2010年11月30日火曜日

三猿

NHKの「龍馬伝」が終わった。視聴率は思った程ではなかったらしい。年初のコメントで、「今の日本に必要は龍馬にあらず」としたが、竜馬の描き方はその人間性の魅力に軸を置きながらも、彼がいなくても時代の流れは決まっていたイメージをにじませた事を評価したい。そして重要な脇役の幕末の四賢候の一人、山内容堂を演じた近藤正臣を見ながら私的な事実を思い出した。それは自分にとってのメディアの威力。正直に言うと、まがりなりにも自分が歴史に興味を持った切欠は、大昔の彼の大河ドラマでの演技が切欠だった。

昭和40年代自分にとってメディアはテレビだけだった。それもNHKが主体。その環境下、親が見ていた大河ドラマを自然に受け入れた。そして9歳の自分が見た最初の「大河」は「国取物語」。その最終回、高橋英樹演じる織田信長の本能寺での自決シーンと、その信長を裏切った明智光秀役の近藤正臣の脇腹に暗闇から突然竹やりが刺さるシーンは一生モノになった。今でも明智光秀役は近藤以外には評価に値しない。そしてこの偏見が戦国時代を起点に日本史への探究心に代わり、以後歴史が持つ意味は今の仕事を通して拡大していった。

その意味で今の子供を見ると複雑な心境になる。彼等はありとあらゆるメディアに埋もれている。パソコンのYOUTURBEに興じる長男と二男に、そこからどんな刺激があるのか聞いた事がある。他にも多様のデジタルメディアを使いこなす彼等からはの反応はなかった。膨大な情報に漏れる現代社会では、ほっとくだけでは子供が探究心を育てるのは難しいのかもしれない。学校の宿題は無難にこなしながらも、彼等が歴史に興味を持っている様子はない。

そしてメディアといえば、政権は平常心を装っているが、WIKILEAKが米国に与えたダメージは甚大だ。なぜなら米国がいくらWIKILEAKを非難しても、情報が米国人の手で内部から漏れた事実は変わらない。これは諸外国は無論のこと、国内の不満分子に対しても今の米国のグリップの弱さを象徴している。ただリークで馬鹿にされていた事が明らかになった他国のリーダー達がこれで反米になる事はないだろう。なぜならリークの量は膨大でも、今のところ広まっている情報の質は低い。裏を返せば米国はニューヨークタイムスには敢えてWIKILEAKへのアクセスを認め、本当の危険なその意味で質の高いリークには庶民の注目が当らないようにしている可能性を感じる。

だが、そんな事はせずとも今の米国人はこの種の話題にあまり興味を示していない。隔世の感だが、70年代前後の米国は、アイゼンハワーの時代に生活が豊かになっても、また共産主義の脅威に晒されても、国家の正義や人権運動に人々が関心を寄せていた。それだけメディアも骨太だった印象だ。だが、その時代の多感な学生は今はベービーブーマーとして現実に直面している。そして今の彼等には「太った豚か、痩せたソクラテスか」の議論は不要になった。なぜなら彼らは少数の太った豚か、大多数の痩せた豚に行き着いてしまったからだ。つまり90年代のクレジットブームと世界経済のスプレッド消失は、米国を痩せたソクラテス不要の国にした。(清貧に象徴されるデフレ社会の否定)

いずれにしても、世界の潮流がここまで明確では、通常のメディアが運ぶ情報に本当の緊張感は乏しい。それは殊のほか経済ニュースでは顕著だ。ギリシャ アイルランド ポルトガルと主役がころころ変わる欧州も、先進国はどこも最後は救済に落ち着き、また中国が乗り出した以上は、本質は小学生が予防注射の順番待ちをしている喧騒に似ている。また国際政治の緊張も当事国に死ぬ覚悟がないなら不測の事態とは内部崩壊のみだろう。ならば相場にあるのは危機ではなくチャンス。つまり先進国はどこも過剰量流動性の現実がまずあり、最優先の金融市場ではマッチポンプを必要としていると割り切る事が可能である。

ならばそこでのメディアの役割とはなんだろう。今の米国庶民が己の消費力の向上以外に興味がないとするなら、そこでのニュースはCNBCの女性キャスターのごとく騒々しく派手なだけで、庶民が求める本質は「見ざる 言わざる 聞かざる」なのかもしれない・・。




2010年11月25日木曜日

魂のない皿

昔、道場六三郎が言っていた。「食材としての七面鳥は下等、だから好んで使う事はない・・」。鶏より脂がなく、雉よりもコクがないこの生き物を、米国では様々なソースで食べる。その起源は有名なメイフラワー号に乗って英国から米国に渡った新教徒。最初の冬を超えた半数が、大陸で生き残る術を教えてくれた原住民への感謝の気持ち現わしたディナーが始まりと言われている。

この話は前にもしたが、彼等は米国に渡った最初の英国人ではない。彼らよりも15年先に、ジョンラルフ等の先駆者がバージニアに渡った(ジェームスタウン)。そして、英国人に5年ほど遅れてオランダ人がマンハッタンに入植を開始した。コレ等が米国大陸への移民の初期の3大潮流である。そして特筆すべきは先駆者の特徴がそのまま今に引き継がれている事。英国よりも先に金融の仕組みを知り始めていたオランダ人は金融の街としてのマンハッタンにDNAを残し、そして煙草を栽培して金儲けをしたいという目的がはっきりしていた貧農民のジョンラルフは、バージニアの煙草産業の基礎を造り、その流れは南部のプランテーションへと拡大していった。

ではメイフラワー号の人々は何を残したのか。まずは冒頭の七面鳥ディナー。サンクスギビングはその名の通り「感謝する気持ち」が特徴である。想像するに、初期の3大潮流の中でも最も北にあるプリマスの冬は厳しかっただろう。だからより感謝の気持ちが生まれたのかもしれない。だが忘れてはならないのは、メイフラワー号はピューリタンという宗教色の強い集団だった事。彼等は当時の新宗教の中でも「安易な快楽を禁じる」事で有名だ。つまり、戒律に厳しい新国家建設を願った彼等と、快楽の延長の煙草で金儲けを企んだラルフは全く違う志を持って大西洋を渡った。

そして400年後の今の米国でどちらの魂が生き残ったかは言うまでもないが、ジョンラルフが原住民の酋長の娘(ディズニー映画になったポコハンテス)と結婚し、現地にとけ込んだの対し、己に厳しく、他人や自然に感謝する一方で、大義のためには死を受け入れるピューリタンは時に好戦的にもなった。この違いは原理原則を守る過程では他を犠牲にする今のTEA PARTYと、実利を優先する現代社会の常識とのズレにも匹敵する。

そして実利が慢性化した先の社会がどうなるか。それは米国では麻薬がより多くの州で合法化の流れにある事も然り、究極は今日のCNBCでの話題だろう。本日CNBCでは、インサイダーの合法化が議論されていた。終にここまで来たか。FEDのQEに違和感がなくなり、ドナルドトランプ氏が大統領選を窺うのが不自然ではない今の米国では、金融市場でインサイダーが法律違反で無くなることは自然である。 

まあサンクスギビングの魂が消えた今の米国には相応しいテーマだろう。







2010年11月23日火曜日

名誉の背景

映画「ブラックホークダウン」では、後にメダルオブオナーを受ける二人のデルタフォースが、墜落した2機目のブラックホークの乗員を救出に向かうシーンがある。空からでは乗員の生死は不明。1000人を超える市民が襲いかかる中、躊躇する司令官に対し、彼等は志願して降り立った。たった二人で瀕死の仲間を守る彼ら。しかし手持ちの弾丸が尽き、終にモガディシュー市民の容赦ない弾丸は彼らを貫いた・・。

ピューリッザー賞を取ったMボーデンのドキュメンタリーを、限りなく現実に近く再現したこの映画でも、この二人の戦死のシーンは映画の山場だ。そして、この二人がベトナム戦争後途絶えていたメダルオブオナーの対象になった事は、偶然にも米国赴任の飛行機の中でこの戦いを特集したタイム誌に衝撃を受けた筆者としては、その後のアフガン イラク戦争を通して米軍の現実を探るインセンテイブになった。

ただ本日、その流れからすればあまりにも奇異なシーンに遭遇した。奇異なシーンとは、ベトナム戦争以後では初めてとなる生きたままメダルオブオナーの勲章を受けた兵士が、本日CNBCに登場したのだ。

サルバトーレギンタ軍曹は終始強張った表情のまま「自分以外にも埋もれたヒーローは大勢いる」と主張した。

ギンタ軍曹の名誉を傷つける意図は全くない。だが今回の彼の授与と、ソマリアで戦死した冒頭の二人。またアフガンイラク戦争で戦死した直近の3人のメダルオブオナーでは相違点がある。まずは授与までの時間。その場で戦死した5人の受賞者は、授与が決定されるまでにそれほどの時間がかからなかった。だがギンタ軍曹は美談から2年が経ての突然の受賞。これには本人が一番驚いた様子が彼自身の言葉の端々に出ていた。

オバマ大統領から直接メダルを授与された際のスピーチでも、「自分のストーリーは誰かが偶々ワシントンまで伝えただけで、もっと多くの勇気ある行動は埋もれたままだ・・」と主張していた様に、強張った笑顔の裏で本人はこの名誉を消化しきれていない様子が出ていた。

似た様なシーンはクリントイーストウッドの「父親たちの星条旗」やHBOの「パシフィック」の中のシーンにもある。そこで描かれたのは、本人の気持ちとは別に、国内事情で米国という国家がヒーローを必要とした当時の時代背景である。

ずばり、彼の受賞が美談から2年後に唐突になされた背景には同様の思惑を個人的には感じる。だがなぜCNBCにまで出るのか。ギンタ軍曹は軍や政権の命令に従っているだけだろう。だが彼と、彼の怒りにも近い真実の主張の横でへつらうCNBCのレギュラー陣の組み合わせはあまりにも奇異だった・・。




2010年11月19日金曜日

カジノ屋の決断

その昔地方で証券営業をしていた頃、好んで新規開拓をしたのがパチンコ店だった。オーナーの多くは日本人ではなく、同僚の多くが怖がって近寄らなかったが、ホテルの仕事で人には慣れていた自分としては怖いとは思わなかった。そしてその地区で最大手のチェーン店を展開する韓国系のオーナー兄弟に対峙する事が出来た。当時50代の兄弟は帰化はしていなかったものの、地元では既に名士として認められ、名門「和合」のメンバーでもあった。

結果的にこの兄弟からは30億程度の資金導入に成功した。残念ながら儲けさす事ができなかったため付き合いは繋がらなかった。だが彼等はからはある重要な事を教わった。それは「パチンコ屋はパチンコをしない」鉄則だった。こちらでこの鉄則を思い出すのはドナルドトランプ氏を見る時だ。昨日はCNBCが彼の特集を組み、そして本日再びCNBCに出た彼は、噂の政治家への転身が本気である事を認めた。

そもそも多くの日本人は彼の本質を知らないかもしれない。トランプ氏はあの風貌と派手なパフォーマンスから、一代で富を築いた「山師」の様に思われがちだ。だが、本当は「斉藤道三」ではなく「織田信長」である。つまり二代目。彼には不動産で成功した父親がいた。後を継いだ彼は、80年代の不動産ブームに一旦は頂点に上るものの、90年代の初頭は大苦境に陥る。

この話は前もしたが、モデルで後継者であもる娘のイバナがドキュメンタリー番組で告白したのは、父親が外では絶対に見せなかった苦悩。彼女が9歳の頃、莫大借金と離婚問題を同時に抱えたトランプ氏は、自宅の5番街のトランプタワーの土台に居座るホームレスを見て、「彼は少なくとも今の僕より8000億は金持ちだ。なぜならトランプタワーに座っている」と漏らしたという。

父親が何を言っているのか判らなかった彼女が、当時のトランプ氏のバランスシートが8000億の債務超過だった事実を知ったのはずいぶん後になってからだという。そして苦境を乗り切った彼は再び輝いた。だが彼はそんな中で「軌跡は二度起こらない」事を知っていた。そこが「桶狭間」をその後の戦で絶対にしなかった信長と似ている。つまり、カジノ経営者の彼にカジノ感覚は存在しないのである。

そして、筆者が「パチンコ屋はパチンコをしない。」の言葉を思い出した頃、彼はビジネスモデルを転換した。自社ビルを次々に売却、一方で他人の資産にはトランプの名前をどんどん貸し、ビジネスをバランスシートからFEE(手数料)に変えた。そしてNBCでは超ヒットシリーズに育ったAPPRENTICEシリーズを始めたのである。

そして今、APPRENTICEシリーズはドイツでも始まった。地味なドイツとトランプ氏の派手さの組み合わせは番組に奇妙な雰囲気を醸し出していた。ここでも彼には莫大がFEEが入る。だが、彼は金融危機で下落した商業不動産には全く興味がないという。もし彼が正しいなら、この国は厳しい事になる。だがその近未来の米国への危機感からだろうか、彼は本気にで大統領選への可能性を探っている。恐らく、カジノ経営の全てを知っている彼からすれば、これ以上米国という国家がカジノ化していく様を黙ってみている事が出来なくなったのだろう・・。







2010年11月18日木曜日

熱く語れ

昨日の日本のニュースでは管総理が答弁に立っていた。総理いわく、「現在日本は歴史的な分水嶺に立っている。ここはこの国の命運を掛けた決断が必要だ。」「完全に開かれた日本に向かい、貿易の自由化も達成しなければならない・・。」この間総理は1度目も目線を上げず、TV画面からも下書きをまる読みしているだけなのが明らかだった・・。

90年代の事でよく覚えているが、帰国した際に偶然国会答弁を見た。そこでは長銀問題の「瑕疵担保条項」で、米系ヘッジファンドの言いなりになった自民党政権に食らいついていた野党時代の管直人がいた。当時、ややこしい瑕疵担保問題の本質が判る議員が日本にいた事に素直に感動した。

だが時代は変わった。確かに日本は歴史的分水嶺に立っている。そして日本は命運を掛けた決断が必要だ。そこも激しく同意する。だが、それだけの決断を一国の総理が国民に訴えるなら、誰かの下書きを棒読みするのは止めてほしい。それがあの官直人なのは尚更寂しいではないか。

そもそも政府関係者は今世界がどうなろうとしているのかの状況判断が出来ているのか疑問だ。批判あっても外務省はそれなりの情報を持ち、専門的分析もしているだろう。だが肝心な最終決断は誰がするのか。そこは優秀な役人が相対的に苦手とする相場感である。

そして、両面があるTPPの議論はここではしないが、冷静にみて心の底から完全自由化を言う国は米国以外どこかがあるのか。どこも自分に有利な駆け引きを前提にしており、あれだけ米国に恩がある韓国でさえ米国が怒る事を承知で建前と実態を使い分け初めている。

いずれにしても、日本が全てを理解した上で米国に同調するならそれもよし。だがそれは総理が棒読みするのではなく、世界情勢に疎い平均的日本人も今の世界を説明した上で、坂本龍馬の様に熱く語るべきだろう。





2010年11月17日水曜日

YOUTUBEの最高傑作

http://www.youtube.com/watch?v=PTUY16CkS-k&feature=player_embedded




2010年11月15日月曜日

本当の次のテーマ <資本主義の二大潮流>

下に添付したのは、米国で中間選挙が終わり、APECやG20などの国際会議を前にした11月9日付けの顧客レター<次のテーマ>である。だが、昨日のコラム<韓国の裏切り>でも示したように、ここでの韓国に対する自分の考えは間違っていた。そして、日曜日のNHK特集(灼熱アジア)を見て、本当の新しいテーマが何かが見えてきた。


<次のテーマ>11・09 顧客レター

中間選挙とQEに飽きた金融市場は次のテーマを探している。だが候補の?欧州危機セカンドバージョン(アイルランドの財政難)のインパクトは迫力に欠け、このまま年末年始の休みモードに突入しても驚かない。そんな中、各国がFED批判を公然と始めたG20は本来はもう少し面白くなってもよいはずだ。だが仕切るのが韓国では米国を窮地に陥れる役割は演じ切れないだろう。韓国は中国型の国家主導資本主義も厭わない一方早々に対米で完全自由貿易に賛同した国。こんな矛盾が可能なのは言ってしまえば韓国が小国だからだ。まあ尖閣と円高で思考が止まったかのような日本からすればうらやましい限りだが、G20 はバトンがフランスに渡る次からが鉄火場になろう。既にサルコジは全ての前例とタブーを超えて新しい通貨の枠組みを造ると豪語している。経済の実力では完全にドイツに敗北したフランス。この国は知る限りカール大帝とナポレオンの時代を除いては全く戦争で強かった実績がない。だがどんな時でも勝ち組に席があるしたたかさは実力以上に己を重要に見せるタイミングの取り方が絶妙だからだろう。サルコジもその伝統は知っている様だ。


ところで米国は中間選挙が終わり共和党が次の作戦を練っているところ。全体感は、勝った勢いで財政問題に強硬に出て失敗した94年の反省から慎重である。そして彼等の懸案はやはりTEA PARTYの処遇だ。選挙の結果TEA PARTYを自認する下院議員は60人前後、上院でも2人が入った。だが上院選はビルクリントンの予想は正しく、TEA PARTYは結果的に共和党の足を引っ張った。なぜなら予備選で現職議員や実績のある穏健派を打ち破ったTEA PARTYの候補は民主党の逆襲に敗れたからだ。(ネバタとデラウエア)。そしての最たる結果がアラスカ。アラスカはTEA PARTYを引っ張るサラぺイリンの地元。ここでは現職だった共和党の女性候補者が予備選でTEA PARTY候補に敗れた。だが本選で彼女は無党派でそれもWRITEIN候補者として立候補しどうやら最大の得票を得てしまった。(WRITEIN候補者とは、投票用紙の名前がなく、投票者は自分が推す候補者の名前を書く・・)

この現象からも共和党のリーダー(ベイナー下院議長 カンター下院多数派総務 マコーネル上院少数派総務)は選挙には勝ったがソレが全て共和党への信認になるとは考えていない。そして金融市場が注目するは下院の金融委員会の議長ポスト。ここは2006年からバーニーフランクが仕切った最重要ポストである。60人のTEA PARTY議員の6割はFED廃業に賛成だが、さすがにロンポールが議長になる事はなく有力なのはバッカス氏。だがTARPに賛成した彼に対して反対する意見も多く対抗馬としてカリフォルニアのロイス議員が挙がっている。実は共和党内でのこの勢力争いは2012年の大統領戦に向けて最も注目に値するところ。

そもそも東海岸の一部共和党やバッカス氏などは民主党よりも親ウォール街である。だが彼等は共和党の主流ではない。近代の大統領選ではこの地区から立候補した共和党の候補者は予備選さえ勝ち抜けない。(一番典型的なのはネルソンロックフェラーと前回のロムニーだろう。そして、東海岸出身の共和党大統領はセオドアルーズベルトまで遡るが、彼はサウスダコタ色が強い)つまり、これから米国が本当に共和党色を望むなら、その時は奇異なサラぺイリンでも、ウォール街の番人でもない、別の誰かが共和党を率いているはずである・・。

そして本当の次のテーマとは何か。それは今日の顧客レターで示そう。

< 資本主義の二大潮流 >11・15顧客レター

さて、2年を待たずオバマ政権の首席補佐官を辞し、昨日地元のシカゴで市長選への挑戦を正式に表明しただったラム マニュエル。そこで彼は精いっぱい力説した・・。「僕の政策は必ず有権者全員の利益に繋がる。だが、その前に今の困難を克服する為、全員が負担をシェアしなければならない・・」。後半の部分を言えずCAHNGEとYES WE CANだけが独り歩きしてしまったオバマ政権。凋落する今のオバマ政権の惨状はそのしっぺ返しである。政権中枢でその失敗を目の当たりにしたマニュエル。だが、彼のストレートフォワード(剛直さ)地元のシカゴで受け入れられるかどうか、その保証はない。

そして外交で傷ついたオバマを癒した日本。その日本では、土曜日と日曜日にNHKが秀作ドキュメンタリーを流した。灼熱アジアシリーズだ。土曜日は2億の中流層が、金利の概念がないイスラム金融から、お金がなくてもモノが買えるクレジットに戸惑いながらも市場金融に目覚め始めたインドネシアでの攻防。みずほコーポレート銀行と三井物産の日本勢に地元の銀行や英国資本が絡らむ。そして日曜日は、既に80兆円産業の中国の環境ビジネスに楔を打った韓国勢と、その分野で優れた技術を持ちながら韓国に後れをた日本の違いが何かを示す秀作だった。

いずれにしても、このドキュメンタリーを米国から見た感想は「羨ましい」である。感じるのは実物経済が真に灼熱のアジアのエネルギーと、モルヒネを打ちながらの末期の金融ゲームに興じる米国のあまりの違い。そして今の世界経済には純粋な資本主義は既に存在ぜず、中国圏を中心にシンガポールや韓国などが脇を固める「STATE CAPTALISM」と、衰退した先進国の「SOCIO-CAPITALISM」が混在している。

ならばその中で日本はどうするのか。シリーズはまさにこの問題を提示していた。そして答えは既に見えた。それは、日本政府の援助なしに孤軍奮闘した大阪の中小企業の社長が番組の最後で得たヒント、また三井物産本社から現地企業の社長に派遣された若手社員が語った自信の中にある。彼は、宗教的にも中立、そして国際情勢で敵を造らない日本はインドネシアでのビジネスでチャンスはどんどん広がると確信していた。ベトナムも然り、日本の中立性はやはり武器だ。だが問題は日本人がソレを使いこなす覚悟だろう・・。


2010年11月13日土曜日

韓国の裏切り

そろそろオバマは日本に到着しただろうか。ただ今回の訪韓はオバマ個人というより、米国の大統領の訪問として転換点となった。ここでも取り上げた様に、ブッシュ政権から引き継いだ韓国との包括的自由貿易協議は、米国内では既にDONE DEALの扱いだった。ところがここにきての韓国の離反。この事がオバマ政権に与えたダメージは計り知れないものがある。

今回の米国首脳によるアジア訪問は、早々のFEDへの批判が示す様に、対米批判を露骨した中英独など、最初からG20全体からの成果など期待するべくもなかった。だが、日本とは別の意味で「属国扱い」だった韓国との協議は別。その韓国からも裏切られたオバマ外交に対しワシントンポストの論調は厳しい。

そもそも米国は朝鮮戦争で4万人もの犠牲者を出して韓国を守った。そして今の北朝鮮との関係を考慮すれば韓国は米国にとって最もレバレッジを持っている独立国でなければならない。それにもかかわらず韓国にまで離反されたオバマ政権を、今日はワシントンポストまでも見限った様な表現だ。

そして韓国が4万人なら、米国は第二次世界大戦で30万人弱を欧州戦線で犠牲にした。その欧州は米国に助けてもらないながら心の底から米国に感謝した事はあるのだろうか。それからすれば、米国にとって日本は何と素晴らしい国だろうか。

太平洋戦争での米兵の死者は10万。だが、原爆を落とされ上に300万人が死んでも、日本人の米国への義理は消えない。今頃オバマは日本という国の存在のありがたさを身にしみているだろう。



2010年11月11日木曜日

無責任な責任論

休日で日本のニュースを見ていて、日本社会の特質を再確認できた。それは、尖閣の映像流出の一連のニュースで、「責任」という言葉が異常な回数で登場した事。政治責任 監督責任 現場責任・・。ありとあらゆる人が ・・責任を叫びながらも、どこか迫力には欠けていた。

言い換えればこれも平和国家の象徴か。なぜなら本当に窮地に追い込まれた国家では、責任論がはびこる余裕などはない。そこにあるのは存亡の危機の緊張感。その意味では再び始まる「坂の上の雲」で、日本海海戦の当日、東郷元帥の「皇国の荒廃この一戦にあり・・」がどういう状況で生まれたか。もう一度感じるのもいいだろう。

そして責任論が流行るもうひとつの背景は、日本の社会が漫然とTOO BIG TO FAIL(大きくてつぶせない)を受け入れている証拠である。日本人の文化からしてそれが悪いとは思わない。だが国際社会との競争の中で、国家としての判断を迫られた時、ソレができるリーダーが育つにはあまりにも不毛な土壌だ。

考えてみれば、これまで米国の成長を支えてきた市場原理とは見事な仕組みだった。社会は個人の野心を認める一方で判断を間違えると市場原理は残酷だった。そして結果的にそこで生き残るリーダーの判断力が鍛えられた。それを実感するには筆者の仕事は丁度良かった。そこではローカルズやシカゴ筋と呼ばれる個人投資家が、取り引き所のフロアーを舞台に過剰流動性の中で優位に立つ大手投資家に立ち向かっていた。

自己資金のローカルズは生死を賭けた戦場での真剣勝負をしていた。だが救済される事が証明された大手は心理面で優位に立った。彼等の勝負は防具をつけた剣道の大会か、せいぜい木刀での道場破りの世界だ。つまり最悪のケースでもクビなればよい。結果シカゴ市場では伝統的にマーケットメークを担当してきたローカルズが弱体化した。そして今マーケットメイクはコンピュータのシステムが担当する。それは現物株も同じだ。

この市場の変貌が語るように、米国でも市場原理の時代は終わろうとしている。ならばこの国も、国民の不平不満は無責任な責任論で置き換えられる時代が始まってしまうのか。そのような時代になると、民主主義はそのスピードと迫力で全体主義には勝てないだろう。結果、国民は自ら民主主義を捨てる。それがワイマールの理想が敗れた後のドイツだった事は言うまでもないが・・。

2010年11月10日水曜日

バナナ共和国

ウォール街のエコノミストと一線を画し、その冷静な経済分析には定評があるシカゴのビアンコリサーチ社のジムビアンコ氏が興味深いレポートを出した。彼は米国の年間の所得層をA:600万円以下 B:6000万円以下C:$6億円以下に分け、今回の中央銀行の金融政策で彼らの生活がよくなるかを試算したのである。

ビアンコ氏によると、年間所得が600万円以下の大多数の米国人は、これまで通りの住宅ローンの金利低下の恩恵は受けるものの、既に始まっている原料高(石油、綿、穀物)をメーカーが価格に転嫁するのは必定で、そうなると結果的に彼らの生活は苦しくなるという予想を出した。そして年収6000万円以下ではそこそこ恩恵が上回り、圧倒的に恩恵を受けるのは現時点で金を持っている年収6億円以下の層という結論だった。

このビアンコ氏の意見に対し、ウォール街を代表してリーマンからバークレイズに移った債券アナリストのイーサンハリス氏は反論を出した。彼は全ての層に隔たりなく恩恵があるという考えだ。ハリス氏は以前筆者がTV東京のモー二ングサテライトで米国金利のコメントをしていた頃、前のコーナーでいつも筆者とは違った意見を言っていた。当時の勝率は筆者の方が高かったと自負しているが、結果はその内判るとして、今回もビアンコ氏の方が正しいと筆者はみている。

ところで、バーナンケ議長はビアンコ氏の様な意見がある事は、仲間でありながら政策に異を唱えるホー二ング総裁を通しても既に承知している。それでも米国の総人口の2%以下のBとCの階層を救いに行くベネフィットの方が、大多数のAを犠牲にするコストよりも国益上では効果がある判断したと再三に渡り説明している。

そんな中ニューヨークタイムスのコラムには興味深い記事があった。同紙は中央銀行による救済処置の正当性を最も主張するノーベル経済学賞のクルグマン博士の牙城である。博士は中央銀行の救済も財務省による財政拡大もまだまだ足らないという意見だ。だがその一方でビアンコ氏が正しい場合、結果として最も苦しむ階層であるAの庶民の味方をするコラムを本日堂々と載せた。

支離滅裂とはいえ、オバマ政権の広告塔になってしまったワシントンポストに比べ、同紙はまだジャーナリズムの本質を守っている。そしてそのコラムで書かれたのは、米国も終にニカラグアやベネズエラと同じ「バナナリパブリック(共和国)」の仲間入りをしたという皮肉である。

そもそもバナナリパブリックとは、国家経済をバナナ等の一次産業に頼り、人口の1%未満の高所得層が国家利益の20%以上を独占する中南米の国家をさす。この表現は民主主義と資本主義が健全に働いていた頃の米国の作家が小説の中で用いた侮蔑的な表現である。

ただ米国はベネズエラのような大統領に権力が集中し、民主主義の制度において中途半端な共和国ではない。その状態で国民の財布の数をベースにした多数決では、中央銀行の政策は大多数の庶民を犠牲にし、少数の金持ちを更に金持ちにする事で経済学上の数字を上げるという矛盾を抱えている。

ならばこの矛盾が噴き出さないための条件は二つある。まず最初にベネフィットを得た1%の金持ちが、「トリクルダウン効果」と呼ばれるすそ野までその効果を下す義務を達成する事だ。中央銀行はコレが達成されると期待している。さもなくば、新たに選ばれた共和党議会が中央銀行の今の政策をひっくり返すしかない。

いずれにしても、既にバナナ共和国でありながら、一方で完全な民主主義国家でもある米国。時にその状況は政治の不安定要因になる。そんな国で矛盾を引きずると、最後は返って非民主的で悲劇的なシナリオが待っている可能性がある・・。 

NYTコラム (http://www.nytimes.com/2010/11/07/opinion/07kristof.html?_r=1&src=ISMR_HP_LO_MST_FB




2010年11月9日火曜日

世界最大の民主主義国家

そう言えば、オバマは大統領就任後から立て続けにワシントンで各国の要人との会談をこなしたが、ホワイトハウスでの最初の公式晩餐会は、インドのシン首相夫妻を招いてのものだった。そして今、インドを訪問中のオバマ大統領は、インドを国連安全保障理事会の常任理事国に推薦するなど、相変わらずインドに特別気を使っている。

これはインドが民主主義国家としては世界最大の人口を誇る超大国である事実への敬意だけでなく、実は似た者同士で既にステークホルダーの補完関係が出来上がった米中関係と比べ、米国は対インドでまだ完全にエッジを握っていない事の証明だろう。ただ今回オバマは米企業のインド内での大量採用と引き換えに、ボーイングが絡む大型案件をインドに売り込む使命もあるらしい。

いずれにしても、ここまで米国がインドにへりくだっていては、インドの仇敵であるパキスタンと米国との関係は修復不可能か。米国は既にアフガニスタンからの撤退を表明している事からも、パキスタンはインドの敵としてではなく、中国の属国としてこれからは米国は対処するのだろう。だがそん中でも米軍や多国籍軍の無駄死には続き、何よりも地元住民への誤爆も終わらない・・。

ブッシュ時代への反動もあり、オバマ政権と民主党はこれまでイラン以外には決定的な敵を造らないでいた。その政策は今のところ国際社会の批判に晒されてはいない。だがここまで米国の外交に軸が見えないと、そのUNWINDに対してもそろそろ準備が必要。まあ米国のご機嫌をうかがう事が何よりも優先する今の日本には、何の事か判らないだろうが・・。


2010年11月7日日曜日

ロスト (漂流国家)

これも中間選挙の結果からだろうか。沈黙を破り、露出を始めたG.W.ブッシュ。NBCの看板キャスターマットラウアーのインタビューに応じた彼は、ラウアーから「貴方は金融危機を引き起こしたウォール街の金融機関を酔っ払い運転と批判した。ならばなぜぞのウォール街から車のKEYを取り上げなかったのか。」と迫られた。直には答えられないブッシュ・・。絞り出した答えは、「規制が緩すぎた、その上で間違った判断があった・・。」との弁。

ならば彼は今回の共和党の選挙メッセージと逆のこと言っている事になる。なぜなら勝利した共和党は、再び規制緩和を公約にしているからだ。いずれにしても、小さな責任は追及しやすいが、大きな責任は追及できない民主主義の限界が出ていて面白い。そして、本来ならそんな矛盾の追求はメディアの役割だ。だが今の時代、米国ではWポストなどのメデイアは政権の広告塔になってしまった。その意味で話題のWIKILEAKの創設者の「既存のメデイアは真実を伝える力を失った」という主張は正しく、結果、イラク戦争の秘密映像や尖閣の映像がネットに流れるのも世の中の自然な流れだ。

そして今、この新しい時代に対する各政権の対応は、今のその国の実力を物語っている。まず米国では正義は何処かへ行ってしまった。オバマでさえWIKILEAKによる無責任な情報公開は人命(米兵)を危険にさらすなどと言っている。ではWIKILEAKIが伝えたあの映像(米軍の誤射で死ぬイラク市民)で殺された人の人命はどうなるのか。そして映像に沈黙する米国社会。庶民は自分の生活が苦しくそんな事を考える余裕がない。そして金持ちの興味はどうしたら金融危機の前の時代に戻れるか、それだけである。その証拠が今回の選挙結果だ。

その点中国は元々国家は黒を白と言ってきた国。事実などどうでもよく、今回の衝突映像の露出に対しても、日本政府の慌てぶりに比べ、中国政府の反応は過激ではない。そしてその「中国型」国家主導経済は韓国をも刺激し、話題のミャンマーの軍事政権は当然ながら、米国にとって最重要国家のパキスタンも中国にべったりである。この様に世界は米国型スタンダードから乖離を始めているのは明らか。そしてそれは米国自身が嘗ての信念であった正義と市場原理という資本主義の原則を実行できなくなっている現実からも決定的である。

そんな中でいったい日本は何をしているのだろう。世界の潮流の変化からすれば取るに足らない小さな責任の所在で政治家は迷走。そしてその現象面だけを追いかけ国民に対し本質の解説をしない既存のメデイアのレベルは目を覆うばかり。

グローバルスタンダードが終わり、各国が独自に舵を切り始める中で明らかに日本は「ロスト」の状態である。世界の潮流の先を読み、敢えてリスクを取って国家を誘導する政治家は見当たらない。そしてこの状況に憂いを感じる人たちの中には盛んに米国の陰謀説を唱える人がいる。だがそれも違う。米国に17年も住んでいれば判る。米国にとって日本は陰謀など必要のない国。全ては日本自身の問題である。