2009年12月29日火曜日

年末雑感、 小作人政策の限界

テレビ東京の「ガイアの夜明け」は来年から案内役が役所広司から江口洋介に代わるという。引き続き人気俳優を用いる事でこの番組への意気込みが感じられるが、その年末特番では以前番組で紹介した人々のその後を取り上げていた。

そして2002年に取り上げた中国内陸部の貧困と沿岸部の富裕層との格差問題で登場した少女の近況は衝撃的だった。

当時一家の年収が2万円という極貧の内陸から都会へ出稼ぎに出た少女は今は20代半ば。結婚出産を経て500万円で購入したマンションで幸せに暮らしていた。この間に工場の月給は15000円から50000円になり、夫と二人、両親を呼び寄せるまでになった。

この様に、宝くじに当たったわけではない普通の中国人が極貧から中間層へと変貌する一方、NHK特集では給食代が払えず、心配した教師に呼び出された児童が空腹から教師が出した残りモノのキャンデイーと牛乳を貪る姿を追っていた。

このスピードでこれ程の変化が日本と中国で起きるとは思わなかった。これが2009年末の雑感である。

こんな社会になぜなったのか。日本人は日本人の幸せを取り戻す時が来ている。だが何が日本人の幸せなのか。日本は米国の傘下で一流の消費大国となった。だが一旦そのバブルが崩壊すると、その後は永らく本質を見失ったままだ。

GDPは一つの数値に過ぎず、これが唯一の幸せの尺度なら、米国とて中国には勝てない日が近づいている。その前に、米国は実体経済でGDPの成長を維持できない体になってしまった。

そして日本以上の格差の中、政治は安定を欠き、オバマ自身約束したはずのチェンジのグリップを握ってはいない。それどころか小康状態を維持するための流動性は危機以前を上回る。

こんな中で危惧されるのは日本人が日本人の幸せを見いだせないまま米国の傘下のモラトリアムに引きこもる事。何もしない周回遅れの幸運はいつまでも続かないだろう。

さてそんなのヒント。この話題は昨年も触れたが、スポーツへの趣向から国民が本来求めている価値感が何かを探る事が出来る。まず日本人にとって冬のスポーツの代名詞は駅伝だ。個人競技としてのマラソンではなく、駅伝である事がポイント。

そして言うまでもなく米国はアメフト。アメフトはラグビーと比べる事でより米国の本質が見える。そこで日本人の駅伝と米国のアメフトの違いを説明する上で太平洋戦争における分岐点だったミッドウェイとマリアナ沖の海戦での日米の戦い方の話をしたい。ただその前に事実を整理する。

1939年9月ににドイツがポーランドへ侵攻して第二次世界大戦が始まったが、真珠湾攻撃の1941年12月までの2年間に欧州の大半がヒトラーに支配されていた。残すは英国のみ。チャーチルはルーズベルトに助けを求めた。

だが米国国民は参戦に否定的で、その先頭にはイギリス大使だったケネディシニア(大統領の父)や国民的ヒーローから国会議員になっていたあのリンドバーグがいた。そんな中で真珠湾攻撃の前年ルーズベルトは公約違反の徴兵を断行。理由はドイツが隣接する南米を視野に入れたとの情報だった。

ただここで重要なのは当時の米国陸軍は世界で17番目という小規模だった事。モンロー主義の結果、それまでの米国の対外戦争といえば米西戦争。即ちそれは海兵隊(マリーンズ)の仕事であり、大規模な陸軍はいらなかったのである。

そして徴兵されたリーゼント頭の若者の6割は、狩猟用の鉄砲さえ触った事が無かったという。(ヒストリーチャンネル、WWⅡから)これは正規非正規を合わせて国内だけで2億丁の銃が出回る今の米国から想像できない姿である。

この時点では、陸軍を中国に展開、海軍も開戦に準備していた日本が優位だったかもしれない。そしてWWⅡのドキュメンタリーはここからの日米の人材に対する価値感の違いを浮き彫りにする。

米国は徴兵したリーゼント頭の若者に、軍人としての精神教育を程した様子はない。事実生き残った米兵の証言で勇猛を自慢する話は皆無だ。つまりこの時点で米国は現在の米国型マネジメントの本質を実行している。即ちそれはエリートとそれ以外の区別だ。

エリートは簡単に死なせない。また経験が価値となる熟練パイロットに消耗戦は絶対にさせない。一方でノルマンデイ上陸などの危険な作戦では全員を鼓舞する演説が必要となる。それがヒーローイズムだ。そしてそのリーダーシップを発揮できる人材が大統領の資質と重なる((アイゼンハワー) 。

ところが、日本はエリートになればなるほど精神教育が重要だった。それも自己犠牲の美徳を説く事。天皇崇拝以外にも極楽浄土に行くためには現世での戒律を重んじた仏教の影響もあったかもしれない。

いずれにしても日本は開戦後程なくしてエリートや熟練パイロット程あっという間にその美徳で死んでしまった。まるで襷を後人に託す駅伝競技の様に・・。

その結果が前述の海戦で日本の致命的敗戦と考えるが、駅伝とアメフトはこの歴史を踏まえて楽しむべきだ。ただ元々ラグビーが好きだった自分自身、米国に来て最初の7年間はアメフトを見なかった。

だが米系で働き、自分の足でこの国の風や波を受けるうちに米国を理解する上でアメフトの魅力を理解するのは必須である事を悟った。アメフトは精神を競うゲームではない。作戦立案者と実行者に明確なスプレッドがある。

その点で前線に自ら立った英国の貴族階級の軍事訓練の象徴だったラグビーとも似ても似つかない。その結果第一次世界大戦でオックス・ブリッジのエリートが前線で大勢死んでしまった事を英国が嘆いた話は有名だ。

だがその一方で、今の英国ではボーナス返還を約束したはずのAIG社員がその約束を守らない実態が報道された(NYTIMES)。これを聞くとこの国のエリートの変質を感じざるを得ない。

AIGは約束の履行を社員に強制できないという。その理由は会社を立て直すためには彼らが必須だから。この点は今も変わらない考え方だ・・。

そして米国社会も終に変化を始めた。マイケルムーアの最新作「キャピタリズム」では、一般社員をPEASANTS(小作人、或いは発展途上国の貧民の意味)としてその社員に生命保険をかけ、社員が死んだ場合の受取人を会社にしている大手企業の実態が取り上げられた。

保険会社ではその商品名をPEASANT POLICYとして用意しているというが、これらの反動がついに健康保険制度に起きた。ただ米国では国益上エリートとそれ以外のスプレッドは必要だろう。
但しこの国のエリート層がここまで金融関係者で占められた歴史はない。この事実を踏まえ、米国がこの先どこへ流れ着くか。それを見極める努力をしながら日本人は自身の幸せの基準を再構築する時が来たのではないか・・。




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2009年12月25日金曜日

今年の本質、タイム、エコノミスト とフジテレビ

http://www.time.com/time/interactive/0,31813,1681791,00.html

まず上に先週「今年の顔」を選んだタイム誌のウェブサイトを紹介する。ここには1927年からの2009年までの「今年の顔」と、その時代背景の解説、また選考理由が書いてある。1938年にはあのヒトラーも選ばれているが、これを全部読破するれば素晴らしい近代史の知識となる事は間違いない。そして米国がタイムに対して英国のエコノミストも年末特集を組んだ。タイムもエコノミストも客観性は高い。だが米国が世界の中心であった時代とそうでない時代(そうではなくなる)、この二つの雑誌を読み比べると価値は更に高まる。

http://www.economist.com/printedition/displayStory.cfm?Story_ID=15108593

さて、そんな中で昨日SMAPの香取と草薙が道徳問題をテーマに問答をする特集番組を見た。流石転んでもただではお起きないTV業界だ。フジテレビは今年泥酔で世間を騒がせた草薙を使いその効果を狙っていた。そして半分憤慨しながら観てしまったのだが、漠然と手にしていたエコノミスト誌の年末特集のテーマと番組の本質が同じである事に気付いた。その「今年の本質」とは、今年流行り言葉に「草食男子」があった様に、豊かで便利になった社会における人間(この場合は男性)の弱体化である。一方エコノミスト誌は草薙の代わりに旧約聖書のアダムとイブを表紙の中心に据え、19世紀中頃、旧約聖書のアダムを題材にハンガリー人小説家が描いた「近代化の中で衰える男性の本質」が、現在の「テクノロジーとGDPの進歩の中で退廃したモラル」に引き続き代用できる事を特集で紹介していた。

そしてフジテレビでは、道徳とは「正しい行い」を指すのか、或いは「助ける行い」を指すのか最初のうち区別がつかない草薙に対し意外にも香取の正解率が高かった。また会場を埋めた参加者の大半は草薙に近いものだった。恐らくこれが今の日本なのだろう。あの程度の酒で泥酔した草薙はどこから見ても好青年だ。またその弱さが共感を呼び許される。そして草食男子はパワフルに進化する女性からすれば絶好の相性でもある。ただ日本社会がこの様な判りやすいトレンドを出す一方で米国はやや異なる。エコノミスト誌が指摘する様に、米国も「助ける」が「正しい」を上回り、結果助ける事が正しくなった。だから金融機関を助け、市場を助けたとされバーナンケ(FED議長)が「今年の人」になったのだ。だがそれを受け入れない人々がこの国はまだ存在する。

ところで、タイムの表紙に金融関係者が選ばれたのは今回のバーナンケが初めてだ。意外だがあの神様だったグリーンスパンでさえも選ばれていない。そう、これまでは金融はその程度の存在だったのだ。そしてそれが人間社会としては正しく健康的だったのだ。だがそれが世界的金融危機が怒り世界が協調して救済に走った。
だからその中心だったバーナンケは選ばれた。

言い換えれば29年の株の大暴落からあの大恐慌の時代にタイムが金融関係者を選ばなかったのは、彼らが大恐慌に対し無力だった事からすれば当然かもしれない。だが一方で38年にヒトラーを選んだ解説にはその後ヨーロッパで起きた戦慄への予想は乏しい。(ヒトラーのポーランド侵攻は39年9月)即ち、タイムはいつも「正し選択」をしてるわけではないのだ。では米国が今年の顔にバーナンケを選んだ事が何を意味するのか。現実として先進国が草食男子化する中で台頭するアラブとアジア社会。その状況を踏まえ、豊かさの中での人間の弱体化を前向きにとらえた英国のエコノミスト誌。それと比較し、金融救済者のバーナンケをヒーローとした米国の違いが来年の本質となろう・・。


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2009年12月23日水曜日

女性誌の時代

米国の3大ネットワークの6時からのニュースで終に二人の女性がアンカーを務める時代が来た。その事を当前として考える米国ではそれ自身がニュースになる事はない。だが日本は別だ。昨日NHKはそれ自身を態々ニュースとして報道した。そしてその一方で日本のテレビは米国大使がヒラリーに呼び出された事であたかも鳩山政権が米国の逆鱗に触れてしまったのごとく大騒ぎだ。だが鳩山政権誕後「日米関係に変化の可能性あり」との分析がでたのは事実だが、他の事で手いっぱいの米国が普天間で大騒ぎするなどありえない。ましてやこちらの一般のニュースで普天間が取り上げらる事はない。もしどうしても米軍に絡んだ話を探すなら、一部で懸念されているのはパキスタン軍と米軍の不和である。言うまでもなくこの両軍はアフガニスタンで同盟軍として戦闘中。よってその両軍がぎくしゃくしているとなれば本来は重大事だ。だが国内に健康保険法案と金融改革法案。そして温暖化に取り組む新しい米国の姿勢を世界に示すオバマの命題が佳境を迎える中その緊急事態も本来は表ざたにはしたくないのが実情だろう。

ところでなぜパキスタン軍と米軍はぎくしゃくしたのか。それはオバマのアフガン戦略の声明に起因する。そこでオバマは3万人の増派を発表した。NYTIMESによれば実はその前に米軍はパキスタン軍との間でタリバーンに対して新しい作戦を準備していたという。そして増派軍の到着前にパキスタン軍によるその作戦の開始を要請。本来はその作戦が先週予定されていた。ところがパキスタン軍は動かなかった。この事態に米国国防省は怒り心頭になったというが、パキスタン軍上層部は国内向けTVでその理由を説明している。それによると、オバマは声明で3万人の増派を発表すると同時に2011年には米軍を撤退させると言ってしまった。実はその非現実的な理想にパキスタンは米国のアフガンへのコミットを疑問視し、結果的に軍事行動を見合わせたという。実はあの声明は平和的理想主義者のオバマの弱点が出た瞬間でもあったのだ。

これがどういう事を意味するか、平和ボケの日本人にもわかるだろう。パキスタンが関が原での小早川軍になる事はないと思うが一方で頼りだったムシャラフはもういない。そして仇敵インドにも媚びる米国をみて心情的には反米感情が渦巻くあの地帯にこれから向かう米兵はイラクの時以上に気の毒だ。そんな中で普天間をを通して日本が「離米」する印象を世界に与える事を米国は最も恐れている。仮にそんな事が起これば米国の孤立化が露呈し、アジア戦略は深刻になる。その意図を理解した上で冷静に日本政府は対応すべきであり、観たところその印象はある。だがヒラリーが怒っているなどとの報道を耳にすると先が思いやられる。それではまるでオバマの弱点をヒラリーが女性週刊誌を使って制御しているような日米関係ではないか。

最後に外資企業をかじった程度の女性が注目される中、NHKクローズアップ現代の国谷キャスターは秀逸だ。個人的には米国でも通用する一流の日本人女性の金融マンは知らない。だが日本の価値観と欧米の価値観の対比の中で視聴者に判断を仰ぐ国谷キャスターのジャーナリストとしてのレベルは高い。彼女の存在が既にありながら、一方で女性キャスターの時代を今更注目するのもおかしいが、昨今民放のニュースは女性セブン型、ドラマは漫画のパクリは自分で考える機会は益々遠のくであろう・・。



2009年12月18日金曜日

赤いダイヤとグリンピース

昔「赤いダイヤ」といえば小豆の事を言った。それは山種証券の創設者、山崎種二をモチーフにした同名の小説があったから。だが私の中での山崎種二氏は城山三郎の「百戦百勝」。理由は社会人一年目、三重県桑名市で株屋として飛び込み営業をしていた時に何度も彼に纏わる話しを聞き、同小説を読んだからだ。そして米相場でも株でも「売りの山崎」と謳われた彼のカッコよさに憧れ、90年代の泥沼で大阪の先物オプションに手を出した。そもそもそれが20年後の今ここでこのコメントを書いている遠因である。

桑名の話を続けると桑名は元々米相場の街だ。そのDNAは林業の諸戸や戦後伊藤忠に立ち向い納税額日本一なった板先喜内人を生んだ。そして桑名とのもう一つの因縁は桑名の米相場の特徴が夜間取引だった事。夜の桑名は先行指標だった。これは夜間に日本株を売り崩したシカゴ。またNYの現物に対するシカゴと同じ役割である。

ところで現代の「赤いダイヤ」は何か。赤くて希少価値があるものか。ならば個人的に思い浮かぶのは本鮪の中トロとナガス鯨の尾肉。共にグリーンピースの標的である。以前鯨はその殺し方に問題アリとした。株屋時代に客先で松坂牛の屠殺を見たが、畳一畳のゲートに誘導されると直に鉄銃で眉間を撃たれ、倒れるまま間髪いれず解体されていった。同じ「赤いダイヤ」でも松坂牛は痛みを感じる事なく処理されたがあの鯨の殺し方は惨い。薬で殺すならまだしも、銛で殺す限り捕鯨はやはり続かないと予想する。

いずれにしてもグリーンピースの標的になった事で今やそれぞれ最高級品はグラム10000円か。本鮪の味は言うまでもないが、小魚ではなくオキアミを食べる髭鯨の肉は絶品だ。中でもナガス鯨は年に数頭しか取れない。そしてその尾肉はまさに宝。

それでもその味を知る日本人はその「赤いダイヤ」を買う。ここは日本をただのデフレ国家と馬鹿にする欧米人は理解できないだろう。だからこのビジネスでば欧米からの脅威は低いはず。寧ろ敵はアジアのマネーだ。中国人が本気でトロを食べ始めたら日本に海外の天然物は入ってくるのか。まあその前にビジネスとして数年前に鮪の完全養殖に成功した近畿大学が中国に買収されてしまうのではないかと心配になる。私学が乱立する中で日本は近畿大学を早急に保護した方がよいではないか・・。


2009年12月16日水曜日

環太平洋の攻防

中国の大学生が反日プラカードを持って行進した頃、日本ではまだ見られなかった中国内部の映像をふんだんに入れて中国を紹介した米国DISCOVERY CHANNELのCHINA RISESシリーズが世に出たのは2006年。それから僅か3年、中国は「勃興」などと言う時期はとっくに終わり、今は圧倒的パワーで世界を席巻し始めた。そしてその状況を先週NHKが特集で放映した。題名はCHINA POWER。それを観てまず驚くのは秘密重視のM&Aの分野で巨大な中国マネーが世界中の資産を買い漁る状況を中国はNHKに堂々と見せつけた事。番組は中国は日本など最早眼中にない事実をつきつける。そしてこれは半分は友好、半分は脅しだろう。

ところでご存じの様に私の専門は米国の金融市場。だがこの一年の米国の経過と前述の番組からの中国の力を考慮すると、この潮流の中、戦後65年引きずる沖縄の負の遺産と中国がこれ程軟化した時節の利を政治家小沢に対する好き嫌いと混同するのは日本の不幸だと感じる。日本は戦略担当を官僚から政治家の手に移す試みを始めたばかり。この点は米国の真似だろうが、米国では演出力がある政治家とそれをサポートする野心的執事が戦略を練るの対し、日本は偏差値は高いが戦略の必要性を日常生活に感じていない国民と、それを取り巻くマスコミが民主主義の受け皿である。そもそもこの様な構造では変動期の舵取りは難しい。これまで何も決断出来ない間に周回遅れの利に遭遇する事もあったが、米中が市場を通して補完を強める中で日本は何を基準に戦略を打ち出すのか。国民に全て話す必要はない。だがいざという時の決断の筋道は示すべきだろう。

ただ結びつきを強める米中も将来は微妙。元々ともに性悪説、だから市場主義は都合がよい。そして何といっても今はその市場を通して金の無い国とある国が奇妙な補完関係だ。だが結局は金の結びつき。そしてそれを証明するかの如くCNBCではあのジムチャノスが中国は過大評価されているとの持論を展開していた。だが市場原理主義者のジムチャノスは一見正しいがリスクがある。このリスクが現実化すると米中関係は新局面になるだろう。ではここではジムチャノスの見方のリスクを触れる。

そもそも彼は空売り専門ヘッジファンドの権化。だが以前も紹介したように彼は市場の上澄を狙うチンケなヘッジファンドではない。その本質は基本的にバフェットに近く、米国の成長には市場原理が不可欠であるとの姿勢を崩さない。そしてバフェットが成長のベクトルの中で夜明けの6時から昼の12時までをじっと待つのに対し、チャノス氏は成長過程でも市場原理が働くと必ず起こる新陳代謝、即ち昼の12時から夕方過ぎの6時以降を狙ってその会社を空売りする。だから彼は昨年から救済主義を糾弾している。なぜなら新陳代謝を止めると本当の夜明けが来ないと確信しているからだ。そして彼は過大評価の中国に対しチャンスがあれば将来空売りの対象にしたい意向を示した。だがアジア人の私には中国が嘗ての米国の様な民間の新陳代謝を国家が傍観するとは思えない・・。


2009年12月11日金曜日

100ドル札からの眼差し

http://www.reuters.com/article/idUSTRE5B83PL20091209?feedType=RSS&feedName=businessNews&rpc=23&sp=true

上のロイター記事をクリックすると、GEのイメルト会長が昨日WEST POINTの精鋭に述べた自己批判のスピーチが現れる。簡単に言うと過度の欲望が国家を滅ぼしかけたと反省し、GEの経営者として新たな価値感を探る段階に入った事を認めている。さすがはGEである。そういえばイメルト会長もJPのダイモン会長もハーバードのMBA出身。そしてこの二人はそこで習った事が全てではない事を逸早く表明した。この辺りがこの二社と他との違い。そしてこの様な自己否定(変革)ができる人材を輩出し続ける事で400年の歴史を持つハーバードもいずれは11世紀から続くオックスブリッジに並んで行くのだろう・・。

さて、そこで触れたいのはサイトを開くと100ドル札からこちらをじっと見つめるベンジャミンフランクリン。下に彼が残した有名な13徳をもう一度紹介する。ついでに金融危機前夜に彼を題材にした「今日の視点」を参考までに添付する。ところでイメルト会長が危機後に行った最初の経営判断がCNBCを抱えるNBCをCOMECASTに売った事をどう見るべきか。単にキャッシュフローの判断なのか、或いは次を見つめているのかが興味深い。同時にジャーナリストとしても尊敬された昼担当のビルグリフィン氏がCNBCを去った(名目は長期休暇)。これで場中のCNBCは茶坊主的なリースマンやソプラノスと間違える女性が主役だ。いまだに周りの米国人でこの13条を覚えている人は殆ど会う事は無いが今度リックサンテリと話す機会があれば彼にも聞いてみたい。債券担当でシカゴ人の彼ならきっと知っているだろう・・。

参考:2008年4/3のブログから

http://marukano-gb.blogspot.com/2008/04/joinordie.html



「フランクリンの十三徳」

1、「節制」 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
2、「沈黙」 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
3、「規律」 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
4、「決断」 なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
5、「節約」 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
6、「勤勉」 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。
無用の行いはすべて断つべし。
7、「誠実」 詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
口に出ですこともまた然るべし。
8、「正義」 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして
人に損害を及ぼすべからず。
9、「中庸」 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
10、「清潔」 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
11、「平静」 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
12、「純潔」 性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、
これに耽(ふけ)りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、
または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
13、「謙譲」 イエスおよびソクラテスに見習うべし。

(出典:ウィキペディア)








2009年12月10日木曜日

流動性の犠牲者

ホワイトソックスが松井に触手という話を聞いて複雑な心境。なぜなら日の当たる道を歩いてきた彼にホワイトソックスの暗いイメージは合わないからだ。シカゴに立ち寄るならまだカブスの方が合う。いずれにしても松井とヤンキースの関係は、今は米国にとって必要な日本が最後はどうなるか、米国一辺倒のリスクを日本人に知らしめるは丁度いいかもしれない・・。

ところでタイガーは大丈夫だろうか。サポートを表明していたスポーツ飲料のGATARADEがサポートからの離脱を表明したが、信憑性はともかく噂になった8人の女性の質は彼のブランドを傷つけたの事実だ。そしてこの国の金儲けに対する欲はすさまじく、騒動で話題になった商品はタイガーを餌食に新しいプロモーションに出ている。その一例はバンドエイド(登録商標ではない)。タイガーは事故後に顔にバンドエイドを貼っていたらしいが、そのメーカーはその商品を「タイガーバンド」として売りだしたという。

この様に金の力は実に恐ろしい側面を持つ。ならば万が一このままタイガーがコースに立てなくなるとスポンサー企業やPGAの放映権などの商業的価値の損害はどのくらいになるのだろう。噂は全てが本当ではないだろう。だが展開がここまで酷くなるのはその恐ろしさの一面である。そしてそれは高く上がれば上がるほど落ちる時は恐ろしい相場と同じ。タイガーも流動性に翻弄されている・・。



2009年12月9日水曜日

眠れる森の出口

普天間を議論すると日米安保に行きつく。日米安保を議論すると憲法改正が焦点になる。憲法改正が焦点になると、9条だけではなく今の憲法には国家元首の規定すら無い異常性を日本人はどうするのか。

この異常性と引き換えに経済のみに集中した戦後の日本。そしてソレを支えた護送船団のどこかに居場所を見つける事がサバイバルだった個々の日本人。このモラトリアムは心地が良かった。なぜなら努力が報われ、そして摩擦があっても最後は金が解決した。だがその金はモラトリアムを許す自分のモノだと米国が考える中で日本の最後の砦の資金力にも限界が見える。

米国の傘から出るのは苦痛。だが今苦痛を我慢しなければ手遅れになるだろう。理由は三つ。一つは世界の潮流の変化。二つ目は米国自身の衰退。そして三つ目は金のない日本に米国は同じ態度をとらないという事。特に三つめのリスクには関し日本は無防備だ。いずれにしても日本が再び眠れる森に逃げ込むともう二度と起きる事はないかもしれない・・。


2009年12月8日火曜日

真珠湾と日米関係

どううやら普天間は鳩山首相に一任された模様だが、奇しくもパールハーバー記念日の本日、日米関係は戦後最も重要な局面を迎えた。どんな結論になるにせよなぜ今自分がこのタイミングで首相なのか。鳩山氏はそれだけを考えて結論を出すべき。それがこの政権が誕生した歴史上の意義であり、結果がどうあろうとそれが日本の宿命だ。

ところで米国にとってこのパールハーバーはこれまで一体どんな意味を持ってきたのか。日本人は知っている様であまり知らない。そこでHISTORY CHANNELが2年を掛けて再編集した渾身のドキュメント「WWⅡ」を参考に数回に分けてその本質に迫りたい。

そこでまず第100大隊442歩兵師団(100Battalion442Infantry)の話をする。そもそも真珠湾攻撃が米国に重大なインパクトを与えたのはその戦果があまりにも一方的だった事。これまではその要因として日本では山本長官の戦略が美談として語られ、一方米国では日本のルール違反が強調されてきた。この構図は今も共通するが、いずれにせよマスコミや政治の影響が強い。だがHISTORY CHANNELでは米国の慢心がテーマだ。そういえばハワイ駐留部隊を題材にしたハリウッド映画にはフランクシナトラなどが主演している。だがどれもハワイのエキゾチックな文化を堪能する陽気な米国兵の話だ。これは当時の米国の世論が戦争を繰り返す欧州に関わる事を嫌う一方、同じ兵役でもハワイならばそこは楽園と言った風潮があった事の裏返しでもある。そしてハワイ駐留部隊がその緩んだ風紀の中、本土の情報網は日本が臨戦態勢に入った事を掴んでいた。そして何度も駐留司令官に緊急事態への対応を要求する。だが長官自身がその気にならず、半端な対応でハワイ全土に拡散しておいたはずの戦闘機を態々1か所に集めるという愚かな命令を出す。結果的にこの判断が致命傷となりセロ戦の奇襲でその戦闘機群が壊滅すると停泊中の戦艦は丸裸になった。

これがHISTORY CHANNNELのパールハーバーの考察。ただこれで本来は欧州を対象に米国市民に蔓延していた参戦への嫌悪感がいきなり「日本憎し」の感情に変わった。そしてここからが本題だが、第100大隊はそのハワイ出身の日系人部隊である。この大隊にパールハーバー後に強制収容所の日系人などから新たに徴兵した442歩兵師団が加わりこの伝説の勇猛部隊が編成される。そして日本人への嫌悪感が極端に高まる中、この日系部隊は欧州戦線に投入された。そこではローマ入城直前の激闘やユダヤ人収容所の開放、またドイツ国内に孤立した部隊救出という特命の任務を遂行。結果米軍史上で現在でも最も高い死亡率(4割)の部隊となった一方で最高勲章を21人が受賞する金字塔を打ち立てた。この受章率は朝鮮/ベトナム戦争を経ても未だに米軍史上最高である。

そして此処で注目したいのはパールハーバーがルーズベルトの陰謀かどうかではなく、第100大隊442歩兵師団の作戦における奇異だ。ドキュメンタリーでは米軍がローマ市内と瓦礫の山となったドイツ国内を行進する際に窓から白いシーツを掲げて歓喜するイタリアとドイツの市民の姿を捉えている。この事実と米軍を目前に自決した沖縄県民の悲劇を比べると言葉が無いが、奇異とは本来なら歓喜の的となるべくローマ市内を行進するはずの第100大隊442歩兵師団はなぜかそこから次の激戦地に移された事。また強制収容所の開放の名誉の戦いについても解放したその部隊が日系人部隊だった事を米軍は近年まで公にしなかったのである。ここにも現在に繋がる日米関係の本質がある。そしてそれはサイパンや沖縄市民の自殺を見ながら「ショックドクトリン」に簡単に陥る日本の国民性を理解した上で「バンザイ突撃」と「カミカゼ特攻」また何よりも戦後を通して米軍史上最高の勇猛部隊が日本人部隊である事実がキッシンジャーの言う「日本を起こすな」に繋がっていく・・。(次回へ)



2009年12月5日土曜日

小泉元首相の失態

残念がらあの小泉元首相にも焼きが回った様だ。なぜなら彼は普天間と献金疑惑を理由に「このままでは鳩山政権は参議院戦まで持たない」などと発言した事が本日朝日新聞で報道されている。これは次の二つの理由で彼の失点になる。

まずはこの程度の事で日本国民が先の選挙で下した政権交代の判断を簡単に否定する可能性を自ら口にしてしまった事。先月の米国の知事選が然り。絶好調だった民主党が惨敗した様に、確かに中間層が消滅した先進国の民意は簡単に変わる。元首相はその辺りを意識しているだろう、また鳩山首相の献金問題はあまりにもお粗末なのは事実だ。だがそれを今の段階で小泉元首相が口走るのはどうか。日本人は米国人よりも我慢強いはず。ならば自民党が復活に値する価値を持ち始めたというならともかく、まだ時期尚早の今あれほど人気があった元首相がそんな発言をするのはあまりにも自民党を惨敗に追い込んだ民意を馬鹿にしている。

そして失点二点目は、元首相は「これでは米国との関係が持たない」と米国一辺倒の本音を漏らしてしまった事である。今の日本は米国との関係を冷静に考えるべき時。普天間はその覚悟が試される案件だ。だれも米国との喧嘩を望んではないが日本があまりにも米国一辺倒だった歴史に様々な角度から再考を促すトレンドが始まっているのも否めない。だとすれば首相はそのトレンドを無視した。この判断は冷静な分析というより元首相の本性が出たというべきだろう。

そこで改めて指摘したいのは10月23日にこのブログで書いた内容。タイトルは「大統領令の乱発」。そこでは米国の現政権のスタッフの過去を取り上げた。そして着任早々広島に直行しNHKでは原爆の被害者たちに涙を流したルース新駐日大使は本日「日本は普天間で約束を守らない」と顔を赤らめて激高したという。断っておくが在米15年の経験からこのレベルの優秀な米国人が我を忘れて激高するなどという事は絶対にありえないと断言できる。NHKでの涙は親近感を誘うため、そして激高は圧力をかけるためのパフォーマンスである。やはり彼は百戦錬磨の有能な弁護士だった。

いずれにしても国益を巡る攻防がいかなるものか、騙されやすい日本人もそろそろハリウッド文化の本質を知る時が来た。その意味で日本人離れしたパフォーマンス能力の持ち主だった小泉首相は己の技におぼれたのかもしれない。あのタイガーウッズでさえ完璧ではなかったように彼も出番を間違えた様に思える・・。


2009年12月3日木曜日

信じられないミス

人生が山あり谷ありなら、その人生に最も近いスポーツはゴルフと思われてきた。そしてその覇者であるタイガーはプライベートでも完璧と思われた。たが違った。彼は信じられないミスを犯した。ただここで言う完璧とは潔癖の意味ではない。彼も人間だ、道徳まで完全さを求めるつもりはない。

私が言う「信じられないミス」とは、不倫の動揺からか、エリン夫人に関係を悟られない為に相手の女性に証拠隠滅を依頼する電話をした事。ただまだこの時点なら得意の「リカバリーショット」の可能性が残されていた。しかしタイガーはここから信じられないミスを犯す。なんと架電の女性に直接話さず、彼女の携帯電話のボイスメールにメッセージを残した。そのメッセージはスーパーショット後のあのガッツポーズや自信あふれる勝利インタビューからはとても想像できないおどおどした懇願の声。それが全米に流れたのである。

本来ならここに至るれまでのタイガーの価値があまりにも高かったためこのミスは致命傷になりかねない代物。だがこれ以上彼を追い詰めると天才ゴルファーの運命にとどまらず、米国の国益にもならないという配慮があちこちで働いている様子が窺える。早々にNIKEはタイガーとの契約に変更はないと表明。またGATARADE(スポーツドリンク)は「我々はタイガーと共にある」と非常に寛容な反応を見せている。実はこの意図した救済が昨今の米国の特徴だ。そう、今のタイガーはAIG倒壊後のゴールドマンサックスに似ている。

そういえばマイケルジョーダンも90年代のキャリアー最盛期に同様のスキャンダルに見舞われた。だが彼は何とか乗り切った。その時は今ほど携帯が普及していなった事が幸いだったかもしれないが、いずれにしてもジョーダンの時代と比べてもタイガーの時代は全てがより華やかになっている。金融市場が然り、だが一方で一瞬でその全てをぶち壊す罠もあちこちに隠れている。そしてこの脆弱さと華やかさの管理は至難の業だ。最後に、ソレに失敗しても助けてもらえるのはタイガーやGSなど一握りである事を覚悟しなければならない・・。




2009年11月30日月曜日

覚醒はまだか。

円高が進み株が下がって困るなら日本のやるべき事は一つ。日銀はFEDを真似バランスシートを3倍にすればよい。そして円を増刷する。FEDがそのバランスシートを一年で3倍弱にしたので、現在120兆の日銀のバランスシートも3倍の360兆円程度したらどうか。ただここからは真っ先に大手金融機関を救った米国とは一線を画し、政府の指示で日銀は国民一人当たりに均等に紙幣をばらまく。日銀がそんな事は出来ないというなら大株主の政府が株を買い増して強引に命令するか、或いは昨年捕まった高橋洋一氏などが提唱した政府紙幣を発行すればよい。

金融危機以後の欧米ではケインジアンがフリードマン主義を唱える無節操が常識。そんな中で仮に日本が国民全員に一律給付金を出してもそれは他国からとやかく言われる事ではない。また今はインフレを怖がる必要はなく、何よりも「ばら撒き」が悪いと言う発想は世界が金融の規律を守っていた時の話であり、そんな概念に日本だけが固執するのは「敵」の思う壺である。そして実現すれば国民一人あたり約250万の給付金、5人家族なら1250万となる。この金額ならば家族を大きくするという民族の義務を日本人が思い出す事にも一役かうだろう。

結果円は大暴落。長期金利も急騰する。だがここで金利の急騰を怖がっては話にならない。そして給付金の全額は消費には回らないかもしれないが、生み出されたこの流動性はやがては株にも流れる可能性が出る。そもそも今は世界の流動性はヘッジファンドの理論で動いている。だが嘗ての日本市場は日本のルールで動いていた。しかし冷戦後のグローバル化と重なった日本の低迷期、日本はキャリーを通して資金の出し手に徹した。そしていつのまにか自国の市場をヘッジファンドのルールに仕切られてしまった。またそれが正しいとする時代が最近まで続いた。だがここに至り、自国のルール、文化を守りながらも米国から妥協を引き出すまでなった中国を見て日本政府が何も感じないのは国民に対して無責任である。

米国は今苦しい。だからいきなり見放すの得策ではなく義理にも欠く。また米国の意に沿わない政策はトヨタなどへの仕打ちが示す通り、別のやり方で米国から反撃があるだろう。だが最低限日本が長い眠りから覚醒した事を米国に判らせるのは必要だ。或いはまだ日本は覚醒するつもりはないのだろうか・・。

ところで覚醒は一方でモラトリアムの心地よさからの脱却を意味する。その上で民主党政権になり国家戦略なるものが言われ始めたが、日本は独自に戦略を考える事から離れて長い時間が立ち過ぎた。よって戦略の中身を考える前にそもそも戦略とは何かを思い出す事から始めなければならない。そんな中で先の仕分け作業では役人案を吟味する議員の専門知識の低さが露呈された。その点米国は2年毎の改選で専門知識は乏しくとも流動的な民意を反映するポピュリズムを是とする下院と、6年の任期中に専門性を高めた100人の上院(元老)が地元の利益だけでなく国益の観点で法案に臨みバランスを取る。だが仕分け作業を見る限り圧倒的与党の民主党議員の知識が官僚政治に代わるだけの実力があるかどうか疑問を投げかける。

そして国家戦略室を立ち上げるからにはどんな戦略にもリスクがある事を国民に納得させる事が最大のポイントである。戦略には必ず失敗のリスクがある。また時には民意に反する事も承知しなければならない。その上で情報をどう開示するか、或いは民意と相反する戦略をどう国民にメッセージとして伝えるか。その最大の難儀を回避しては戦略室は有名無実化する。

いずれにしても米国の衰退が始まった以上、何もしないリスクが戦略の結果としてのリスクよりも大きい可能性がある事をまず国民に知らしめることが鳩山政権の最大の使命だ。そこで提言だが、戦略室とやらには戦後の護送船団方式を支えたエリート層とは別の血も入れるべき。米国流の先駆者でもないバランス感覚。そんな人はリスク&リターンを実戦してきた今元気な中小企業の経営者の中に必ずいるはずである・・。


2009年11月27日金曜日

どこよりも早い予想

日本ではオバマ訪日の余韻がまだ残っているかもしれないが、敢えて今回はどこよりも早い予想を出す。ソレは2012年の大統領選挙だ。まずこちらではマヤ文明の予言とされる2012年地球壊滅説に絡んだ「2012」が公開中。この話が現実になるなら何も心配はいらないが、そうでない限り今日の金融市場の話題の一つでもある米銀が水面下で抱える不良資産7兆ドルのロールオーバー(借り換え)が2012年にあるなど、景気の回復が大命題の中で2012年は大きな試練になりそうである。そしてその年の大統領選挙に勝利しているのは誰か。現状からはオバマが再選される確率は30%。そしてオバマではない時、その時は共和党のジョンスーン(JOHN THUNE)が新大統領になっていると予想する。

彼はサウスダコタ出身の上院議員一年生。そこは上院を一期途中まで務めたオバマと同じ。瘦身でカリズマ性があり、オバマと同じ歳である。現在共和党が少数野党のため、新人の彼が重要案件へのコメントでマスコミに登場する機会は少ない。だが、保険法案では上院での共和党の取り纏め役に抜擢され、米国のプリンシパル(原理原則)に沿った意見を堂々と述べていた。そして彼は上院の前に下院を3期務めた実績があり、上院選初挑戦は惜敗したものの、2004年は現職の上院院内総務(野党のリーダー)のトムダッシェルを破るという快挙を成し遂げた。米国議会史上、現職の院内総務が新人に敗れたのは58年ぶりで、この時点で彼は将来の共和党のエースと目されていた。だがあまりにもオバマの人気が高かった為これまで話題にならなかったのである。

そして共和党は先の知事選連勝から2012年の大統領選には追い風が吹くと確信している。だがまだ戦略は決まっていない。そんな中あのぺイリンとバックマン(ミネソタ下院議員)という2人の女性が今は張り切っている。ただ女性だけで勝てるとは誰も思っておらず、特にぺイリンはあて馬の可能性さえある。いずれにしてもこのまま今の共和党の優勢が本物となるなら彼は立つだろう。その場合ともにカリスマ性があるオバマとスーンの一騎打ちは面白い。そしてその時のテーマは協調主義VSプリンスパル。 だが結局決め手はキッチン&シンク、あるいはブレッド&バターと言わるれる大衆心理。そして冒頭に挙げた経済の難題の山と未知の大津波からは現職がどうしても不利になる。よって私の予想はジョンスーンの勝ちである・・。

断わっておくがこれは個人的な予想。別に信じる必要は無い。ただ2004年にまだ日本人の殆どが知らなかったオバマを将来の大統領として、場合によっては次の大統領として「視点」で紹介した事を覚えている方は同じ程度に考えておくのが良いだろう。正直2008年にオバマ大統領が実現した事には驚いたが、ジョンスーンが2012年に勝つイメージはその時よりも強い・・。




2009年11月25日水曜日

一日一生 (素朴な喜び)

米国ではお金を持っている人は当然として、持っていない人さえもお金を使わないと罪悪感を感じるホリデイシーズンがいよいよ始まる。その起点がサンクスギビング(感謝祭)。このサンクスギビングは日本で言うなら正月だ。大昔、明日はどうなるか判らない厳しい環境の中、新年を迎た喜びを感じたのが正月なら、クリスマスとは違って「今年も生きる事が出来た」という「素朴な喜び」に感謝する時代がこの米国にもあった事を思い出させるのが本来のサンクスギビングの意義である。

さて、私事ながら昨年まであるご家族のサンクスギビングの七面鳥ディナーに毎年招待された。ご主人とは同世代。子供も同じ学年と言う事もあり、ここ数年はご好意に甘えた。そのご主人は元々北陸のお寺の生まれだ。仏教系の高校に通い大学は関西のミッション系大学へ進学した。その後米国の大学に留学。そこで米国育ちの帰国子女である奥さんと知り合ったらしい。そんな彼と初めて会ったのは94年、シカゴにある財閥系企業の親睦会だった。グループ末端の証券のシカゴ支店の駐在員だった私と財閥の中枢の銀行の現地社員として活躍していた彼、我々は親睦のゴルフ大会で同じ組となった。

その後彼は別の金融会社に転職。話題の豊富さと天性の人当たりの良さでそこでも活躍した。その一方で仏事に拘るシカゴの日本人社会からの依頼で法要などでお経を唱えていた。その後NY転勤に伴い疎遠になったが、シカゴに戻る頃、今度は彼がNYに転勤となり、情報交換を通して付き合いが復活した。そしてNYとは違い、シカゴの日本人社会には仏事の需要が高い事に気付いた彼は9/11のテロを機に再びシカゴに金融の仕事を見つけて戻った。それからは毎年サンクスギビングに招かれた。

考えてみれば彼の人生は興味深い。日蓮宗の名跡の跡継ぎでありながら大学はミッション系だ。渡米し、異国で金融マンとして活躍する傍らお経を唱える副業でも成功した。そして多彩な才能に加え美食家でもあった。そんな彼とはいつも食材の話で盛り上がりながら彼が実家を継ぐための本山での修行に一旦はチャンレンジしたものの、事情があって途中で諦めた話をしてくれた事を思い出した。

ところで、そんな中日本のニュースで英国人女性死体遺棄事件の市原容疑者が遂に弁当を食べたと聞いた。彼が何のために何日断食したかはしらないが、悟りを開くための究極の断食は、何と言っても比叡山延暦寺の修行「千日回峰行」の途中にある「堂入り」だろう。「千日回峰行」は有名なので詳細は省くが、地球一周に等しい4万キロの距離を1000日で踏破する修行(継続ではない)の700日目から始まる「堂入り」の苦痛は想像不可能。9日間 断食 断水 不眠 不臥で不動明王の真言を10万回唱える。そしてこの「堂入り」を完了し、残り300日を終えると大阿闍梨(だいあじゃり)の称号となるが、途中で諦めるとその場で自害する事が決まりというこの修行の成功者は延暦寺の記録では47人との事である。

そして日本人でありながらサンクスギビングを共有する恵まれた時代に生きる自分にとっての幸運は、この「千日回峰行」を2度達成した酒井雄哉師がまだ健在である事。恐らく殆どの現代人は師の真似は出来ない。だが代わりに我々はこの「生き仏」から教わる事ができる。師の本を読む事もできるしNHKのアーカイブで師の「千日回峰行」のドキュメンタリーも観れる。そして師がNHKのインタビューや著書で語っているのが「一日一生」の言葉だ。これは一日を一生として生き、人生はその積み重ねであるという意味らしい。ならばこの言葉が含む「素朴な喜び」はサンクスギビングの語源となる過酷な時代を生きた初期の米国人が共有した「心の豊かさ」と同じではないか。

最後に毎年招待されたサンクスギビングの食事だが、今年その予定はない。なぜなら知人は帰国準備で忙しいからだ。知人は実家とは別の寺を継ぐという。非常に見事に日米と言う世間を渡り、またタイミング良く諸事の判断をした知人が出した答えはお寺への回帰だった。確かにこのご時世寺は安泰かもしれない。ここでも流石の判断。残念ながら自分には彼の様な才覚は無い。だが酒井師の経歴を知って驚いた。師は私と同じ証券マンだった。戦後様々な職を経験する過程で一時株屋として成功した。だが1953年のスターリン暴落で借金取りに追われる身となり新妻が自殺。その49日の法要の際に気分転換に出かけた比叡山で「千日回峰行」に挑む修行僧に出会い師の人生は変わる。師、40歳での遅い再出発だった。そこで師の言葉を紹介したい。

「私は頭が悪く、この道で頑張るしかなった・・。」 仏教や儒教からの「自虐の美」が随所に残る日本。その日本と「消費が美学」の米国の間でジプシーになった今の自分には勇気づけられる言葉である・・。





2009年11月21日土曜日

名作の新顔 (独り負けの感性)

キネマ旬報の創刊90周年を記念する映画ベスト10が発表されたらしく、朝日新聞によれば以下の通り。

<日本映画> 1位「東京物語」

以下 (2)七人の侍(3)浮雲(4)幕末太陽伝(5)仁義なき戦い(6)二十四の瞳(7)羅生門(7)丹下左膳余話 百万両の壺(7)太陽を盗んだ男(10)家族ゲーム(10)野良犬(10)台風クラブ

<外国映画> 1位「ゴッドファーザー」

以下 (2)タクシー・ドライバー(2)ウエスト・サイド物語(4)第三の男(5)勝手にしやがれ(5)ワイルドバンチ(7)2001年宇宙の旅(8)ローマの休日(8)ブレードランナー(10)駅馬車(10)天井桟敷の人々(10)道(10)めまい(10)アラビアのロレンス(10)暗殺の森(10)地獄の黙示録(10)エル・スール(10)グラン・トリノ

キネマ旬報によると、選んだのは100人を超える文化人と評論家となっているが、ここに挙げられた30の映画は殆どが25年以上前の古い作品ばかりだ。だがそんな中にぽつんと昨年公開の「グラン・トリノ」が入った。映画好きならこの異質性に気付くかもしれないが、実はこの映画は「今日の視点」で取り上げた。理由は自動車産業が衰退して荒廃したデトロイトの街並みを、制作/監督/主演のクリントイーストウッドが見事に捉えていたからである。だがそんな理由で日本の識者達が選ぶはずは無い、彼らが選んだ背景は別にあるはずだ。まあ評価はそれぞれなのでこのブログの読者にまで押し付けはしない。ただクリントイーストウッドが先日男性誌GQの今年のMAN OF YEARなった際に語った発言は興味深かった。そこでそれを紹介する。

彼は対談で、今の米国社会には戦争を戦った強いアメリカ人はいなくなり、今は「不良上がり」が不平不満を言っているだけの子供じみた社会になったと嘆いていた。まあ戦争が終わりこれだけ時間たつと米国に限らず世界中どこに行っても彼が納得できる社会はないだろう。映画「グラントリノ」のはまさにそんな憤りを引きずっている孤独な老人と、米国に移民したものの社会の底辺(だからデトロイトが舞台)でもがくMONGの青年が反目しながらも次第に惹かれあい、最後は青年が正しい道に進めるように老人が命を賭ける話である。

そして注目はこの映画は一部イーストウッドファンの間では支持されたものの普通の米国人からは特別な評価は得られなかった事。それはそうだろう。これだけ特殊技術を駆使した娯楽大作が溢れていれば、米国人の興味はそちら。私自身も最近映画館まで足を運んで観たのはトランスフォーマーのみである。また同作品が文芸作としてアカデミー賞に絡まなかったのは、格差社会の勝ち組でもあるアカデミーの会員にはこの映画の本質はやや彼等の意図を外れていた。

いずれにしてもこの映画を歴代の名作群と並び評したのはいかにも日本人らしい。だが言い換えるとその感性が日本株の一人負けの要因の一つでもあろう。でも最後に言いたい。怯むな日本人よ。株価が全てではない時代は意外に近いはずだ・・。




ロンポール法案、下院通過

先程CNBCにニューハンプシャーの共和党上院のジェドグレッグ議員が出ていた。言うまでもなくCNBCはマネーを中心とした番組であり、そこに登場する国会議員の多くは金融や予算の小委員会のメンバーが多い。そして予算に精通している彼はCNBCの常連の一人である。だが彼は同じ共和党でも原理原則を守る以上は時には市場の敵と見なされる事も厭わないアラバマのシェルビー議員とは違い、常に市場の味方を心がけている様子。だが彼が風見鶏であるのはオバマ政権の発足時に証明された。オバマ政権は共和党の彼に商務長官のポストで誘いを掛けた。そして彼は一旦は受諾。だが年明け早々から再び株が下がり出すと突然辞退したのである。

元々個人的には饒舌な彼を信用していなかったが、先程の発言でその思いが強くなった。彼が何を言ったかと言うと、市場の予想に反して昨日300人の賛成で下院を通過したFEDの監査を目的にした「ロンポール法案」に対し、「賛成した300人の下院議員は保身の為に米国の国益を考えないポピュリスト集団である・・」と発言したのだ。

確かに賛成した下院議員はポピュリスト集団かもしれない。ただそれは2年ごとに改選される米国の下院の宿命である。私が彼を信用しない理由は彼が「FEDを監査すると中央銀行の独立という米国の国益の根幹を揺るがす」と述べた事。これで彼の正体がばれた。なぜなら彼程のベテランなら、今のFEDが実質NYFEDに乗っ取られている現状と、そのNYFEDにはウォール街の金融機関という株主がいて、ガイトナーや現在のダットレー等の長官の人選はNYFEDの役員に名を連ねるその金融機関の意向で決まる事を知らないはずがないからだ。それにもかかわらず「FEDの独立」のお題目を持ちだし現状を維持しようとする彼の発言は、彼自身がウォール街の意向を強く受けている事が示唆される。

ただ以前からこの法案が下院が通過しても上院を通る可能性はなく、真意はともかくオバマもサインしないと言ってきた。だがこれで益々「反金融機関」が次の選挙のテーマである事が明らかになった。そしてこの法案は潰れても、長期的にはFRBは英仏中銀と同じ運命にあると見る。彼らも初期は有力な銀行が中心となって成立した為に元来純粋な公的機関ではなかった。だが第二次世界大戦後に共に国家機関として定款変更がなされた。よってFRBもいずれ純粋な国家機関にならざるを得ないだろう。

ところでFEDが本当に独立しているかどうかは既に一般のマスコミが取り上げている話。そしてロンポール自身は「監査は必要だが、金融政策はFEDがその裁量で決めるべきモノ」と最初から言っている。従って「FEDの独立」を材料に法案に反対を唱える政治家やマスコミは全くの無知か金融機関の手先のどちらかである。


2009年11月20日金曜日

ガイトナー糾弾

「様々な要因はあるにせよ、君はNYFED長官、そして今は財務長官として危機を防ぐ事も出来なければその後始末も銀行を助けただけだ。君の仕事は国家全体の利益には全くなっていない。今すぐ辞任する用意はあるか・・」とガイトナーに詰め寄るテキサスの共和党下院議員。またその後を受けた同僚の共和党議員は「辞任する必要はないが、そもそも君が財務長官に選ばれた事が間違っている。その責任は現政権にがある・・」と言い放った。ここまで言われてはガイトナー財務長官も黙ってはいられない。顔を真っ赤にして反論していた・・。

これは本日午前中の議会での一幕である。これまで似たような議会中継は飽きるほど見てきたが、今日のTARP(政府緊急救済資金)の使途に関しての中継はこれまでで一番面白かった。そしてその理由は明らか。今日の審議は上下両院ジョイント経済委員会だったからである。

これまでこの様な議会証言は殆どがバーニーフランクを議長とする下院の金融小委員会が質問のメンバーだった。そこにはロンポールなどの共和党を代表する論客もいるが、彼が核心的な質問をぶつけても途中でバーニーが議長権限で持ち時間を理由に質問を終わらせていた。そしてポールカンジョーウスキーやメリビンワットなどの大手の金融機関を選挙区に抱える民主党の有力議員が代わってガイトナーやバーナンケを弁護し、この種の委員会は常に骨抜きになっていた。だが民主党が負けた州知事選挙から雰囲気は一転。金融機関やガイトナーを援護すると落選するかもしれないリスクを感じ始めた議員の変貌した。共和党は息を吹き返し、民主党は政権と距離置き始めた。その代表はNY州上院のシューマー議員。彼は中国を持ちだし、中国の通貨政策に何も意見できない現政権への怒りをガイトナーにぶつけていた。

さすがに二人の共和党議員とガイトナーのやりとりはその後もあちこちのメディアで話題だが、日本からでは2年ごとに必ず1/3の上院と下院全員が総選挙にさらされるこの国の民主主義のダイナミズムが政策に与える影響を理解する事は難しい。またその予想はこんな時期からはブルーンバーグには載らない。だがこの「政災」がオバマ政権の協調主義に裏付けされた今の株価の流動性ゲームをぶち壊すタイミングは必ず来る。その時は株だけでなく初動では必ず長期債も売られるだろう。そしてそのタイミングは年明け前後だろうか。

さてそんな中でCNBCでは日本株が一人負けしている事やたら材料にしていた。株が下がると日本の金融機関が苦しくなるのを承知で、アジア買いVS日本売りを囃したてる輩が多い。だがここは国家としては慌てず、何をすべきが見極めるべきだろう。そもそも「アリ」の日本がむやみに「キリギリス」が得意な「張ったりのゲーム」に参加しても勝てない。ここは日本の強みを認識し、正しい事をすれば結果として後から株価は必ず付いてくるという信念を貫くべき。



2009年11月18日水曜日

困難への挑戦 (リーマン予想)

住宅ローンの支払いに苦しむ一庶民としては、昨日NBCが紹介した売れっ子俳優のフォークロジャー(競売)には憤慨する。その俳優とはニコラスケイジ。言うまでもなく彼は一作の出演料が10億円を優に超える売れっ子俳優の一人。本来彼とフォークロージャーは全く結びつかない。事実彼のスケジュールには2010年迄の出演作が5本あるという。だが彼は友人に管理を任せて投資をした住宅ローンの支払いを拒否。結局その豪邸は5億円の負債を残しフォークロージャーになった。普通ならば彼にも債務は残るはず。だが彼は有力な弁護士を通して失敗の責任は全て友人にあるとの責任逃れの主張しているという。

この様に危機後の救済天国を経て多くが安易な道を求め始めたのは事実。言い換えると皆がゾンビになってしまった後はまともな人間がゾンビだ。そしてその風潮の根幹であるFEDのバーナンケの発言からは、FEDが世界金融の中枢として厳粛な「バイブル」だった時代への回帰は遠のいたと言わざるを得ない。「バイブル」への回帰どころか昨日の彼の発言内容は市場を盛り上げるを事を常に前提する証券会社の関係者の様な有様。ただ考えてみればFED自身が巨大プレーヤーとして市場に直接参加し、そしてその決算に対しても責任が問われる時代になった事を考えれば当然かもしれない。ただそれでは行司やレフリーまでもが同じ金網の中でバトルロイヤルを繰り広げている構造。ただ其処には傷つき血だらけになったケンシュロウーはいない。いるのはミッキーマウスとその仲間たちである。

さてこの様に原理原則が無くなり、快楽へ回帰を成長の善として皆が受けいれる時代になった今、昨晩のNHK特集はそんな時代に一石を投じる意味で秀逸だった。そしてその内容は「リーマン予想」。ただこれはあのリーマンブラザースが自分の崩壊を予想した話ではない。150年前にドイツに登場した天才数学者のリーマン氏が残した数学史上最大で最難関と言われる定説(リーマン予想)の証明にボロボロになるまで挑戦し、そして破れ去って行った数学者達の執念のドキュメンタリーであった。

観逃した人のために簡単に紹介すると、リーマン予想とは「素数からゼータ関数を使って算出したゼロ値は素数自体に法則性が見当たらないにもかかわらず一定の法則で同じ直線状に現れるのではないか」という数学者リーマンの予想。この予想に対してノーベル賞やフィールズ賞を取った歴代の学者がその真理を解き明かすために心骨を注いできたという。だがその魔性の魅力に有名なナッシュ博士は病み、(ノーベル賞学者。彼がリーマン予想に挑戦し精神を病んだ話はラッセルクロウ主演で映画になった。BEAUTIFUL MIND)また最後に登場したフランスの著名な現役数学者のドブランジェ氏は過去3回リーマン予想の証明に失敗。結果それまでに築きあげた名声を汚した。だが80歳近くなった今も全てを捧げて研究に没頭している姿をNHKは追っていた。

そして番組は現在「物理学」と「数学」がこの素数の分析で結びつき、「リーマン予想」を解く事が宇宙物理の解明、即ち万物の原理の解明に最も近づくとの見解で一致している事を紹介して終わる。番組からは「数学」からは程遠い世界に住む自分も「1とソレ自身でしか割り切れない」「素数」の継続の魅力は感じる事が出来る。それは多々あるチャート分析法の中で私自身唯一用いるのがフィボナチである事と無関係ではない。ただボロボロになるまで挑戦する学者達をみて、なぜ彼等はヘッジファンドのルネッサンス(ジム サイモン)のところで研究を続けないのかと下世話な感覚に陥った。ヘッジファンドなら最新のアルゴリズムを生み出す高給アルバイトをしながらいくらでも研究に没頭できるはず。もしかしたら、リーマン予想に嵌った学者達には現在の金融の行きつく先が既に見えているのかもしれない・・。


2009年11月13日金曜日

PUBLIC ENEMY No1 (社会の敵ナンバー1)

日本のニュースは英国人女性の殺害に関わったとされる市橋容疑者の逮捕で持ちきりだ。そんな中で注目したのは1000万という報奨金。当初報奨金は被害者の親族が提供したと考えていた。ところが今回のケースでは警察当局、即ち国家がスポンサーだった。他にも凶悪殺人事件の未解決が多々ある中で1000万という最高額の報奨金の意味は大きい。そしてその政治的決断の背景もこれからは議論されるだろう。

ところで、報奨金を大きくして国民に情報提供を求めた米国内の犯罪史でも突出した存在は1930年代のジョンデリンジャーである。(現在国際手配の最高ビンラデイン等10億円)当時出来たばかりFBIは彼に何度もコケにされ、長官のフーバーは彼を初の「PUBLIC ENEMY NO1」に指名した。そして報奨金も当時としては破格の2万ドルまで上げて国民に協力を求めた。と、ここまでは今回市橋容疑者を追い込んだ状況に似ている。だが結果は違った。デリンジャーはそれでも捕まらなかった。なぜなら2万ドルでも国民は彼を売らなかったからだ。彼を売ったのは恋人。恋人は不法移民の摘発を見逃してもらう代わりに情報を警察に流した。彼女は目印になる赤いドレスを着てデリンジャーとシカゴの映画館に出かけ、出てきたところでデリンジャーは警官に包囲された。そして射殺された。これが一般的なデリンジャーの伝記。だが彼には別の話がある。遺体を引き取りに来た知人が死体を見た瞬間に本人ではないと証言。(確かに公開された遺体写真と生前のデリンジャーは別人の様相)。だが警察は一切聞き入れず、早々に事件を解決として処理した。

本当の事は判らない。だが一つだけはっきりしているのは、当時の国家当局の思惑とは違いデリンジャーは国民に人気があったという事。そうでなければ義経伝説の様な逸話も起きないだろうし彼を主役にした映画が後に何本も創られる事は無い。(去年は今米国の男優でNO1 のジョニーデップが演じた)ではなぜ彼は人気があったのか。まず国家当局が「社会の敵NO1」としてデリンジャーを指定したのは政治的判断、そしてそれは市橋容疑者への報奨金を決めた日本の政治判断と同質だろう。だが当時の一般国民にとって「社会の敵」は別にいた。デリンジャーは鼠小僧の様な義賊とも違う。ただ結果的に警官を一人殺してしまったが殺人は専門ではない。そして1930年代当時は大恐慌から戦争に向かう過程であり、金融機関は淘汰の後で保身に走った。結果今日同様のフォークロージャー等で苦境に取り残された一般国民の銀行への感情は悪化の一途だった。そう。実は当時の国民にとって「PUBLIC ENEMY NO1」 は実は「銀行」だった。そしてデリンジャーは基本的に一般人を殺さずその銀行を痛めつけた。だから彼には不思議な人気があったと考えられる。

そういえば同時期にボニー/クライドの男女のギャングが同じ銀行強盗をしている。この二人は一般人を大勢殺しているのでデリンジャーと同じ扱いは出来ないが、彼等を主役にした映画も何本もありここでも銀行は敵役だ。またその前には「明日に向かって撃て」のブッチ/サンダスがいる。彼らも銀行強盗が専門で最後はボリビアで射殺される。だがロバートレッドフォードが演じたサンダスには地元ワイオミングに義経伝説と同様の話がある。こうみると、やはり米国人は伝統的に銀行が嫌いである。

そんな中で経済が疲弊した後の国民感情が当局の思惑から外れるのは米国だけの話とは限らない。市橋容疑者が捕まった背景に報奨金とマスコミの力があった事は容易に想像できる。だが多々ある他の未解決事件の被害者達の思いはどうか。この事件に優先権を取られたという感情はないだろうか。結局国家を問わず、余裕のない国民は国家が何をしても満足しないだろう。そして民主主義はそこまで落ちぶれると危険だ。当局はその制御に追われが最終的には次のパターンが濃厚となる。①国家として更に大きな敵を必要とする ②その過程ではヒトラーの様な絶対的存在に傾くか、③そうでなければ共産への移行が待っている。そして③の選択下をとる場合、銀行のPUBLIC ENEMY No1の役割はやっと終わる・・。



2009年11月10日火曜日

ゴルバチョフの回想

トマスフライドマン氏が「フラット化した世界」で東西の壁が崩れた11/09を09/11以上の転換点だったと指摘してから5年。どうやら世界は冷戦時代への郷愁を感じ始めている。その中で冷戦終結の立役者のゴルバチョフは今何を思うだろうか。当時私自身が彼に魅了された一人だった。だが今から思えばゴルバチョフは日露戦争で両国の陸軍が激突した奉天の戦いにおけるクロパトキンだったのかもしれない。ならばその時陸軍参謀として奉天での奇跡の勝利を齎した児玉源太郎はレーガン大統領か。今日はもう一度その話をしたい。

まずゴルバチョフが冷戦継続を諦めたのはレーガンが米国の債務国転落を顧みずに掲げたSDI構想だった事は有名だ。そしてその裏話をレーガン政権からクリトン政権までアドバイザーを務めたグレゴリーガーゲン氏が感慨深く語った話はここで何度か紹介した。繰り返すが、SDI構想はレーガン大統領本人のアイデアとされ、あまりの飛躍に当初政権内の専門家は誰も相手にしなかった。(レーガン大統領が俳優出身という事もあり、当時公開中の007映画に感化されたという陰口があった)ところがソレを真に受けてしまったのがゴルバチョフだった。ゴルバチョフは疲弊した共産主義体制を立て直すため、米国との軍事拡大競争を一時的に中段する方向を模索。しかし彼の思惑は大きく外れ、時代のうねりは一気にソ連崩壊まで及んでしまった。即ち、本来妥協は体制維持の為の一時的手段だったはずが、時代の流れはゴルバチョフが考えたよりも大きかった。そして「敵の過大評価」が自軍の崩壊つながったという点が、奉天での児玉の乃木の使い方にも通ずる。

その乃木軍は二百三高地で苦戦を続け、最後は児玉の援軍で旅順を落とした。当然単純な突撃を繰り返した乃木を批判する意見は本部で強く、更迭論は根強かった。ところがその乃木を児玉は天王山の奉天で逆手に使った。司馬遼太郎は小説で最後まで乃木の無能を批判している。だがその無能はロシアにとっては脅威だった。ロシア陸軍内では旅順で敗軍の将として乃木と会見したステッセリの乃木評が一人歩きしており、二人の息子やあれ程の兵を無駄死にさせる作戦を遂行できる乃木は勇猛で恐ろしいとの評があった。その事を知った児玉は奉天に到着した満身創痍の乃木の第三軍をそのまま激戦が続いた左翼に押し出した。すると、陣形がやや不利になっていた事もあり、乃木を恐れた司令官のクロパトキンは撤退を決意した。この瞬間奉天の奇跡の勝利が完成、その後クロパトキンは更迭れた。そして2カ月後の日本海海戦の勝利で歴史上は日露戦争は日本の勝ちとなった。だが当時先に戦争遂行能力が限界に達したのは日本だった事は明らかである。

無論単純ではないが、この様にクロパトキンが乃木を、そしてゴルバチョフはレーガンを過大評価した事がロシア帝国とソ連共産党の崩壊に繋がったと個人的には見ている。しかしここで元来ロシア軍は強いという事を認識すべきだ。それは歴史上一時的には粗ヨーロッパ全域を支配したナポレオンとヒトラーが共にロシア(ソ連)との消耗戦に敗れ、衰退した事が証明している。要するに、元来国民の精神力が試される消耗戦でロシアと旧ソ連邦は無敵だった。例外はアフガニスタン。そしてそのアフガニスタンとは今アメリカが戦っている。

ズバリ言うとこれはロシアと米国のどちらが強いか、その判断をする好機である。だが米国に負けた日本はどんな時も米国が一番との思い込みがある。そしてその思い込みはクロパトキンやゴルバチョフが犯した過ちと同じになる危険性がある。本来沖縄の基地問題もこの視点が介在していいと感じるが、通常兵器で戦う場合、今の国民の忍耐力からは米国がロシアに勝てる気は全くしない。またそもそも第二次世界大戦と言えば日本では原爆と太平洋戦争、そして米国ではパールハーバーとノルマンデイが思い浮かぶはず。だがこれはハリウッドの影響だ。冷静に数字をみれば、第二次世界大戦の本質は双方で1500万~2000万人が死んだ独ソ戦争が主役。同戦争での日本人の死者は300万で米国人は30万、これだけで十分悲惨だった日米には独ソ戦争がどれ程ものだったかは想像できない。その戦争を経験した旧ソ連邦はゴルバチョフ以後一時に米国的な消費の豊かに感化された。だが今はその多くが失望し、過去への郷愁を感じ始めている・・。




2009年11月6日金曜日

お金の街の気骨者

本日市場は雇用統計を明日に控え閑散。その中ではオフィスのテレビが通常のCNBCからスポーツチャンネルに代わっていても違和感がなかった。そしてそのESPNからは「マツイ」への賛辞ばかりが聞こえてきた。ただそれでも専門家の分析ではヤンキースは松井を放出するとの事。そんな中で3日前のNYTIMESのスポーツ面でジーターが松井への思いを語っていた。

ジーターは松井が数字以外の面で見せた人間としての姿を評価。お金だけではない「武士の世界」を持つ松井に対する尊敬の念を隠さなかった。彼は今春に一流選手がWBC(ワールドベースボールクラッシック)への参加を躊躇する中、スーパースターながら同じ30台のオズワルドやCジョーンズと共に参加、その気骨を示した。さすがはジーター。彼はニューヨークと言う「お金が主役」の街で、松井の価値が判る貴重な存在と言える。

ところで、昨日の松井の活躍を一言でいうなら、これで松井は米国における価値でイチローに一気に追いついたと言う事。無論記録的にはイチローに及ばない。だが昨日の活躍は神がかり的。たった一日だが、最高の舞台で米国人に残したインパクトはイチローに追いついたと見る。

日本人としてはイチロー松井の二人の活躍は好ましい限り。ただ二人の努力の方向性の違いが今の時代の中で浮き彫りになって面白い。簡単に言うと、政府の役割が拡大する今の潮流では個人や中小企業よりは大企業。また地方よりはNYなどの大都市。そしてマリナーズよりはヤンキースといったピラミッドの頂点にまずは活力が戻る。

話をイチローと松井に戻すならば「反中央」という反骨精神で孤高の努力を続けるイチローもカッコいいが、ヤンキースという特別な組織の中でここまでプレッシャーに耐えた松井の努力が報われたのは、ソレがヤンキースだからという事実が今のトレンドを現わしているのではないか・・。


2009年11月5日木曜日

N.Y.の「赤旗」

思ったより僅差ながらブルーンバーグ市長が再選、一方でコーザインが敗北した選挙の当日、NY TIMESには面白い記事があった。記事はゴア氏と彼の環境関連ビジネスについて紹介した内容だった。そして興味を引かれたのはその切り口。ズバリ、これまで選挙ではゴア氏本人を応援し、またリベラルとしての総本山であった同紙は、リベラルから更に一歩左に寄った印象である。言い換えると、共産党の機関紙の「赤旗」まではいかないものの、通常のビジネスであっも利権の匂いするものに対しての嫌悪感を出した切り口になっていた。

そのゴア氏のビジネスを簡単に紹介すると、まず公人だった彼が副大統領を止めた時の総資産は2億円弱。それが今は史上初の「CARBON BILLIONAIRE」の誕生と揶揄されるまでに膨張している。知らなかったがゴア氏は選挙に敗れてからアップルやGOOGLEのアドバイザーを務めながら同社株で大儲けしたとされ、その資金に映画や本からの収益を加わえ(尚講演会は一回1000万円との事)、近年はプライベートエクイティーとして数々の環境関連の会社に出資する一方でGS出身のデイビットブラッド氏と組んで英国に資産運用会社まで起こしていた。そして今回記事で批判的に扱われたのは彼が出資した環境関連会社がオバマ政権から500億円のビジネスの発注を受けた事である。

この様にゴア氏は各国が環境に取り組むと何らかの形でその恩恵を預かる体制を既に確立したと言わる程先を走っている。そしてそれは彼がこの課題に30年前から取り組んだ結果であり、その成功はバフェットのモデルと同じと考える事も出来る。ただNY TIMESがゴア氏を批判する共和党下院議員コメントをそのまま引用するのは、過去の立場を活かしたゴア氏の今のビジネスモデルを「逆境におかれた今の読者」がどう受けとめるかというトレンドを読んでの判断だろう。そう、NYTIMESの論調に変化があるならそれは読者側の変化に合わせていると考るべき。そしてそれは今回の選挙結果にも反映されていた。ただ選挙結果は彼らが共和党の原理原則主義に賛同した事を意味するわけではない。彼はら現状への不満をぶちまけたのだ。

他州のことながら個人的にはコーザインの主張は正しいと感じる。だが当事者は受け入れらなかった。ズバリ、これは「中間層がこの国からいなくなった証拠」である。米国はブッシュ時代に意図的に格差を造った。そして調子に乗り過ぎた金融が崩壊し世界が窮地落ちると今度は罪の擦り合いが始まった。民主党と現政権はブッシュ時代の行き過ぎた規制緩和に原因があると主張、一方の共和党はグラスステイーガル法を廃案にしたのは誰かとやり返す始末。(同法が廃案になったのはクリントン政権下)
そして政治が低レベルを演じる一方庶民は不満をぶちまけるだけなら、最後の解決策は政党政治ではない。それは国民を黙らせる国家としての脅威。つまり戦争である。

ところでこの様な滑稽な政治模様の本質には全く無関心に、中央銀行によって新規で生み出された膨大な流動性を運用する市場参加者は、「お友達」になり下がったFEBを材料にニューマネーーゲームを行う宿命にある。ただ中間層を失った民主主義がいかに乱暴な結果を生むか。それは最後は金融市場に必ず跳ねかえるであろう・・。




2009年11月3日火曜日

庶民の変質

ところで明日はNY市長選とバージニアとニュージャージーの州知事選挙などが一斉に行われる。そして趨勢が決しているNY市長選とバージニアの州知事選はともかく、注目はニュージャージーである。同州の現職はゴールマンから政治の世界に打って出たコーザイン氏。彼はGSを辞めてからまず上院選に勝利し後に州知事に鞍替えした。その後10年以上政治家としてのコーザイン氏をシカゴから眺めてきた。彼は民主党が低迷したイラク戦争前後も積極的にMEET THE PRESS(政治討論番組) などに出ては民主党を支え、そして大統領選挙では当初ヒラリーについた。だが比較的早い時期にオバマに乗り換えた。今はオバマ個人にとっては重要なサポーターである事は間違いない。その彼が苦戦を強いられている事は知らなかった。だが接戦を受け、オバマ自身3回も応援演説に駆け付けている。それはそうだろう、一方のバージニアの州知事選では共和党が優勢の中で、万が一にもニュージャージーでコーザイン氏まで敗北するような事態はオバマ陣営も絶対に避けなければならないのである・・。

しかしコーザイン氏はなぜそこまでの苦戦を強いられているのだろう。彼には民主党の有力な州知事だった前イリノイ州知事のブラゴヤビッチの様な悪評はなかったはず。にもかかわらず、民主党の地盤である同州で起きている変化は何だ。そこで思い出すのは雑誌のローリングストーン誌が春に行った反ゴールドマンキャンペーンだ。ホーボーケン辺りにはこの雑誌の影響を受けそうな若者が大勢いるのは確かだが、ウォール街出身でそれもゴールドマン出身である過去が今回は彼のイメージを下げているのだろうか。仮にそうなら気の毒だ。なぜなら彼が会長の頃までのゴールドマンには同紙が吸血蜘蛛に揶揄したイメージはなかった。だが人間の感情の変質は恐ろしい。そもそも2004年にあれほどの大敗北を喫した民主党が僅か2年で大躍進した事もさることながら、昨日は全く別の次元でも「庶民の変質」を実感した。それは昨日、ランボーフィールドに戻ったBファーブに対するがパッカーズファンのブーイングである。(ランボーフィールドはNFLの名門、グリーンベイパッカーズの本拠地)

そもそも熱狂的な全米のフットボールファンの中でもこれまでグリーンベイファンのパッカーズに対するロイヤリティー(忠誠心)は別格と言われてきた。そして日本のプロ野球ファンにとっての長嶋、或いはシカゴ人にとってのマイケルジョーダンに匹敵したのがグリーンベイのファンにとってのブレッドファーブだった。 ところが昨日同地区のライバル、ミネソタバイキングスのQBとして彼が再びランボーフィールドに立つと、迎えたグリーンベイの人々はファーブに対して拍手どころかブーイングだけを浴びせた。そこには試合に負けた感情だけではない一般市民の変質の恐ろしさ見た気がした・・。





2009年10月30日金曜日

ケインジアンが操るフリードマン主義

最近保守派の論客の間で使われる言葉に「ケインジアン'sフリードマン」と言うモノがある。まずオバマ政権の発足と同時にケインジアンの復活が話題となった。そしてその通り財政が出動する一方、FEDの異常なマネタリー政策は拡大したままだった。それが金融危機対応という特例だったとしても、本来は瞬間的な流動性の過剰はソレが破裂し痛みを伴う事でリスクへの警戒が働く。そもそもソレがフリードマンの唱えた市場主義の原理だった。だがケインジアンの現政権がフリードマン主義が中途半端に残る市場に直接介入する事でそれぞれの規律が欠落しているのが今の状態。それを彼等は「ケインジアン'sフリードマン」と表現している。

この保守派の分析は正しい。ただ米国がなぜこんな出鱈目をしているかは言うまでもない。それはこの国が貯金を持たないキリギリス国家だからだ。ここでは「リフレ」を起こして資産価格を上げるしか手段が無い。だが資本主義のどちらのモデルの規律も存在しない今の状態が続くはずがなく、彼等はこのままでは大恐慌の再来は避けられないとしている。

個人的にはケインジアンでもフリードマンでもどちらでもよい。問題はそのモデルを使う人間の質である。その意味では米国の資本主義は共産主義という「敵」が存在した時までが米国人の質も高く一番機能したのではないか。だがその敵がいなくなると使う側の人間のモラルが低下した。簡単に言うと米国人が劣化したのだ。ところが共和党も民主党も米国人は自分たちが劣化したとは言わない。原因を他に探し、本質から目をそらしている。この米国の思考が実は厄介なのだ。

いずれにしても、事が起これば米国が主導した資本主義は一旦終焉すると昔から主張して来たのはご存じの通り。ただ米国も今はその修正を試みている。それが健康保険から金融規制まで、今こちらで話題となっている案件の本質である。だがケインジアンへの完全移行には保守派が反対を唱え、一方で格差の要因となったフリードマン主義は国民感情が許さない。結局は両方が混じり合った今の状態がまだまだ続くシナリオもあり得る。実はそれがオバマ政権と議会を支配し、「ケインジアン’Sフリードマン」の恩恵を最も受ける人々の狙いでもある。

この現状をみる限り、最後米国は大恐慌の再来でしか解決策がないという意見に同意せざるを得ない。だがその時はGREAT DEPRESSION(大恐慌)の再来ではない。恐らくは後世が「GREATER DEPRESSION」(大大恐慌) 或いは「THE GREATEST DEPRESSION」(究極の恐慌)と表現するモノになるだろう・・。











2009年10月29日木曜日

マクドナルドが去る国

一般の消費心理が冷えこむ中ですその野産業のマクドナルドを取り巻く環境にも変化が出ている。そもそも24時間営業も珍しくないマクドナルドで一番儲かる時間帯は朝。朝限定のメニューには低コストのモノが多くその利ザヤは利益全体の25%を占めてきた。ところが、最近はこれまで朝の出勤途中に立ち寄った労働者の足がパタリと止まったという(ロイター)。

労働者は朝マックに立ち寄るのを我慢し、ライバル各社が主戦場としてボリューム競争をしている昼以降に食いだめをしていると個人的には察するが、そんなマクドナルドにもう一つの変化が起こった。それは同社の歴史でも初となる一旦進出した外国からの撤退である。そしてその国はアイスランド。

同社はアイスランドに93年に進出。人口が少ない同国での店舗は首都のレイキャビック市内の3店舗に留めていたが、金融危機後後の同国経済のあまりの不振に今週末で完全撤退を決断した。

これまでマクドナルドと言えば世界経済が発展する中で自然と進出するだけの完全プラス思考の会社と考えてきた。だがそのマクドナルドでさえも撤退する事もある事を知った。ただアイスランド経済がそこまで深刻なのは個人的には朗報である。なぜなら没落するアメリカを脱出した後逃げ込む国として、寒さが気にならない自分としてはアイスランドは魅力的だ。温泉に入りながらオーロラを眺める究極の極楽がそこにはある・・。


2009年10月28日水曜日

仕事人の仕事

本日、全米銀行協会の会合があったシカゴでは反銀行のプラカードを持った2000人程度がデモ行進を行っていた。まだ大きな動きとは言えない。だが今週になって慌ただしくバーニーフランク議員が矢継ぎ早に銀行規制に傾いたところ見ると、中間選挙に向けての動きが既に始まったと見ていいだろう。実のところ昨年の金融危機ではどのようにウォール街の大手金融機関が助けられたかの詳細はまだ末端の市民はよくわかっていない。株が下がる中で民衆もパニックだった。そして金融機関の給料に対する民衆の不満が高まる中、具体的に政府と議会がドサクサの中でどのように金融機関を助けたかが映画や本などを通してこれから伝わって行く事になる。そんな中でさすがにバーニーだ。議員や政府が銀行だけを助けたとする民衆の怒りが自分に降りかかる危険を感じる本能は野生のタヌキ以上である・・。

ところで、時代劇好きの自分と違いこれまで時代劇をに興味を示さなかった妻が先週からこちらの日本語チャンネルで始まった時代劇を見始めた。何の番組を見ているかと思ったら「必殺仕事人2009」だった。彼女曰く「悪人が最後に殺されるとすっきりするという。」彼女はこれまで私の「今日の視点」に全く興味を示さなかった人。それどころかこちらが死にそうな時でもGAKTOの追っかけをしていた。しかし、学校やサッカーでの友人である周りの同世代の米国人には確実に変化が起きている。そして彼女にまで変化が起きた。終に我が家もそこまで追い込まれたか・・。

それはそれとして今日の別の話題はあのマードフと組んで悪事を働いていたと噂されるPICOWER氏がフロリダの豪邸の自宅のプールの底に沈んでいた事。彼は地元では慈善事業に精を出し昨年はマードフに預けた1000億円を失ってしまったと表明した。そして地元の人々からは大きな憐れみを受けていた。ところが調べが進む内に明らかになったのは、彼は娘の名前でもマードフに資金を預けていた事。そしてそちらのファンドではファンドが消滅する前に5000億の運用利益をマードフから受け取っていたのである。

テレビ朝日の脚本なら、この様な人物は最後に藤田まこと演じる中村主水にぶすっと刺される。地元警察は心臓マヒとして事故で片付けたようだが米国にも「仕事人」がいても不思議は無い・・。






2009年10月23日金曜日

大統領令の乱発

本日遂にオバマ政権は「大統領令」(EXECUTIVE ORDER)として、政府からの救済資金が入っている金融機関に対し、役員のサラリーカットを要求した。ただしこの大統領令の強制力は曖昧だ。他の法律との関連を含め、時間が立たないと結果は見えない。そんな中で判明したのはオバマは過去の大統領とは比較にならないペースでこの大統領令を発令をしている事。WIKIで調べると、ニクソンから親父ブッシュまでの大統領が任期中に発令した大統領令の数は概ね5以下。それがクリントンで10に増え、イラク戦争に突入したブッシュになって60と急増した。ところがオバマは政権は既に17の大統領令を発令していた。

恐らくこの事が語るのは米国社会の変化だろう。そもそも法律は完全ではない。そんな中で皆が何かを我慢した戦時中ならともかく、冷戦後の米国社会ではグレーをいかに突くかという感覚で多くの民事裁判が争わた事は言うまでもない。またその時代に生まれたおびただしい弁護士の数。近年は誰の為の裁判なのかが判らない時代になっていた。そして社会がここまで変化した後、民主主義のもとで大統領も法律に従う以上は簡単には社会は動かない。その結果、近年この様な大統領令が乱発されていると考えるのが自然ではないか。だがどんな命令も乱発すると権威が薄れる。このペースだと大統領の権威そのものに疑問符が付く可能性を感じる。

そしてそんな社会を反映しているのが今の政権構成である。丁度沖縄問題で来日中のゲーツ国防長官は例外として良いサンプルである。ブッシュ政権からの唯一閣僚として再指名された彼は良くも悪くも前政権の特徴を引きつぎ表情や言葉に裏を感じさせない人だ。その結果「日本が約束を守らないなら沖縄を返さない・・」と、国際法上は意味不明、ただ心情的には米国の本音である事を素直に表現していた。

米国に「沖縄を返さない」などと言われて騒ぎにならない今の日本に対して言葉もない。まあそれはさておき日米会議で長官の隣に座ったルース新大使は真にオバマ政権が送った大使らしい特徴を備えている。彼は着任早々に広島の原爆跡地を訪問した。そしてそれに同行したNHKの番組の中で原爆の悲惨さを語るシーンで涙を流していた。だがシリコンバレーという激戦区で弁護士として辣腕を振るった人としては個人的には違和感を感じる。

ところで、過去の大統領令で今の米国が最も卑下している命令はフランクリンルーズベルトが日系と独系の米国人を強制収容所に移動させた命令との記述を偶然発見した。この背景は人権もさることながら、現在の米国と日独との関係も考慮しての事だろう。そして今、オバマ政権が日独に派遣した大使は共に人間の感情や法律を巧みに操るビジネスで百戦錬磨の経歴を持つ人々だ。ルース氏については前述したが、独大使のマフィー氏はゴールドマンで世界中のインベストバンキングの案件に携わった経歴を持つ。そしてルース氏が歴代の民主党大統領候補に深く関わる一方、フィリップ氏はGSを退職し、先の大統領選では民主党の選挙資金対策総室長を務めている。

要するに大統領令が強欲な金融機関にこの様な命令を出したとしてもこの政権はそのウォール街の金融関係者や弁護士等のデイールメーカーで成り立っていると言っても過言ではない。そしてこの命令を出したオバマ本人は近々ニューヨークへ出向き、そこで中間選挙に向けた民主党の資金集めのデイナーパーティーに出席するとの予定が発表された。そして一人2500ドルというそのパーティーの出席者は殆どが金融機関の関係者になるらしい・・。





2009年10月21日水曜日

バッタの最終戦争

今日のニュースからは遂にバッタ同士の最終戦争が始まった事が窺える。まず全米からカナダにまたがる最大の労働組合AFL-CIOがANTI-BANK(反銀行)キャンペーンを打ち出した。AFL-CIOに加盟している労働者は900万人。キャンペーンとは「反銀行」のプラカードを掲げて大行進するという内容である。この行進にどれだけの人が参加するかは未定。だがそんな事に関係なく民主党の大統領指名選挙で常にカギを握る強大な政治力のこの団体が反銀行キャンペーンに遂に乗りだしたという事が重要なのである。
ではなぜAFL-CIOは反銀行キャンペーンに出たか。それは今回の決算で銀行が一般の預金者に対してチャージした「OVERDRAWING」(残高以上にお金を引き出す)の手数料が大手銀行の収益中$4B(4千億円)もあったという事実に噛みついたのだ。ただこれは銀行に落ち度のある話ではない。そもそも預金者が簡単に「OVERDRAWING」する実態は小切手の習慣のない日本人には不思議な話かもしれない。だが米国では千円単位の買い物にも小切手を使うのが一般的な中、預金口座には預金がある人も「小切手口座」の残高を超えて小切手を切ってしまう事はよくある。その度銀行はぺナルティーをチャージするのだが今回AFL-CIOが代弁する怒りとはどうやらそれだけではない様子だ。

彼等の真の怒りはウォール街の高給に対して抑えきれなくなった怒りである。「OVERDRAWING」はそれを代弁をしているにすぎない。そしてもう一つの話題は本日発売になった本。この本のタイトルは「TOO BIG TO FAIL(大会社は潰さない)」である。作者はNTIMESの金融記者。彼は昨年の5月から米国政府が断行した金融機関の救済劇の裏話を十分な取材ともに公開したのである。そしてその内容からイメージが上がった人とイメージが下がった人がいる。報道から察するにイメージが上がったのはモルガンスタンレーのジョンマック会長。そしてイメージが下がったのは危機の最中に財務長官だったポールソンだろう。理由は傍からは政府間の救済劇の様相だった三菱によるモルガンスタンレーへの出資はジョンマック会長が自力で切り開いた最後の賭けだった事が明らかになった事。最終局面では心配して電話を掛けていたポールソン財務長やガイトナーNYFED長官(当時)を一切無視し、会長は必死になって電話の向こうの三菱関係者を説得したという。

そしてイメージが下がったのはポールソンとその出身母体であるゴールドマンサックス。そもそもポールソンと財務省は金融危機を乗り切る為に設立された70兆円の税金を使った緊急支援(TARP)を5月の段階で財務省内ではなく証券会社に原案の立案を外注していた。そしてゴールドマンはその5月の段階で危機の際には素早く証券から銀行になる方が有利である事を認識。その為の会議を態々モスクワで開いていたという。そしてなんとその会議に財務長官という公職にあったポールソンが参加していた事実が本によって紹介されている。そもそもポールソンはバンカメとメリルの合併を巡る議会証言でも事実と違う証言した事が最近明らかになったばかりだ。聖書に手をついて宣誓をする議会証言では意図して嘘をつくと罪になるが、彼はバーナンケFED議長と共に税金による政府支援を受けたバンカメがメリル買収の際にメリルに高額のボーナスを支払う約束があった事は一切知らなかったと証言した。だが先週バンカメからNY司法局に提出された証拠書類で同社が財務省とFRBにボーナスを支払う予定である事を事前に報告していた事が明らかになったのである。そして「銀行」になった事でFEDから最低金利で資金を調達したゴールドマンは回復期に膨大な利益を享受、その利益からは今年のボーナスが史上最高を更新すると言われている。また同社は大量の税金が投入されたまま資金回収のメドが立たないAIGに関し、GSはAIGとの契約はヘッジをしていたのでAIG救済とGSは無関係であると主張してきた。だが本ではAIGが倒産した場合の連鎖倒産を避ける為、事前にAIGを買収する画策をした事が紹介されている・・。

ただ個人的にはこの本のタイトルとなった「TOO BIG TO FAIL (大会社は潰さない)」は有益と考える。だが問題は救われた人々のその後マナーだ。その点ではバブル崩壊をいち早く経験した日本人からすれば、ウォール街の強欲も信じがたいが、預金残高を超えて平気で買い物をする米国の一般労働者にも同調できない。結局金融危機後の米国経済は「デイズニー経済」であり、元々その住人である少数で頭の良いバッタ(ウォール街)と大多数の弱いバッタ(AFL-CIO等の労働者)という構図に変化はない。ただマイケルムーアの映画や本日紹介した本が刺激剤となる中、前者に対して後者の怒りが遂に爆発したという事だろう。そしてこのケンカの勃発は株式市場に必ず影響する。これが春先に触れた株が下がる三要因の一つ「政災」である。だがバッタの結末はどうでもよい。本当の懸念は弱いバッタから選挙で絶大な支持を受けた一方で強いバッタから大口献金を受けたオバマとその政権がどうするかだ。来年にも中間選挙を控えた多くの議員はこれで反銀行政策に舵を切らざるを得ない。だが最後に政権が動かなければ何も変わらない。個人的にオバマの信義が試されるので注目しているが、その前に彼等が日本と言うアリに無心に来る事は明らかである・・。






2009年10月20日火曜日

若い力

昨年イリノイ州知事だったブラゴヤビッチ氏はオバマの後任の上院議員の指名に絡む賄賂の嫌疑で刑事被告人になった。警察に捕まり、刑務所で一日過ごした後で保釈金を払って出所、今は裁判を待つ身である。だがその逆風をアザケ笑う様に彼はその後も精力的にTV出演や講演会を続けている。そして、トランプが司会を務めるAPARENTICEシリーズへの出演が決まっていた。だがさすがにあまりにも調子に乗りすぎたのかもしれない。ILの司法当局は彼等の行動に対して遂に規制に動き始めた・・。

そもそも米国ではこの様な話は日常茶飯事。極悪人がその非道を本にして金儲けを図る事は多々ある。そんな風潮の中では先週コロラドで起こった6歳の子供が気球に乗ったまま飛ばされたという大騒ぎは、ソレが俳優の経験がある両親が画策した一家の売名行為だったとしても全く大した話ではない。逆にいえばそれだけこの国では人前でのパフォーマンスが要求されるという事だ。

そして人前でのパフォーマンスには演説などの真剣勝負もあれば、プロスポーツ選手が試合後にこたえるインタビューもその人間の価値(例えばCM契約)を決める重要な要素となる。その観点から米国の3大ネットワークに最近登場した二人の若い日本人が英語は未熟ながら通訳なしで堂々と質問に答えていたのは新鮮な印象を受けた。その二人とはゴルフのプレジデントカップの最終日に個人戦でベテランのケニーペリーに競り勝った石川君とフィギアスケートのグランプリシリーズで逆転優勝した織田選手である。

米国では日本人のスポーツ選手の知名度ではイチローや松井が突出している。だがこの二人が試合に絡んでの公式インタビューに英語で臨んでいる姿をいまだに見た事が無い。繰り返すが石川選手や小田選手の英語力は同世代の日本の若者と比べて特別に優れたものではなかった。だがそれにもかかわらずモノおじしなくなった日本の若者には素直に可能性を感じる。

しかし最後には日本人の良さとのバランスも重要だ。ブラゴヤビッチ前州知事や子供をだしに売名行為に興じるこちらの親と、そのような風潮がはびこる社会まで日本が真似をする必要は無い。



2009年10月16日金曜日

資本主義の士官学校

数年前、欧米金融機関が展開した法律のグレーの部分での攻防を見て、性善説で無防備な日本人が彼等に対抗するには既存の邦銀ではなく、経済ヤクザに変貌した山口組を合法化して彼等に立ち向かわせるしかないと考えた。そして本日録画しておいた先週のNHKクローズアップ現代「パテントトロール」を見て同じ感覚に襲われた。

番組を見逃がした人の為に簡単に概略を紹介すると、米国のALCACIAという会社は投資ファンド形態を持ち、数十人の規模の社員には法律の専門家から心理学者、更に俳優までも揃えている。そしてビジネスの形態は投資家から資金を集め、その資金で将来ヒットしそうな商品の特許に「似ている」特許を予め買っておく。そして実際にその商品が市場でヒットした頃を見計らい製造元に特許侵害の告訴上を送る。ただ「似ている」特許を根拠に「言いがかり」をしている事は承知しており、彼ら自身も資金にコストがかかる中で長期に渡る裁判を本気でする気は殆ど無い。狙いは製造元に心理的な負担を掛け、ぎりぎりのところで裁判費用よりもやや高い和解金を提示する。俳優や心理学者は示談に持ち込む道具の一つである。そして日本企業を狙う場合、周到にも一般から選ばれる陪審員が全米で最も「保守的」とされるテキサス州で裁判を起こすという。日本企業にとっては言いがかりと判っていても、不利なテキサスでの裁判には最低4年の準備と外国での裁判の特別費用が重い。番組ではセイコーエプソンがこの手口で10億円を苦々しくALCACIA社に払ってしまった経緯を取り上げていた・・。

この様なビジネスは80年代中旬に米国で発想が生まれ、2000年ごろから「金融ビジネス」として組織化されたという。まあ言ってみればこれも新しい資本主義の形態だ。面白い事にこの様な会社は米国だけでなく中国でも生まれ始めているという。ならば消費をする力を持った国が常にエッジを持っているという事だ。そしてそのエッジを持った国が法律を自由に操る事で収益が得られるという新時代の資本主義の本質が生きている事になる。ところでその資本主義に絡み一つ言葉を紹介する。

それは「WESTPOINT OF CAPITALISM」。WESTPOINTは言うまでもなく数々の大統領やマッカーサーを輩出した士官学校。ここは高校までの成績が優秀である事は当然で、国会議員の推薦が無ければ入試が受けられない。そして毎年1300人の精鋭が入学するものの卒業するのは1000人程度という真にIVリーグと同格か、それ以上に名誉を約束された名門中の名門である。そして「WESTPOINT OF CAPITALISM」を意訳するなら「資本主義の士官学校」となる。実は米国でこの称号が付けられているのがハーバードのMBAである。ただ「資本主義の士官学校」と言うのはあまりにも格好が良すぎる。なぜならここの卒業生が多数集まるWSは昨年大敗北を経験した。そして本来なら全員がそこで戦死するところを世界の金融システムの救済という名目で彼等は政府に助けられた。そして助けられた後に莫大な利益が生まれると今はその報酬の権利という保身に走っている。これが士官の姿か。

ところで日本の防衛大学は授業料を返還すれば自衛隊に行かなくてもよいと聞いた。だがWESTPOINTは卒業後に兵役の義務がありイラクでも若い卒業生が何人か戦死した。いずれにしても、グレーの部分を含めた法律の範囲でどうやって自分が利するか、或いはどうやって自分だけ助かるかを教えるのがハーバードのMBAとするなら、其処とWESTPOINTを同列にするのはあまりにも卒業生の戦死者に対して失礼ではないか。だが冒頭のパテントロールのビジネスがレーガン政権後に生まれた事からも然り、冷戦後の世界の戦場は金融のフィールドに移った事も事実だ。いずれマルクスに屈服するにせよ今は其処でどう戦うか。新政権下で「技術立国日本」の戦略が試されるだろう。




2009年10月15日木曜日

悪は善よりも正しい

前項の続きとして6012年という世界史感はオバマの理想の実現性を否定する。なぜなら歴史ではオバマ以上の立派な人もいただろう。だがその人々の存在で世界が変わったかは定かでない。寧ろ歴史の転換点では善よりも悪が強く正しかった例が多々ある。その事例の中でも金融に関わりながら現代を生きる我々に最も関係するのがJAMES USSERが英国に渡る前、英国がヨーロッパの2流だった頃現れた「ヘンリー8世と言う悪」が英国を変えた事ではないか。

彼については以前も述べた。6人の妻の内、二人を断頭台に送り、性欲の果てに梅毒で死んだとされるこの狂王は純粋なカトリックだった。だが、ローマ教皇を頂点とするカトリック支配の欧州の序列で英国はフランスやスペインより格下。そんな現状に不満を感じる中で彼は若い妻を欲した。そして彼はカトリックで禁止された離婚を断行。また国民を納得させる為にローマンカトリックに代わる独自の教会を樹立。それが今の英国国教会に繋がる。結果彼は同時代やや遅れて比叡山を焼き討ちした織田信長と同じく、政治を宗教から切り離し国王として宗教の上に立った。またスペインやフランスの国王が教会を保護する中、トマスクロムウェルを使いカトリック教会の財産を没収させ、それ英国王室の私財とした。結果高まった不満はクロムウェルに押し付け、彼を断頭台に送るとその潤沢な資金でフランスやスペインとの戦争を支えた。そして王の死後、当時はまだ大海を支配していたスペインが海賊を取締らない英国に怒り海軍を送ると、娘のエリザベスはその海賊を使ってスペインを迎え撃った。海賊に貴族のルールは無用。「赤壁」を彷彿させる船ごとの火責めという手段にスペインの無敵艦隊はあっけなく負けてしまった。

この様にヘンリー8世後の英国は異端や悪者を用いてローマンカトリックの権威という「旧態の善」を超えた。そして英国自身が新しい善(スタンダード)になり、いつの間にか英国紳士などという言葉が生まれた。ただここで興味深いのは「紳士」という言葉のイメージと英国の歴史との違いだ。「紳士」には約束やマナーを破らないというイメージがある。だが英国の歴史が示唆すのは英国は当時としてはルール違反だった「長篠の戦い」が最も得意だったという事になる。

余談だが、マナーという点で多くの日本人のイメージを直しておく。16世紀にメディチ家で生まれ、その後優雅を極めたブルボン王朝で完成したとされるテーブルマナー(ナイフとフォークの使い方)が英国に伝わったのはヨーロッパでもずっと後だ。従って史実に沿った映画やドキュメンタリーを見ると、その時代(チューダー王朝時代)まで英国では国王や貴族はテーブルで肉を手で千切って食べるシーンが多い。尚日本の高給ホテルなどが押し付けるテーブルマナーやナイフフォークのルールは実はこのフランスでの最後の姿を模倣した古典。こんなモノは英国から更に独立した野蛮な米国ではどんな高級レストランでも全く見ない。

そして英国が受け入れた「悪」で最も重要だった悪は言うまでもなく「金融」である。これはヘンリー8世後に宗教が多様化した事で、啓蒙に芽生えた新宗教やユダヤ人が知識と共に英国に集まった事が大きいと考える。JAMES USSERはまさにこの時代を生きた事になるが、ユダヤ人を追い出してしまったラテンの強国と、シェークスピアを輩出しながらユダヤ人の能力を利用する懐の深さを持った英国の違いは大きかった。

最後にヘンリー8世のもう一人の娘メアリー(長女でブラディーメアリーの語源)が行った弾圧(カソリック以外の宗教の弾圧)によってこのアメリカが産声を上げた事を触れておく。彼女は父ヘンリー8世がスペイン王室の母を裏切った事が許せず、父の死後(長男の死を経て)自分が女王になるや方針を旧態へと戻した。結果、父の時代に芽生えた新宗教の多くが弾圧され、その一部がメイフラワー号に乗って米国大陸を目指した。そしてこの精神が今の「共和党保守派」の理念に引き継がれた。しかし金融の支配が強まった英国の支配を嫌い独立を成し遂げた「建国の精神」は今や米国でマイナーな存在になりつつある。ただ米国がこのまま英国化したとしても6012年という「世界の年齢」から考えれば自然なのかもしれない・・。



2009年10月14日水曜日

6012歳の誕生日

一部の欧米人の間で長らく待ち望まれたラテン語の大作が近々英語として英国で出版されるという。本の題名は「ANNALS OF THE WORLD」。1600ページの大作らしいが作者は1650年代の英国国教会司教のJAMES USSERと言う人である。本の題名は直訳では「世界年史」とでも言うのが正しいかもしれない。そしてこの本を取り上げた理由はJAMES USSERが本の中で世界には誕生日があるとした点に注目したからである。その誕生日は紀元前4004年の10月23日。ならば今年の10月23日で世界は6012年の誕生日を迎える事になる。そこで明らかになっている内容の一部を紹介すると、聖書に軸を置きながらエデンの園やローマによるエルサレム支配など、聖書と関わりが深い話から、海賊によるジュリアスシーザー捕縛事件やアレキサンダー大王の海中探検など多岐に渡る模様。ウィキペディアのJAMES USSER記述には彼はアイルランド人司教でありながら母国から英国に渡ったとされ、その後述からは当時英国で起こっていた宗教の多様化による変動の過程でその知性を磨いた事が窺える。

では改めて6012歳を迎えた今の世界を米国から眺めてみると、まず本日の共和党広告には米国の国土の地図に安売りのタグが付いた記事がある。これはオバマ政権の政策への批判だ。共和党保守派にとってはドル安政策から中国との貿易協定に加え、アフガン問題、また核の無い世界への呼びかけまでもが「米国の安売り」にされてしまう。そんな中でオバマは来月日本に行く。だがその一方でホワイトハウスは11月にインドのシン首相を招いてオバマ政権としては初となる「STATE DINNER」を計画している。そもそも「STATE DINNER」は日本語では「公式晩餐会」と訳される事もあるが、米国には格下の「OFFICIAL DINNER」もあり、日本語での理解は難しい。小泉総理がブッシュに招かれた際の記事を見直すと「STATE DINNER」との表現もあれば「OFFICAIL DINNER」との表現もある。ただ写真や記事から判断すると、国力に関係なく、米国側が招いた国賓が対象である事が窺われる。そして政権発足後多くの国賓クラスが既に米国を訪れた中、インドのシン首相がこの名誉を授かるのはオバマ政権がいかにバランス重視かが判る。米中が接近する中、中国をライバルと考えるインド。またインドとパキスタンとの緊張は過去の話としてもアフガニスタンを抱えてパキスタンをより重視しなければならない米国にとってインドとの友好関係は重要な課題だ。だがあまりにもバランスばかりに気を取られると傍からはただの「八方美人」に見える事もある。

そして米国が平和への「八方美人」を演出する中、もし米国が「京都議定書」を見直すならば、減収が確実となるサウジは資金提供を要求すると言いだした。この発言は米国が協調での問題解決を試みる中「もたれ合い」に便乗する国の登場を感じさせる。そもそも今世界はブッシュの米国が終わった安堵の中だ。ただ結果的にその反動でオバマへの期待も大き過ぎる。だが現実との乖離をこのままにしてはオバマ政権も前に進む事は難しい事が早晩明らかになるだろう。そしてその強調ムードが終わる時が次に相場が大きく動く時である事に疑いはない・・。





2009年10月8日木曜日

心の強さ

昨晩こちらの日本語放送ではあるドキュメンタリー(NHKBS)が放送された。それはベトナム戦争で米軍が蒔いた枯葉剤(ダイオキシン)が親子三代に渡りベトナム人を苦しめている現状をリポートした番組だった。まず、枯葉剤が原因と思われる先天的異常の子供はこれまでに300万人になるという。そして300万という数字は太平洋戦争での日本人の総死者に匹敵する。だが原爆に関してはソレが戦争終結を早めたとの米国の見解に日本人でさえ一部は同意する中、ベトナムに関しては枯葉剤と同国の300万人の身体異常者の因果関係を米国は今だに公式見解として認めていない。

結局あのマイケルムーアでさえこの問題を取り上げるにはベトナムは遠くなりすぎたのかもしれない。ただ所詮「米国の正義」などはこんなものだ。障害を抱え今を生きる300万人のベトナム人に対し、米国は自らが世界にが掲げる人権のスタンダードすら提供できない。実はこの限界がアフガニスタンにも通じるこの国の限界である。だがそんな中でベトナム人はたくましい。朝鮮戦争の結果、敗戦直後から米国の加護の下に入り発展を遂げた日本と違い、戦争を仕掛けたわけでもないベトナムは一方的に攻撃された後は米国から特別な加護を受けないまま永らく貧しさに耐える時代が続いた。それでもベトナム人はイスラムのテロ行為の様な直情的反米行為に組織だって出る事は無かった。ここがベトナム(人)の凄さである。

このドキュメンタリーが伝えたものは、消えない米国への恨みをじっとこらえ、貧しさと戦いながらそれでも前向きに生きようとするベトナム人の「心の強さ」だ。先進国の金融機関はこれから発展するであろう国を統計学でしか計らない。だが第一次インドシナ戦争でフランスを撃退し、またベトナム戦争で米国に負けなかったべトナム人の強さは恨みはあっても安直なテロに走らないこの「心の強さ」からも窺える。自分なら国家として資源には乏しくとも、このベトナム人の「心の強さ」に投資したい。

そしてベトナムから40年、再びアフガニスタンで悲しい目をした男達の「心の力」を読み間違えた米国。今日でアフガン戦争は8年目の節目を迎える。2年前の視点でこの地区を魔峡とし、ビンラデインを大石内蔵助に見立てて米国という徳川幕府は赤穂浪士に勝てないだろうと予想した。どうやらその時が近づいている・・。






2009年10月7日水曜日

両刀使いの演出

長年夜のトークショーを続けているデービットレターマンという人がいる。彼は丁度「タモリ」の様な存在だ。その彼が先週自分の番組で不倫を告白した。彼は番組の女性スタッフと性的関係を持った事を番組の途中唐突に話し始めたのである。いつもの軽妙な口調。表情はまるで他人の話をしているかのようだった。そして懺悔なのか、話術なのか判らないままあまりにもさらりと話し切られたので会場を埋めた観客もどう反応していいか判らない。そんな不思議な雰囲気がテレビからも伝わった・・。

この一件の裏には脅迫があった。女性の男友達が彼女との関係をばらすと彼を脅したのだ。そしてレターマンは番組で自ら先に秘密を暴露する裏技に出た。結果その男はすんなりと告発された。その後の米国の反応を見るとレターマンを非難する声はそれ程でもない。謹慎後に新聞に家族への謝罪文を掲載したレターマン氏を褒める人はさすがにいない。だが今のところ番組を降板させられる程の責任問題にはなっていない・・。

これを見て思い出したのは研修生との不適切行為を国民に告白したクリントン大統領のテレビスピーチ。あの演出は見事だった。厳粛な大統領執務室の雰囲気の中で彼は顔を強張らせながらもしっかりとした口調で反省の弁を述べた。この時のクリントンの演出はその完璧さにおいてオバマの演説に完全に匹敵する。そしてコメデイアンという職業からの天性の話術。更にテレビと言う媒介の効果を知り尽くしたレターマンの演出も今のところ彼を守っている。

さてそもそも真実をどう見せるか。或いはその事実をどう国民に感じさせるかは演出だ。そしてこの国では裁判から大統領選挙まで全てが演出で決まると言ってもよい。そんな中でテロを題材にした歪んだ剛直さを売りモノにしたブッシュ共和党の演出に振り回された米国民は今のところこの種のスキャンダルの釈明(演出)には寛容だ。そしてこの種の演出が得意な人が今は圧倒的な実力者である。

まずビルクリントンは完全に復活した。復活どころか恐らく水面下での影響力は今はオバマより上だろう。そして民主党優勢の議会でもその演出力で異彩を放っている「男」がいる。それはバーニーフランク議員。彼を「男」としたのは彼が同性愛者である事を半ば公表しているからである。オバマ政権の発足時に「宦官政治の予感」というテーマで視点書いたがそれは彼をイメージしたモノだった。そしてどうやらその予感は当たった。

そしてここまで下院の金融委員会議長として圧倒的存在感を誇ってきた彼は、本日、回収したTARP資金を今度はフォークロジャーの危機に瀕し失業中という国民の救済に使う法案の提出を示唆した。まさにこの演出は亀井大臣のソレに近いかもしれない。だが亀井氏と決定的に違うのはバーニーは「両刀使い」である点だ。彼は下院の金融委員長として金融機関の報酬規制等の金融改革法案の推進者の立場。従ってここまで彼は庶民を代表して金融の非常識な高給への非案を展開していた。だが彼はその金融機関から最も献金を受けている3人の議員の一人である。要するに彼は庶民の味方を演出しつつ実は金融機関の味方でもあるという「両刀使い」である。

ただそれは彼が金融が地盤のマサチューセッツ出身なら当然。しかし同色のコネチカット出身のクリスドット上院金融委員長が次期選挙で落選の危機にある中、バーニーは国が救済をリードしたファニーメイの重役と同性愛関係にあるとのスキャンダルにさえもビクともしない(エコノミスト誌)。そして下院の共和党勢力の反発は上手くナンシーに押し付け、また議会証言では議長としてロンポールの糾弾からバーナンナンケやガイトナーを守りながら今日も彼はTARP資金の新たな使い道で庶民の味方として自分を演出する事に成功した。

前置きが長くなったが、結局デービットレターマンやビルクリントン、更には同性愛者の有力政治家が象徴するのは冷戦後の平和である。逆に言うと冷戦が終わり出番の無くなった共和党とその信義(正義)はあまりにも単純だったブッシュと共に葬り去られた。恐らくブッシュはローラ夫人との間で浮気もせず、またキリスト教の教義を守り良い意味では純粋だったのかもしれない。だがその純粋さはネオコンに支配されると無力だった。結果今の米国には新たに刷られた大量のドルとそこからのドル安を全く気にしない真に冷戦後の平和を象徴する市場の空気だけが残された。それも然り。なぜなら今の金融市場の参加者の半分以上は恐らく冷戦後の世代。だが相場にはMAJORITY(大勢)は必ず間違うという鉄則がある。ならばいつその平和の前提も終わる。ただそれでもドル安が続いた場合一体この国はどうなるのだろう・・。



2009年9月30日水曜日

金融ゲームのルール

今日のワシントンポスト紙にはゼネラルモータースやワシントンミューチャル、更にリーマンがと言った倒産株(ゾンビ株)がいまだに活況を呈している事への警鐘がある。具体的には倒産後3セント(2円)まで下落したリーマン株はこの2カ月で30セント(25円)まで買い上げられた。理由はない。ただその過程ではリーマンのビジネスを引き継いだバークレイズの名前を語ったデマが市場に出回った。それからすれば早大OBの株価操作の手口など単純だ。日本のニュースからはリーマンの様な「風説の流布」があった様子もない。逆に言うとこんな単純な手法で40億円も稼げる今の日本の株式市場の異常さには驚く。

繰り返すが今米国で起こっている株価操作はもっと複雑でその分悪質でもある。ところが米国ではその違法行為をマスコミは取り上げても司直の手はまだ伸びていない。これには二つの理由が考えられる。まず米国はあのマードフ事件もいまだ全貌が解明されておらず、責任を問われている証券取引委員会は手いっぱいである事。またNY司法局も金融危機の最中で発生した様々な案件にかかわっている。そしてそれらの案件は複雑な非上場市場が舞台だ。それに比べれば上場市場はオープン。そしてそこでの取引に最早不正の入る余地それほど残されていないとだれもが知っている。

結局オバマ本人が掲げた理想とは裏腹に、国家がラスベガス化した米国では株が上がれば全てが許される風潮は危機以前よりも今の方が強い。そしてその金融市場で重要な要素はゲーム感覚である。一方日本ではゲーム感覚そのものがどうやら否定される。また小僧が簡単に金を儲けする事も社会として許せないのかもしれない。ただ金融国家としてゲーム感覚の蔓延を黙認する米国と精神論でソレを否定する日本は金融市場を通して繋がっている。

そんな中で鳩山政権は金融の本質の性悪説と、物作りの本質の性善説のミスマッチにどう対応するのだろう。その国家的戦略が注目される。


2009年9月26日土曜日

アフガン高原の鳩

「If I must choose between righteousness and peace , I will choose righteousness.  もし私が正義と平和との間の選択をしなければならないなら、私は正義を選ぶ・・。第26代合衆国大統領 セオドアルーズベルト 」

日本の歴史の教科書ではフランクリンルーズベルト(民主党)は大恐慌から米国を救い、第二次大戦に勝利するまで12年間米国を導いた事になっている。だが彼は有名なラシュモア山の岩場にその顔が刻まれていない。最も敬愛された大統領として米国人がその顔をラシュモア山に刻むべく選んだのは、ワシントン、ジェファーソン、リンカーン、そして「フランクリン」ではなく、「セオドア」ルーズベルト(共和党)である。その理由は冒頭の言葉に凝縮されているのではないか。

そして最後にその顔が刻まれるか検討されたのはレーガンだ。だが冷戦を勝利に導いたレーガンでさえこの4人の顔に並ぶ事は出来なかった。また「この言葉」を愛したとされるG.W.ブッシュはまったりとした平和の中で米国の衰退が始まった頃に登場した。彼は何かに焦り、テロを切欠に都合良く周りが演出した独善的正義に乗っかりイラクに突き進んでしまった。

今米国民はその演出を見抜けなかった事を悔やみ、リンカーンからセオドアルーズベルト、またアイゼンハワーからレーガンまで、共和党が伝統的に受けついできた「正義の為の原理原則」まで拒んでしまった。結果米国にはPEACE(平和)への傾斜のみが残った。

そこに登場した友愛(PEACE)という日本の「鳩」。表面的にはどこまでも寄り添う日本がある。日本の国益上今はそれでよい。そして冷戦後の平和が常識となった米国民は今アフガンに絶望している・・。

そんな中でいったいオバマ政権は「イランカード」をどう使いたいのだろうか。日本の平和な「鳩」はその見極めをしなければならない・・。



2009年9月25日金曜日

協調主義下の流動性

オバマが国連で協調主義の重要性を演説する中、ブッシュ政権で米国の国連代表を務めたジョンボルトンは共和党のWEBサイトで「協調主義は米国の利益にならず」とバッサリ切り捨てた。そもそも国連が世界が強調する場として設けられた意義からすると、ボルトンの様な「単独主義者」を国連に代表として送り込んだブッシュ政権の感覚には今更ながら驚く。

だが一方で国連の限界も明らかだ。昨日ガタフィーが国連憲章を投げ捨てた行為は下品、しかし彼がその理由にした常任理事国が持つ拒否権による国連の形骸化という本質は正しい。その意味ではG20も国連の本質と同じ。そこは為政者たちの社交場であって国民生活に変化が起こる新しい方向性が生まれる可能性は低い。

ところでこのサミットがその役割を果たしたのは85年の東京サミット前後までとの分析がある。当時はG7と言われた頃。顔ぶれは米国のレーガンを筆頭に英国はサッチャー、ドイツはコール、フランスはミッテラン、日本は中曽根だった。そしてこの頃のサミットが最も意義があったと評価される背景は彼らには堅固に団結する理由があったからだ。それは冷戦である。だが冷戦が終了してからは会議に仇敵ロシアまで加わった。そしてそこからサミットは社交場へと変わった。

こう考えると冷戦終結がいかに重大な変化点だったかが今更ながら確認できる。そして冷戦を知る世代と知らない世代では人間としての基準が違う事が庶民の声からも感じられる。例えば日本のニュースでは鳩山首相が掲げた25%の排ガス削減の目標について、30代と思しき日本人男性は日本の首相がその目標を世界の公の場で断言した事は良いとしながら、一方で自分の生活が窮屈になるのは困るとも発言していた。

この発言は真に冷戦終結後の世代の感覚を代弁しているのではないか。冷戦前世代の自分からしても彼の発言に違和感はない。寧ろ冷戦後世代には世界の理想を追う余裕がある。だがその協調には緊張から発生する強制の裏付けがないのだ。そして今回のG20は金融の新しいあり方を探るの事が目的。だがその強制力についてはやはり未定だ。

そう考えると昨日のマイヤーのコメントもうなずける。マイヤーはFRB理事時代はタカ派だった。しかし彼は昨日「ドルの水準はFEDの仕事ではない」という言い切った。この発言が本気なら彼は今後はドル安になってもそれがインフレにつながらない事を前提にしている。そして本当に長期金利が上がらないとしたら、それは現行のFEDが直接市場に介入し、またその米国の資金調達を支える国際関係が続く事が示唆する。そうなるとドルの価値が下がるとインフレで国民が困窮すると騒ぐのは共和党保守派の原則論に過ぎないという事か。

そうだ。新しい「協調主義世界」では中国や日本など米国の債券を買い続ける。この様に各国が補完関係を構築する事が米国が目指す協調主義という事である。そしてその理想が永続するなら、金融市場の過剰流動性は本質的に許容範囲かもしれない。ただこの協調主義は永続するだろうか。いずれにしてもドル下落の意味を米国人が実感するのは何らかの理由で協調主義が崩壊してからであろう・・。




2009年9月24日木曜日

ミッション インポッシブル

最新の国勢調査では、直近の統計期間で米国への定住を前提に入国した外国人と、その様な外国人が米国から本国に帰国した数が初めて逆転した事が判明した。原因はまだ不明。だがこの現象は移民の活力が国を強くしたという米国の歴史からすれば無視できない話である。

そもそも国内の米国人にとっては、インフレが進まない限りドル安は緊急の問題ではない。だが米国に在住しながら永住を前提にしない外国人の感覚は別だ。なぜなら彼らが米国を去る時にドル安では、この国で稼いだお金が減ってしまうからだ。そして今その危険を抱えているのは私自身でもある。

前回も紹介したが、米国が「デイズニー経済」を楽しむのは勝手。だが米国在住の外国人は自分で身を守る必要がある。そしてその外国人からすれば今の米国はまるで「老人ホーム」だ。そこには以前の様な新陳代謝の活力はなく、ひたすら痛みを和らげる世界が広がっている。これでは米国に長居は無用。だが外国人にその様に思われ始めた事を「デイズニーワールド」を楽しんでいる米国人は気にする様子はない。

ところで、そんな中で昨日はアフガニスタンで米軍とNATO軍の指揮を執るマカリスタ司令長官の米国政府に充てた手紙の内容がワシントンポスト紙に掲載された。ただ「極秘」との注釈がつきながらなぜ新聞にすっぱぬかれるのか。この甘い結束は良くも悪くもブッシュ時代とは逆である。そしてその内容は来年までに兵員の大幅増派を要請しており、(最終的に全体で40万の部隊が必要)実現しないとミッション(作戦)は失敗に終わると警告している。

完全に成功したとは言い切れないイラクに続き、仮にアフガンでもミッションが失敗するなら、ベトナム戦争後の米軍の戦闘でそのミッションが完了したといえるのは精々グレナダ侵攻と、僅か500人のパナマ兵を相手にしただけのノリエガ政権打倒ぐらいか。

振り返るとその後のソマリア紛争も然り、米軍は限界を露呈している。そして経済における中央銀行の政策に加え、軟弱なイメージを嫌う共和党保守派の抵抗をしり目に金融市場ではドル安が止まらない。だがこのドル安も今の米国の株式には好材料として受け止められている。この現象がデイズニー経済の特徴である。

いずれにしても、保守派が掲げる痛みを伴う米国の権威復活が国民から支持を得られない場合、ドルの価値はこのまま沈んでいくのだろう。ならばその前にこの国を脱出しなければならない。さもなくば自分のミッション(作戦)も失敗という結末になるリスクがある・・。

2009年9月19日土曜日

地区連銀と保守派の復活

来週のFOMCは確かに重要である。その要因として危機の最中は事実上「FRB=NYFED」だったが、このFOMCからは地区連銀が意見を言える状況が整った事を指摘したい。そしてFOMC後の25日からはロンポールが主導したFEDを監査する法案の審議が下院で始まる予定である。既に過半数超の288名が賛成しており、下院は通過する可能性が高い。ただ恐らく上院は通らず、またオバマはサインしないので法案としては成立しないだろう。だが生き残った大手金融機関が焼太りしたのは事実。結果株が上がり、FEDにもTARP資金の大半が金利と共に返還された事で国益にかなった言う事も可能だが、ここまでドル安が進んだ事を怒る米国の保守派勢力を侮るべきではない。

それでも今は内需が弱くインフレがない。またキャリーの結果でドル安が進んでいるだけとの説明も通る。究極は能天気にドル安は株高に繋がっている。だがよく考えると相対価値の為替に絶対価値の株が連動するのはどこかで限界が来る。そして流動性だけで景気を維持する手段は保守派が絶対に認められない新陳代謝を否定した米国の日本化を意味する。そんな中今は商品に入る余剰資金もチャートポイントの手前で引き返す躊躇を見せている。だがこのままサイクルに留まる保証はない。仮にブレークしたら病み上がりの消費者はひとたまりもないだろう。

いずれにしても民主主義の米国ではこのまま金融機関だけが焼け太りしたまま終わる可能性は低い。それを予期してか、救済の恩恵を受けた勢力は健康保険や人種問題等の波風を荒立てて時間を稼いでいる。だがそれでも保守派の逆襲が一旦は起こらざるを得ない状況に米国は煮詰まった。恐らくそこから株は下落に転じる。そのリスクを考慮し、一方で変わりつつある政治の風向きには逆らわずバーナンケは軸をどこに合わせるのか。学者型の彼にはどちらかという不得手な舵取りを迫られるだろう。なぜならまだこの種の手腕で彼は前任者の領域まで達していると思えない・・。



2009年9月18日金曜日

デイズニー経済

世界最大の債券ファンドのモハメドエルアリアン氏は今の米国の株価と経済を「シュガーハイ」と呼んでいた。私ならステロイドや麻薬と表現するところをさすが上品な彼らしい言い方である。だが本日はそれよりもさらに素晴らしい表現を耳にした。それは「デイズニー エコノミー」。

TVや漫画のデイズニーキャラクターは現実を知らない子供達に夢を与える。そしてフロリダや浦安のデイズニーワールドは、実世界から離れる事で日常に疲れたを大人にも楽しさを与える。この事から「デイズニー経済」とは楽しさのみを追求した経済を比喩しているのだろう。だが「楽しい経済」と「正しい経済」は別だとしたらどうか。この言葉の真意はそんなところだろう。いずれにしても経済番組でこの表現を使ったゲストはアジアから世界経済を眺める若い市場関係者だった事には驚いている。

そして来週のFOMCを控え市場参加者はFEDの変化の可能性を探る時期に入った。その点についてCNBCに登場する有力ゲストは今はインフレとデフレ、どちらのリスクが高いかと聞かれている。印象では7:3でデフレが多い。だがこの期に及んでFEDの動向をインフレかデフレかだけで探ろうとするのはいかにも米国らしい。この現象は米国人がどれだけ鮨を食べるようになってもまだ好きなネタが限られている状況に似ている。彼らはまだ素材の世界に浸る事は出来ない。結局マヨネーズかマスタード或いはケチャップの決めてが必要なのだ。

そして素の薄味を楽しめない米国では、豊かになるにつれて清涼飲料をより甘くしてきた。結果大量の砂糖を摂取する事になり、そこで今起こっているのがシュガー飲料に税金をかけるという案である。この案に当然コカコーラは怒り心頭、現状は法案化される可能性は低い。だが健康保険の財源として、また国民が健康になれば国家の健康保険の負担が抑えられるという理想からもオバマはも乗り気の様子。だがその理想は「デイズニーワールド」に住む人々には無理だろう。



2009年9月17日木曜日

米中の足先

鳩山政権が発足した。米国に住んでいる身としてはまずは米国との外交がどうなるかを見たい。そんな中で本日は経済面で日本と中国が米国債の買い増しをしている事実が判明した(TCI)。これは中国はドル資産からの逃避をちらつかせながら相変わらず米国債を買い続けている「コラテラル状況」を示唆している。そして日本は民主党が政権を獲得する前に打ち出していた「影の内閣」で財務大臣だった中川氏がドル建ての米債に懸念を表明した事から、実際に民主党政権が発足してどうなるか。まずはそれを見たい。

ところでその米中は久しぶりに貿易でつばぜり合いをしている。まず米国が中国産タイヤへの関税を持ち出し、それに中国が米国からの鶏肉輸入削減で応戦した。ただこれは立場が衰えている米国側から仕掛け。よって米国は本気ではないだろうし中国もそれを承知しているはずだ。恐らくは健康保険や金融規制強化案で議会から大幅譲歩を引き出さなければならない政権がまずは議会に点数を稼がせたのだろう。それは米国がタイヤというメジャーにならない題材を選んでいる事もさることながら、中国側が鶏肉で応戦した事からも窺える。そしてその理由は「足先」である。

今日のNYTIMESによると、米国は中国に年間4000億円程度の鶏肉関連の商品を輸出しているという。内訳をみると、国内で消費される胸や腿の精肉部分は20%程度で輸出の大半は手羽と米国人が殆ど食べない「足先」だという。そういえば中国料理には足先を甘辛く煮たメニューがあるが、遺伝子改良で肥大化した米国産ブロイラー足先は大きく中国人が最も好むらしい。結果、豊かになった中国人の趣向は変わらず、どうしても米国産の足先が必要になると米国の輸出関係者は楽観しているとの事である。

こう考えると米国と中国は食品でも興味深い関係を築いている。米国では誰も食べない足先は1ポンド当たり10セントで流通しているのみ。ソレを中国は70セントで購入してくれる。そしてこの関係は金融と同じだ。中国は米国のリスク資産を買わないが、米国は日中が国債を購入する事で国内の株を支える体制を確立している。

要するに外交とは基本は互いの「足元」を見てするのものなのだろう。鳩山政権からは理想的な話が聞こえてくるが、果たしてこの米中関係の様な駆け引きが出来るだろうか。






2009年9月15日火曜日

記念日、実は主役交代

同じ記念日でも9・11とリーマンショックの記念日の本日では米国内の雰囲気は違う。当然か。前者では多数の人命が奪われたが、後者では当事者の中に人命の損失は稀だ。あったとしてもそれは中枢からから離れた末端の人々である。ただこの二つの記念日の共通点がある。それは米国は真の意味で反省をせず、あくまでも己の存在は常に正しいという前提に立った行動に出ている事であろう。

ところで、この週末にBBCが作った「リーマン最後の日」という1時間ドラマを見た。(参照WEB)。見覚えのある米国人俳優を使い、当事者達が実名で登場していた。そして内容は評価のしようがない代物だった。理由はストーリーが事実なら、世界が「この程度の人々」にここまで振り回された事へのバカバカしさがにじみ出ている点で作品としては評価できる。だがソレが制作したBBCの想像なら、ウォール街のトップをここまでSTUPID(愚か者)に描くのは滑稽すぎる。ただその中で興味を引かれた点がある。それはポールソンがリーマンを救わなかった真の理由をポールソンがGS会長だった際にファルドとの間にあったとされる確執にその可能性を残した事。現在リーマンショックの表向き理由はその時点でTARPが成立していなかった事になっている。だが確かにそれだけではないだろう。ドラマではリーマンの協調救済を前提にした会議でJダイモンとJマック、それにブランクファインが罵り合うシーンがある。また同席したメリルのJサインはあまりにも姑息な男に描かれている。だがリーマンの倒産が決定後、競争相手が消え、そしてこれで政府による救済が発動される状況が整った事から彼等がラウンジでほくそ笑んでいるシーンはBBCならではの演出だった。

そしてその記念日の本日、オバマは態々ウォール街まで出向き、あのジョージワシントンが大統領就任演説をした26番地で声明を発表する。これは彼が就任当初に掲げた金融改革法案の促進を狙ったもの。だが今日のワシントンポストが指摘する様に、オバマの「改革法案」の主役が「金融」から気が付くと「保険」に移ってしまった現状では国民は関心がないのは実情ではないか。実はこれが再三指摘した増税という禁句で国民を焚きつけ、健康保険に主役をすり替える事に成功した金融側の勝利の実体である。

だがそれでも今日の市場はどこか変だ。5月に瞬間的に発生した「米国売り」の前にもこんな雰囲気があった。これは中国が関税を巡って久しぶりに米国に噛みついた事と、今日の記念日から何かの仕掛けを警戒しているのが理由ではないか。だが「米国売り」は中国が材料にされても長続きはしない。なぜなら中国と米国は一蓮托生な状況、ソレで得をするのは「G2時代」など言われて面白くないロシアぐらいであろう。個人的にはロシアには世界の過剰流動性をその本質(米国売り)に向かわせる力はまだないとみる。

参考、リーマン最後の日(英語バージョン ウイルスに注意)

http://xtshare.com/toshare.php?Id=18583

2009年9月13日日曜日

アテンション プリーズ

日本のニュースでは企業として万策尽きた日本航空がデルタ航空に救済を求めた事を報道していた。単刀直入に違和感である。まず日米の航空会社を単純に比較する事に意味を感じない。なぜなら自由化の荒波が激しかった米国ではマージン(利ざや)の下落で1990年代後半から航空会社は軒並み経営が行き詰まり、結果、「アメリカン」と一部ローカル航空会社を除き、大手の「ユーナイテッド」「デルタ」「ノースウエスト」は事業を続けながらも軒並み倒産した。そしてデルタが会社更生法を抜けだしたのはほんの2007年の事である。その意味では米国の航空会社は市場原理の洗礼を最も受けた産業かもしれない。ただそれが日本の航空会社が目指す姿として果たして正しいのだろうか。

そしてデルタにすがりついた日本航空の覚悟はいか程のものか。デルタの社員はパイロットを含めて何度も給料カットを経験している。労働省の資料によると、現在米国のパイロットの平均年収は6~7万ドル(700万)である。一方日本航空に関してはこれまで甘い体質が何度も批判の対象となってきたが、一方で一日本人としてJALの存在は捨てがたいと感じる。日本独特のサービスも然り、そのサービスが高コストの元凶なのは明白だが、一方で平和主義国家日本の翼としてJALはテロの標的になりにくいという安心感がある。結果私自身は多少値段が高くとも日本へはJALかANAだった。

そのJALが競争の原理にさらされた米系の傘下でどうなるのか。国もJALの甘い体質を変えるにはこの手段は有効だと考えたのだろう。JALを完全な民間企業とするならこの様な試練は正しいかもしれない。だがJALを完全な民間にする事は真に国益につながるのか。私はこの救済はどこか違和感が残る。JALに肩入れするつもりはないが、島国である日本の航空会社をまるで国内に乱立したタクシー業界の淘汰と同じ考えていいのだろうか疑問だ。問題は半官半民をという中途半端な状況を長く放置しすぎた事ではないか。米国でも金融危機の遠因にファイニー/フレデイーとい半官半民の住宅公社の存在があった。半官半民は途中までは効果的かもしれない。だが長すぎると国家にとって癌化する・・。





2009年9月12日土曜日

悲しい目をした男たち

9/11のテロ直後、初めての記者会見を開いたブッシュは対象を確定しないまま「犯人とその組織」に対して米国は報復する義務があると述べた。その時点で米国内には既にアルカイーダの犯行との認識があり、誰もがアフガニスタンへの攻撃を想定していた。ところがCNNの記者であるジョンキング氏が唐突な質問をした。彼はブッシュに向かって「これはイラク攻撃に繋がるのか」とに切り出したのである。その時はブッシュ本人も当惑気味な反応を見せた。そのシーンは今でも覚えている。なぜならここでイラクを持ち出すのはあまりにもトンチンカンに感じられたからだ。だがその後の経緯は言うまでもない。正しかったのはキング記者だった。

それから8年、米国は再びアフガニスタンに軸を戻した。だがイラクに軸を移していた空白の時間の代償はあまりにも大きい。以前NYTIMESで掲載された「比べものにならない」というイラクを経験した海兵隊員のアフガンでの心境をここでも紹介した。これだけの精神的負担を兵員に強いる中、専門家は米軍の絶望的な状況を解説する。今米兵が戦っている相手は殆どがタリバーン系であり、アルカイーダではないという。そんな中で先日オバマはアフガニスタンをアルカイーダの巣窟にしてはならないと主張した。だが実態は米兵はアルカイーダにまで届かない状況で血を流している。そして誤爆の恨みと貧困から、アフガニスタンとパキスタンの魔境からは次々に正式なタリバーンでもアルカイーダでもない「インサージェンツ」と呼ばれる悲しい目をした男達が湧き出している・・。




2009年9月11日金曜日

天上り、(国破れて金融あり)

昨日健康保険に関するオバマの議会演説では、米国では珍しく議員から野次が飛んだ。野次を飛ばした共和党下院議員は後から謝罪したが、考えてみると野次はエリートがその真価を問われる演説での自己主張ではない。

そもそも米国では演説する能力を早くから未来のエリートは養う。政治家は当然のこと、経験ではウォール街の金融機関のエリートも、感情を抑えつつ部下をどう使うかの感覚は、隙を見せると訴訟の対象になる厳しい環境下で研ぎ澄まされた人が多い(但し人間性は別)。そして政治はこの様な人々による演出能力のゲームとしてポピュリズムの風を受けた者が勝つ。

結果、健康保険問題にしても、反対する庶民の多くは内容を完全に理解する前に第三者に増税の恐怖を焚きつけられて反対しているのが実態だ。また米国は「政府は何もせず、自分の事は自分で決めるのが伝統」だと美しい言葉でオバマを阻む人々がいる。だが彼らは庶民に増税の恐怖をたきつけて彼らを利用している。なぜなら彼らこそ年収1億以上を筆頭に自分達が増税の対象になるからだ。だが何度も言う。彼らこそ政府の救済で最も助けてもらった人々である。。

あまりにもばかばかしいが、まあ自分の国ではないのでどうでもよい。だが民衆とエリートの知識力にここまで差がある米国ではどうする事も出来ないかもしれない。そう考えると、国会で野次が少ない国と野次が多い国の違いは、国民とその代表者の議員の知識のスプレッド(格差)である様な気がしてきた。

ところでその議会は財務長官のガイトナーを本日議会に呼び、昨年政府が施した救済での資金の流れを質問した。だが議会がガイトナーをいくら詰問しても結果は同じ。長官は自分は正しいと信じているのでブレない。その点は明らかにバーナンケより上だ。また議員が各論で突っ込んでも、総論としてOTHERWISE(もしそうしておかなければ)では最終的には米国民が更に困窮したと言われればそこで行き止まりである。

救済をめぐる議会と政府のやりとりはこんな事の繰り返し。だが本質は既に明白で、危機が起こる前からFED(中央銀行)や財務省という「公的」にゴールドマン等のウォール街の金融関係者をを送り込み、また危機が起きてからは当事者の一人であったガイトナーを財務長官に据えた金融カルテルの勝ちである。ロンポール議員を中心とする共和党保守派の一派はこの顛末の可能性を憂いでいた。だが結果はFEDを頂点とする、或いはそのFEDを取り込んだ金融カルテル側の勝ちである。

そして、私からすればこの現象は日本の役人の「天下り」の逆だ。個人的にこれからは米国の金融の「天上り」と呼ぶ事にする。そしてこの結果この国で起こる事は「国破れて金融あり」であろう・・。


2009年9月9日水曜日

続編、主役は豚

元々「彼」は証券マンの息子として生まれ、少なくともイエールに入るまでは金融(業)の恩恵を受けた事を認めている。しかし大学を1年で休学すると、何を血迷ったかエリートは参戦しなくてもよかったベトナムに志願した。帰国後、「彼」は映画監督という天職を選ぶ。その後自身で経験したベトナム戦争を題材にしてアカデミー賞を獲得したプラトーンを皮切りに、その後の作品には一貫して国家に対して自己反省を促すボトムラインが敷かれていく。そしてあのブッシュを題材にした「W」から1年。「彼」ことオリバーストーン監督はプラトーンと並ぶ代表作の「ウォールストリート」の続編に取りかかるという。(NY TIMES)

そもそも前作の公開は紆余曲折を経て自分が証券マンになった年だった(87年)。当時株は勿論のこと金融に疎かった自分としては、新聞を朝日から日経に代えてCATCH UPを試みた。だが当時はまだ金融業に対する違和感が残っていた。そんな折、この作品を新人の研修所で観た。素直に面白いと感じ、金融市場での金儲けを前向きに考えた。その後自身もGREED IS GOOD(強欲は善)に挑んだ。そして一敗、地にまみれた。だがそこで米国赴任となり、反対の世界に放り込まれた。そこは債券の世界だった。債券は「強欲は善」の者どもが失敗するとより明かるくなる世界だ。そして在米(債券)経験が長くなるにつれ、感覚はGREED IS BAD(強欲は悪)に戻った。結果その後の米国の大繁栄は横目で眺めているだけに終わった。

ふと考えると、この様に金儲けが下手な自分の話でも聞いてくれる人がいるのはありがたい事だ。ただそれはそれとして、続編の大筋は主役のゲッコーが実刑を終えて金融市場での復活を試みる過程で若い金融マンに関わっていくという話らしい。その若い金融マンを今度はあの「トランスフォーマー」の主役、シャイアラブーフが演じる。そしてその撮影にあたり、監督とゲッコー役のマイケルダグラスは2003年の金融不祥事でマーサ スチュアートまでも巻きんだ一大インサイダー事件の中心、インクロンの創業者WAKSAL氏と接触。氏の5年に及ぶ実刑経験から様々な情報を得たという。

そして今から新作が注目される背景は、新作では脈絡がGREED IS BAD(強欲は悪)に変わるとの話だからだ。俄かには想像しがたいが、Mダグラス自身も続編モノには出演しないというポリシーを曲げてまで出演を快諾したのは金融危機を経て米国は変わる必要があると感じたからと述べている。またオリバーストーン監督自身は前作でのテーマである「強欲社会」がここまで長持ちするとは実は想定していなかったという。監督は続編の制作を検討したものの、この作品がアカデミー賞で主演男優賞と作品賞をとる決定打となったとされる有名なシーン(ゲッコーが総会でGREED  IS GOODと演説するシーン、尚このシーンはAボウスキーのUCLAでの演説がヒントとされる)を見てWストリートを目指したと若い証券マンからエールを送られる状況が続き、時節が来なかったという。

そして終に時が来たと判断、監督は辛辣な言葉でその心境を語っている。彼はここまで続編の制作を待った理由をGLORIFY  PIGSをしたくなかったと表現した。直訳すると「豚を誉める事はしない」である。強烈な言い方だ。確かに豚の社会では旺盛に貪った豚が一番商品価値が高い。もし思いやる豚がいるならそんな豚は痩せて価値が無い。まさに豚社会では「強欲は善」である。一方でWストリートの価値観をこれまでアニマルスピリットと呼ぶ事もあった。だが失敗しても大手は救済される事が証明された今のWストリートにそんな格好いい表現はおかしい。そもそも肉食動物の頂点のライオンや狼は意味のない殺しはしないし彼らにはどこか調和する本能が備わっている。(ソロモンの指環で紹介)。それからすると、自分は救済されてもスプレッド(貧富の差)を拡大する事でしか生きられないなら、その精神は豚と同じかもしれない。


2009年9月4日金曜日

鳩山VS人工的市場主義

鳩山氏の論文に対して米国が警戒しているとの話がある。またこの話を受け「虎の尾を踏んだ」などと馬鹿げた評価を下している輩がいる。まずこの様な輩こそ米国の手先か、或いは米国の内情を知った様にみせかけて名前を売っているだけの「偽者」であると個人的には確信している。今米国は困惑の意思表示をする事で日本が躊躇すると踏んでいるのだろう。確かにこれまで日本は米国の一言に勝手に尻込みをしてきた。永らくそんな関係が続き、日本に注意を注ぐ必要が無くなった事と、小泉政権後の自民党の崩壊過程が米国の地殻変動と重なった為に対日戦略に空白が生じた。客観的に見て米国の現状はこんなところだろう。そして日本が米国の困惑に対して躊躇する事で米国は時間を稼ぐ事ができる。その間に一気に戦略を練り上げ、ソレが施行された時が鳩山首相の最初のトライアルである。

そして米国が対日戦略を急ぐ理由がもう一つある。それは二日前に中国政府が発表したとされる声明である。(添付WEB参照)内容は中国企業がこれまでに欧米の金融機関と交わしたデリバテイブの契約に関し、今後中国企業はその履行責任を負わないというとんでもない代物である。内容があまりにも唐突な為か今のところCNBCなどのMEDIAでは殆ど取り上げられていない。だが中国を頼りに米国はここまで自国の株式市場の回復を煽った。そしてその中国を重視し、米国が指導した市場原理とは距離を置くと主張する鳩山氏がとなりの日本に登場した。確かにこれは米国にとって思案の時だ。ただこの状況において仮に自分が米政権の対日戦略担当なら、米国から先に動く事はしない。なぜなら日本は民主主義の形態が確立した国だからだ。


そもそも民主主義が確立した国の政治家はポピュリズムに支配される。ならば仮にここで米国が日本に対し威圧的な態度を鮮明にすると、小泉政権後米国に対して距離を置く必要性を感じ始めている?国民を刺激する危険性がある(米国からは日本人の実態は判らないものの、NHKの番組を観察しての想像)。国民が米国に今以上に違和感を感じると、鳩山首相は更に強気に出るかもしれない。米国はそんなリスクを取るより日米にとってカギとなる中国を味方にした方がよい。なぜならいずれ日本は新旧どちらかの超大国と歩調を合わせるかの判断を迫られる立場だ。ならばその超大国同士が日本を必要しない程の盤石な関係である事を見せつければよい。米中にはその演出のメリットが十分ある。

そんな中で前述の中国の声明も日本の政変に乗じた米国への先手だったのかもしれない。中国は本気で契約放棄を強制する気はないだろうし、またソレを承知の米国も敢えて事を荒立てない。まずはG20の場での妥協で収まる筋書きではないか。そしてこの2カ国の金融市場は益々政府主導のARTIFICAILな人工的市場主義を続けるだろう。昔も今も体裁を気にする必要がない中国では直接政府が市場の方向性の号令をかける。一方で市場原理の体裁を気にする米国はFEDがGSを介してやらせればよい。いずれにせよ性悪説の根源が似ているこの二つ超大国は結局その同床異夢が明らかになるまで演出を続けられる。そして金融市場ではソレを先取りした人間の勝ちである。

(ご参考)
http://www.reuters.com/article/rbssFinancialServicesAndRealEstateNews/idUSSP
47327420090831?pageNumber=2&virtualBrandChannel=11604


2009年9月2日水曜日

日本人の本性

80年代にそれまではロシアや西域を多く取り上げてきた司馬遼太郎が珍しく米国を題材にした「アメリカ素描」という本を書いた。氏は「米国については素人の域を出ない」と断った上で、初めてじっくりと観察した当時の米国を彼流の視点で紹介していた。中でもハーバード大を訪問した際に地質学が専門の米国人男子学生と話をする機会があり、そこで話が太平洋戦争の話題になると、学生は「へえ~そんな戦争があったのですか。それでどっちが勝ったんですか」と聞いてきたという。この事から司馬氏は米国という国家が持つ多様性に衝撃を受けたという。

まあこれは司馬氏が遭遇した特殊な例にすぎない。大半の米国の子供は「真珠湾」は誰がやったかを認識しているし、また米国は戦争に負けた事はないと考えている。そしてその米国では歴史的選挙を終えた日本のこれからを各新聞はかなりの紙面を割いて分析している。ただ今のところは現象面の解説に留まり、民主党のマニュフェストの一部が米国の利益にそぐわない事を触れているものの全体としては警戒感はない。ただ今の米国はどの程度日本人の本性を知っているのかをふと考えた。

ただその前に日本人でさえも日本人の本性を知っているか疑問だ。安倍元首相は「美しい国・・」という本を書いたが、日本人が日本に抱くイメージと、歴史の中で時より日本人が見せた集団的な変節はそもそも一致しない。また今は選挙の分析が盛んだが、その中には米国で先に起こった変革と今回の日本の選挙結果を同質と受けているモノのある。だが個人的にはその分析には完全には同意できない。なぜなら変節を迎えた際の日本人は米国人より残酷だからである。

象徴的だったのは小泉チルドレンが涙ながらに最後は「情け」に訴えていたシーンである。そもそも小泉改革は「情け」と真逆の改革を志向したモノ。元々米国では「情け」を前提した戦略はないが、日本人は小泉改革に新鮮味を感じた一方で今回は情けにすがったチルドレンに冷たかった。また先日のNHK特集でも海軍のエリートが「日本人がここまで残酷になるとは思わなかった」と述べているが、実は日本ほど一旦変節するとその度合い大きい国民は少ないのではないか。そしてそれは組織なると尚更である。だが当の日本人はその特徴を客観的には殆ど認識していない。

そういえば国交復活の準備で極秘に訪中したキッシンジャーが、毛沢東に「日本(人)はこのまま起こさない方が両国(米中)とって望ましい」と述べたとされる逸話を以前紹介した。きっと毛沢東やキッシンジャーまでの時代は日本人の本質を意識した戦略があったのだろう。だが時代は変わった。日本も変化したかもしれないが米国も変化した。今の米国のかじ取りは司馬氏がハーバード大学で遭遇した学生の世代に移っている。

2009年8月29日土曜日

気のりのしない革命

海賊のドレークを擁し、エリザベス一世がスペインの無敵艦隊を破ってからヨーロッパの勢力図と英国の歴史が変わったのは周知の通り。その後七つの海を支配した英国は19世に世界の工場とも言われた。だが米国にその座を奪われてからは金融国家として生きる道を選んだ。そして今、中国が迫りくる中で米国も英国と同じ道程に入ったと考えれば今ここで起こっている現象は自然だ。その証拠に今日のワシントンポストには金融危機前と比べ、今は大銀行の支配力が格段に増している事が紹介されている。

具体的には危機以前は米国には単一の銀行がの国家全体の預金の10%以上を保有してはならないという厳格な規制があった。だが今はJP モルガン、バンカメ、ウエルズファーゴの3社の預金高はそれぞれ米国の総預金量の10%以上であり、また地銀と比べた彼らの調達コストの優位性は危機以前の8BPから今は25BPに拡大した。(低い金利で資金調達が可能)

この現象は危機を切欠にしたコンソリデーション(淘汰)の結果と考えれば当然だ。そもそも金融の世界ではその過剰な流動性を原因とした危機が一旦起ると結果的に混乱を起こした張本人が焼け太る事になるのを昔の米国は知っていた。だからその繰り返しで大陸の支配を強めた金融カルテルを見ながら、黎明期の米国には英国の辿った道程は通らないという覚悟があった。そしてその建国の父が残した伝統は中央銀行が発足した後も受け継がれ、少なくとも近年までは機能していた。

しかし100年以上を経て金融があまりにも巨大になりここまでグローバルに繋がると、そのシステムリスクという脅しを掲げられては金融批判を旗頭に登場したオバマもなす術はなかった。それが今の米国の現状である。そして今、(恐らく本人は無意識に)このまま米国が英国化すると考える人にとっては今の株価の戻りは当然と感じられるはずだ。だが素人が値動きだで米国が復活したと考えるなら、そこにはラスベガスと変わらないリスクがある。

ところで今日のWSJには日本の選挙の特集がある。そしてその書き出しは日本はRELUCTANT REVOLUTION(気乗りしない革命)に直面している言うもの。だが、そもそもRELUCTANT(気乗りしない)かどうかは日本人が決める事で米国人が決める事ではない。こんなところにも米国は現象を科学的、論理的に分析する手法にはたけていても歴史の中の意味として考える事は出来ない事が窺える・・。




2009年8月26日水曜日

男の仕事、西部劇3:10 to YUMAより

余程の西部劇ファンでなければ日本人にはあまり知られていない1957年制作の「3:10 TO YUMA」(グレンフォード主演)が昨年リメークされた。実はこのオリジナル版は米国人が選ぶ名作西部劇の上位に必ず入る作品である。そこで休日にオリジナルとリメークを見比べた。オリジナルはハッピーエンドであるのに対し、リメークは主人公が最後に死んでしまう点が若干違うが、両方ともエルモアの原作の意図した骨子は伝えていた。

話は1880年代のアリゾナが舞台。干ばつで不作が続き、生活が困窮した主人公のエバンスは偶然有名なWANTED(おたずね者)のウェイドに出くわす。そしてそのウェイドが酒場で油断しているところを保安官と協力して見事捕縛した。そこで治安担当者はウェイドの護送に保安官に加えて市民から二人の協力者を募る。その報奨金は200ドル。1880年代の200ドルがどの程度の価値かは想像力の世界である。だが一家4人、干ばつで苦境が続くエバンスにはリスクを取るに十分な金額だった。

この後話はウェイドの逃亡やインデイアンの急襲など、西部劇独特のドンパチが続く。そして何といっても原作が意図したこの作品の妙は200ドルというお金に対するエバンスのコミットの姿である。それはオリジナルでは極悪人のウェイドを誰かが護送しなければ住民が安心して暮らせないという正義感として現わされ、リメークでは不敵な笑いで200ドル以上の賄賂でエバンスの買収を試みるウェイドに対し、知らぬ間に息子が付いてきてしまったエバンスは「男の仕事」は金だけではなく、約束に対する信義も試される事を教えようとする父親の姿で描かれる。

そしてリメークでは最後エバンスはウェイドの手下に撃たれて死ぬ事になるが、護送の間にエバンスに対して不思議な友情が芽生えたウェイドは敢えてエバンスの息子に捉えられ、そのまま絞首刑が待っている予定の3:10発のユマ行きの護送列車に乗る・・。(因みにリメークではエバンスはバットマンなどの主演が続くクリチャンベレが演じ、ウェイドはラッセルクロウが演じている)

さて本日この話題を出したのは1880年代の米国には現在はFEDとして君臨する中央銀行が存在しなかった事を今一度触れたいからである。金貨を持ち歩くシーンがふんだんにある西部劇から当時の米国を想像する事には異論が出よう。だが当時既に英国やフランスでは紙幣を発行する権限を持つ中央銀行の支配は強まり、日銀でさえも1883年には発足していた中で、米国は意図して中央銀行機能を持たなかった。従って結果的に慢性的な流動性が不足する状態に置かれていた事は間違いないだろう。だが不足していたからこそ本来の貨幣の価値が保たれ、またそこに信義が宿っていたと考えるのは間違っているだろうか。

そして本日正式にオバマからバーナンケの再任が発表された今の米国はこの時代とは似ても似つかぬ世界に変貌している・・。