の尊厳を知る岩國さんが、戦後の日本経済の黎明期、国際金融の場で欧米のエリートと対峙した・・。個人的には参考にしている・・



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