2010年12月30日木曜日

北島三郎の紅白(顧客レターから)

米国の投資家に向けたアンケート調査で、来年の株式市場に対する予想で61%のファンドマネージャーが強気になっていると紹介されていた。この数字が6割を超えたのは最近では2007年の秋、その前はドットコムバブルがはじける直前だったらしい(CNBCより)。ならばこの調査は完璧なまでのネガティブインデイケーターではないか(予想を必ず外す)。だが、今回もその通りなるかは判らない。理由は、米国でも国が株を買い支える事が公然の事実になっているからだ。表向きフリーマーケットを言い続けるこの国でこんな管理相場がまかり通るのは誰も経験した事は無い。ならば来年の米株の新高値更新の話は可能性として否定しない。

そんな中、日本で北島三郎が紅白歌合戦に関してNHKに意見をしたというネット記事が目にとまった。「今の若い人達の歌もいいけど、この一年頑張ってきた50代以上の人が聴きたいのは演歌だと思う。生活の歌である演歌を大事にしてほしい・・」。サブちゃんのこの言葉を聞いてうなずく中高年も多いだろう。だが演歌をしみじみ聞いている世代が世の中の中心にいる間は、残念ながらいつまでたっても日本人が自分で1990年の日経平均の最高値を更新できると考える様にはならないと断言できる。そもそも日本のバブルとその崩壊を目の当たりにした筆者自身がそう考える一人である。

だが理論的にはその断定は間違っている。そしてその可能性を改めて感じたのは、今年のNHKスポーツハイライトを見ていてだ。この特集も然り、何かを成し遂げた人の言葉には惹かれるモノがあり、毎年この番組は楽しみにしている。今年は真央とキムヨナの激闘が再びハイライトされていたが、子供の頃の記憶を思い起こしても、日本のサッカーがワールドカップでベスト16に残り、またスタイルが良い白人の特権だったフィギアスケートで日本が世界でも屈指の最強国になるとは夢にも思わなかった。だが現実にソレは起こった。

ならば日経平均があの4万円寸前まで行った興奮が再び起こる事も否定できないはずだ。だがソレには過去の経験は邪魔かもしれない。なぜならみんながその気にならなければソレ起きないからだ。つまり、北島三郎の願いとは逆になってしまうが、恐らく彼が紅白から完全に引退した頃に現実味を帯びるかもしれない話ではないか。まあ「紅白」が後ろ向くか、前を見るか。来年のNHKの対応が見ものだ。



2010年12月29日水曜日

北斗の拳の厄除け

世の中のバランスにおいて人間があまりにも安易な方向に走るとどうなるか。以前解説したように、困った時は救済してもらえる事が判ってしまった金融市場では、呼応する中央銀行の緩和政策で金融関係者の仕事は常に満たされるが、一方でリスクに晒される危険な方面には人は行かなくなる。その代表が農業だろう。近年は農業の工業化が進み、また仕事にあぶれた若者や都会の生活に疲れた人が癒しを兼ねて農業をかじるようになった。だが農業がそんな甘いものではない事は判っている。そして世界の食料の総需要はまだまだ自然の恵みに頼っている。つまり金融経済のユーフォリア(桃源郷)は常にとんでもないインフレ(多すぎるマネーの自滅)のリスクをはらんでいると言う事だ。

そしてこのリスクを意識した頃から米国ではそんな未来像に警告を与える映画が立て続けて公開された。例えば2009年の「THE ROAD」や2010年の「THE BOOK OF ELI」。この二つの映画の共通は初っ端から「北斗の拳」の世界が展開される事。そして登場する人間はマネーの残骸(道端に散乱する紙幣) には目もくれず、食べモノとしての人肉、(THE ROAD)や水(THE BOOK OF ELI)を求めて暴力の限りを尽くす。そしてそんな世紀末も人間にもう一度希望を齎すモノが「聖書」(BOOK OF ELI)と「親子の愛」(THE ROAD)というオチ。

ハリウッドの役割からしてこれらの映画は「厄除け」である。近未来の惨状をイメージさせ、実際にはならないようにする効果だ。だが昨日、そんな映画や漫画の役割を台無しにする悲しい話を聞いた。それは米国との国境に接するメキシコの町での事。人口8000人のこの町では近年警察官が次々に麻薬マフィアに殺され、ついに今年は警察官が誰もいなくなった。そんな町に現れたのが28歳の勇気ある女性だった。彼女は怖気づく男どもをしり目にたった一人で危険な職務に立ち向かった。だが先週からこの女性警察官も行方不明になってしまったという。

統計では今年の米国内の警察官の殉職数は140人だという。一方アフガン戦争での米兵の死者氏は800人。140人の殉職が多いか少ないかは日本人には想像できない世界か。だがまだこの程度で収まっている間は米国も幸福であるという事は確かである。




2010年12月28日火曜日

生命第一主義国家のガス抜き

米国では何事も概ね3カ月で結果を問われる。決算もテレビも3カ月先しか予定は入らない。ところが「坂の上の雲」は3年がかりで放送する。昨日やっと旅順の海戦が始まり、退屈だったドラマが盛り上がってきた。ところが何と次の「二百三高地」の放映は一年後だという。バカな。よく考えてみよ。このドラマを見ている高齢者も含めて、3年間かけて一つのドラマの完結を迎える悠長な国は少ない。逆に言うとそれだけ日本は乱世や死を前提にしていないと言う事ではないか。

評論家の西部邁氏は、死ぬ事の価値を前提にした「武士道」と「葉隠」を題材に、「日本人は戦後命を賭ける程の最高の価値を見つける構えを全て投げ捨て、何よりも命が大事で通してきた」と評している。なる程この解説は見事。そして同氏は今の日本を「生命第一主義国家」と一刀両断にしている。予算の都合で3年になった説も考慮しても、NHKは今の日本人の感覚を代弁している。では日本以外に真の意味で「生命第一主義国家」国家はあるだろうか。

ソレを見極める一つの基準は徴兵制度。ただ米国の様に、徴兵制度はなくとも社会の格差を維持する事で、常に一定の人員を軍に引きよせる仕組を持っている国もある。いずれにしてもその国が「生命第一主義国家」かどうかは、平時にその国の仕組みに常に「命」に対して値段があるかどうかではないか。日本には病気や事故を確率ではじき出した生命保険の価格はあるが、先代の福田首相が「人の命は地球より重い」と言った頃からか、日本は「武士道」からは最もかけ離れた国になった。

ではなぜ今の日本で広瀬武夫や龍馬なのか。彼等の死から日本人は何を感じたいのか判らない。日本の閉塞感をこの国から眺めた2004年、NHKが「坂の上の雲」を遂にヤルと聞いて踊り立った。確かにこれだけの俳優を揃え、これだけの準備で臨んだドラマは国家的プロジェクトと言ってもいい。だが何か違う。未だに小沢問題をやっている異常さに疑問を抱かない日本人の感覚は、坂の上の雲が「生命第一主義国家のガス抜き」である事を示唆する・・。




2010年12月24日金曜日

願い事と環境

年末になるとテレビは特集を組むが、40半ばになってもテレビで育った本性は変わらず、この時期はチャートよりPCで録画したテレビ番組を観る事が多い。だがそれでもそれなりの発見がある。今年の発見は、年末の米国は、クリスマスと重なるためか、特番は重苦しいモノはない。その殆どは来年はどんな年になるかの未来志向の観点である。一方日本は来年よりもまず今年を振り返る。反省すべきを反省し新年を迎えたいという区切りを大事にする。そんな中、今年は日本のテレビ界で際立った存在がいた。俳優の香川照之。彼は今年は「龍馬伝」で難役岩崎弥太郎を演じ、また「坂の上で雲」では正岡子規を演じるという大車輪の活躍だった。そして、彼は年末にもう一ついい仕事をした。それは松田優作のラストデイズを追うNHKの特番だ。

我々の世代に松田優作の解説はいらない。バカげた話だが、大手米系を辞めた時、もし将来自分だけのオフィスを持つ事があったら、三船敏郎と松田優作のポスターを壁に飾りたいと考えた。理由は当時この二人がハリウッドで唯一認められた「個の日本人」だったからだ。大昔米国入国の際に税関で「スピリッツ(酒)は?」と聞かれ「YAMATO魂なら持っている」と答えたという三船。彼は黒沢とのコンビでサムライを米国に植え付けた。そして、役を取るか、命を取るかの決断で、あのリドリースコットとマイケルダグラスを唸らせた松田。この二人は「米国のポチ」としてしか生き残ろうとしない日本への自分の挑戦の象徴だった。

松田優作は香川に「タイプは違うがお前は俺のようになれる」と言い残して死んだと言う。そしてそのラストを追う香川。判ったのは「東大卒の俳優」という肩書だけではなく、香川は実に深い男だった。もしかしたら役以上に深い。彼はずっと父親を知らず、25歳の時に初めて父親に逢いに行ったら、「あんたは僕の子供じゃないから。あんたを捨てた時から僕の人生は始まっている、だからもう来ないで」と、実父の三代目市川猿之助に言われたという。

結局香川は松田がなぜ自分にそんな事を言ったの結論は出せなかったが、彼が感じたのは「環境が人を創る」という点。ただそこで生まれる人間の個として巨大なエネルギーは、時に悪い方へも振れるという。香川は自分の中にも感じるそのエネルギーを、歌舞伎の血でありながら歌舞伎ができない己への怒りがコントロールしている。そして在日として下関の遊郭で生まれ、父親が判らないまま育った松田優作の強大で強烈な個を導いたのは、彼の「父性」へのあこがれだったのではないかという。これを凡人の自分にあてはめるなら、今の自分の環境に甘んじたままでは来年へのどんな願いもかなう可能性は少ないと言う事だろう・・。



2010年12月22日水曜日

ミネソタの男

ミネソタ州の人は自分達を米国で最もMODERATEと表現する。このMODERATEという言葉は穏健、控えめ、と言う意味だが、どうやら彼等は「我慢強い」と一番言いたいようだ。確かにミネソタの冬は寒い。一方短い夏もそれなりに内陸の特徴を持っている。まさに「アメニモマケズ」の世界だ。だがそのミネソタ経済は今も昔も堅調である。そしてそこにある野球チームがツインズ。そのミネソタの地に日本の野球人として初めてロッテの西岡選手が行く。大都会で日本人も多い海岸沿いの人気チームではないツインズで西岡選手がどう活躍するか。同じ日本人して注目している。

そしてそのツインズとシカゴのホワイトソックスはアリーグのライバル。昨年一昨年と、ソックスとツインズは最後まで地区優勝を争い、ソックスが優勝した年もレギュラーシーズンは互角だった。それゆえツインズの動向を気にしているソックスファンから早速筆者に西岡についてのチェックが入った。「イチロー級だよ」そう答えると、筆者が福留を然程評価しなかった事を覚えている彼は何とも言えないうめき声を出した。

ではツインズはなぜ強いのか。今でこそ大リーグを代表するマウアーがいるが、伝統的にツインズはスターのチームではない。選手獲得に大金をかけないところは大昔の広島カープ。だがその広島には山本や衣笠いた。ツインズはその意味でアメフトのバイキングスよりも地味でまたバスケットボールのティンバーウルフよりも常に好成績を残す点で最もミネソタらしいチームだ。

話は変わるがそんな中で日本では「坂の上の雲」がいよいよ佳境に入ってきた。先週の御前会議のシーンは歴代の大河ドラマの主役がそれぞれ重鎮役で一堂に会した重厚なシーンだった。この後の展開は二百三高地から奉天と日本海海戦のクライマックスに流れ込むはず。そこで一つ指摘しておきたい。前述の明治天皇の元で元勲が最終決断するシーンは、分解すると龍馬が活躍した維新からの薩長のOB会である。そして英雄視されるこの時代の帝国陸海軍も、山本-東郷の薩摩海軍ラインと、児玉-乃木の長州陸軍ラインの派閥争いに、秋山兄弟が絡んでいるにすぎない。よって、言い換えれば「坂の上の雲」は歴史の教科書に出てくる彼等の列伝になってしまうの当然の成り行きだ。だが世界史の観点で絶対に見落としてならないのは、厳しい自然の中で鍛えられた東北の兵士ではないか。司馬遼太郎もその事実を少しだけ触れている。小説では双方で60万が激突した世界史上稀に見る奉天会戦で、児玉が引いた正面の主力軍は東北出身者の部隊であり、3月の奉天では「南国」薩長のサムライの威勢の良さよさだけではどうにもならなかったとしている。

話をツインズとミネソタに戻すと、筆者が其処から感じる強さは、まさに「坂の上の雲」でもさらりと触れらただけの寡黙な東北人の強さである。英語で言うとMODERATE。そして時代を前後した欧州戦線では、ロシアの冬にナポレオン軍ももナチスヒトラーも勝てなかった世界史と比較すれば、名もない東北の男の強さはもう少し「坂の上の雲」でも特筆されてもよかったと考えている。まあそれは司馬遼太郎の仕事ではなく、宮沢賢治か藤沢周平の世界かもしれないが・・。



2010年12月21日火曜日

戦略とサーカス(顧客レター)

昨日のNYジャイアンツ対フィラデルフィアイーグルスの試合は衝撃的だった。レギュラーシーズンも終盤、地区優勝を争い8勝4敗で並んでいた都会の人気チームの激突は注目されたが、試合は第4Qの残り8分からイーグルスが21点差をひっくり返して劇的な幕切れとなった。

そして何よりも衝撃だったのはイーグルスのQBのマイケルビックスの動き。ジャイアンツからすれば彼の動きは規格違反だったろう。なぜなら彼の動きはアメフトのQBのポジションにバスケットボールのマイケルジョーダンが入っている様なモノだったからだ。

無論ビックスの動きはルール違反ではない。だがこの試合の彼の動きは、これまでのアメフトの試合で米国人がQBの動きとして許容してきたイメージを遥かに超えていた。言い換えると、アメフトにおける戦略が米国の組織論を代弁できるとするなら、QBがこの様な動きをすれば試合には勝つが戦略は成り立たない。つまり其処にあるのは戦略ではなく、マイケルビックスという並はずれた運動神経を持った黒人プロスポーツ選手のサーカスである。

何となくこれで判った。なぜ5年ほど前に彼が逮捕されたのか。彼はアトランタの黒人QBとして華々しくデビューしたものの、動物愛護法違反だった闘犬を趣味にしていた事が発覚逮捕された。そして入獄、その間にアトランタから解雇され、20億近い契約金を棒に振った。その後自己破産を経て再起を窺う彼を雇ったのはフィラデルフィアだった・・。

スーパールーキーから入獄、自己破産・・そこからの復活は真にアメリカンドリーム。ただアメフトという国家の基本カルチャーの常識を揺るがしかねない彼の活躍に一抹の不安を感じる・・。

蜘蛛女と鉄女と餌男と肥男

カマキリや蜘蛛の中にはメスが交尾後に体の小さいオス食べてしまう種がある。そう言えばあの「セカンドバージン」での「金融王子」はそんな生命力の薄い終わり方だった。(あれでは金融庁が怒る?)そしてNHKに出演した脚本担当の女性の雰囲気は真に蜘蛛女の迫力。(悪い意味ではなく)。ただ金融王子然り、日本の女性の社会での躍進は心強い一方で、現実社会でも生命力が薄い日本男児の迫力はやはり問題か。

そんな中で冬のスポーツの人気度はその国のカルチャー出ると何度も紹介している。米国のアメフト、欧州圏のサッカー&ラグビーに対し、日本は駅伝の人気がここまでありながら、女子はともかく男子は瀬古や中山そして宗兄弟が2時間8分台で激闘を繰り広げてから20年も経っているのに、この10年、マラソンで2時間10分を切ったのは二人だけだという。男子マラソンの世界記録が2時間3分台に突入した中、サッカーや野球の球技が躍進しても、マラソンが勝てない間は日本の躍進はないだろう。

ところで、下のサイトは米国の「鉄の女」メレデイスウィットニーが出演した昨日の「60ミニッツ」だ。彼女は地方債を米国が抱える問題としては住宅に次ぐ最大の問題として取り上げている。CBSの司会者は「ではなぜ政府もWSもこの問題を黙殺するのか」という単純な疑問を隠さないが、黙殺しているのではなく、政府には考える余裕がなく、またWSは救済になれば自分は儲かる事が判っているので何も言わないのだろう。

そして地方の財政問題を先送りしない姿勢が評価され、あのコーザインを破りNJの知事になった共和党のクリスティー知事。彼はこのビデオの主役。そもそも彼とバージニア知事の補選が共和党躍進の切欠だったがこのビデオを見ても一目瞭然、彼は州民に緊縮を訴えるならまず自分の体型を見直した方が良い。共和党的と言えば共和党的。もし彼のあの脂肪が意志ではどうにもならない病気ではなく自己管理の延長でがついたなら、どんな緊縮財政の演説をしてもあまり効果があるとは言えない・・。

http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=7166293n





2010年12月17日金曜日

GIVE AND GIVE 映画の様な現実

この国に暮らし最近判らなくなったのが、ハリウッド映画と現実社会の境目である。元々米国はハリウッド的な社会だ。つまり厳粛よりも未来に向かっての夢を語る事でその発展を現実化してきた。だが今回金融危機後の経済の回復が鈍化すると、FEDはバランスシートを縮小する公約を変え、一気にQEと呼ばれる量的緩和にかじを切った。そしてその金融政策だけでは選挙に勝てない現実を突きつけられると、今度は世界に向け米国が呼びかけていた各国の国家財政の改善を自らここに来て無視、自国の財政健全化を棚上げし、金持ちへの減税の延長と、失業者や貧困層への救済の延長という「GIVE AND GIVE」の政策へ傾いた。結果、金融機関のレポートは一斉に米国経済の成長率を上方修正するところとなり、株価も上がった。

だが考えてもみよ。これらはすべて金融危機を招いた原因を正すための政策をことごとく途中で諦め、再び快楽を追求するだけの世界に舞い戻っていると言う事。そして、直前の正論があまりにもポーズだけの白々しい結果となったため、長年この国に住んでいる筆者も、何が現実問題で、何がハリウッド映画の夢の世界なのか判らなくなったのである。ただこの新たな「ハリウッド映画」が盤石に続くと言うならその世界に浸り続けたいのが本音。敢えてここで興ざめするような野暮な話はしたくない。だが、途中で現実に引き戻されるなら今度こそそのギャップはこの国にとって命取りなる。そしてその米国に盲目的にコミットする日本はどうなるのか。

そしてもう一つ、ハリウッド映画と現実が混在する話がある。それは今年のゴールデングローブ賞ーに複数の分野でノミネートされた「ソーシャルネットワーク」だ。これはFACEBOOKの創設者のマークザックバーグを描いた作品。彼は現在26歳で7000億円の資産を持つとされるが、それは彼が保有する非上場のFACEBOOK株を現在の米国株式市場のEPS(収益率16倍)で類似批准評価して事。そして今このFACEBOOK株は非公開市場で盛んに取り引きされている。従業員などが、公開時の利益狙いのヘッジファンドに売っているのだ。

こんな現象はバブルの頂点でもあっただろうか。そして考えてみれば26歳で7000億の資産はビルゲイツでも成し遂げられなかった快挙だ。確かにFACEBOOKは凄い、3人の子供は皆がその世界に浸っている。だが90年代に人類の労働生産性の次元を変えたあのマイクロソフトよりも早いスピードでFACEBOOKの価値があると言われも、それが現実なのか、映画の世界の話なのか、筆者には正直いって区別がつかない。


まあこれも過剰流動性の中でそのマネーが行き場を求めているのだろう。そんな中、今日本でも話題の本「TOO BIG TO FAIL」を書いたニューヨークタイムスの記者が言った。「今の米国市場とその関係者は全員が自分たちはサバイバーと表現する。つまり災害を生き残ったような感覚で、まるで彼らは被害者だったような理屈。そして誰もREMORS(良心の呵責)を持っていない。これでは「TOO BIG TO FAIL]が繰り返されるのは時間の問題だと・・

2010年12月16日木曜日

今年の顔 (顧客レター)

今日上院を通過し、今週中に下院を通過するとされる減税パッケージは、日本の投資家はその詳細を見ない方がよいかも。なぜならこのパッケージはブッシュ減税の延長ばかりが話題だが、付随されたEARMARKも膨大なら、また所得減税以外、例えば5Mの価値を持つ住宅への固定資産課税の凍結など、これまで話題ならない「甘さ」がとんでもない量で含めれている。これだけの「甘さ」があれば、金持ちに元気が出ても当然だ。それをデフレ信仰の日本勢が米国債買いで支援する事は、冷静見れば自殺行為。さすがに日本の債券投資家も「米国がここまで自分に甘い」とは思わなかったのだろう。だが米国からすればこれが自分達は「絶対に日本にはならないと言う意思表示」。つまり日本は米国にとって悪のサンプルでありながら、その米国が日本をBAD SAMPLEとして踏み台にする条件(金利低下)をこれまで盲目的に支援してきた事になる。そしてこの構図に気づいた日本が反対を向く時、おそらく米国は今まで以上にFEDを使ってその流れを止めようとするはず。FEDは米債投資家がこれ以上ダメージを受けないために何でもするだろう。後はソレがWORKするかどうかである・。尚TIMES今年の顔は、FACE BOOKのマークザックバーグとなった・・。



2010年12月15日水曜日

去る男、来る男 (顧客レターから)

危なかったが今日株が最後までプラスを保ったのはGEのおかげだろう。GEは増配を決定したが、GEの洗濯機を買い直す事にした我が家も僅かながら貢献をしてしまった。

ところで、FOMCの結果を確かめながらバーナンケが出た「60ミニッツ」を思い出した。彼は「いざとなればFEDは15分で利上げが出来る。インフレをコントロールする事への自信は100%だ」と語気を強めた。本当だろうか。

そもそもバーナンケは元々インフレ目標値を標榜していた人。つまり、もしかしたら彼は相場的なモノに対して嫌悪感があるのかもしれない。そして2008年の危機直前の「住宅市場は健全」発言など、バーナンケは「予想する」事に関して全く正しかった実績がない。

その人が「インフレを100%コントロールできる」と言っても、市場が信用できないのは実は無理もない事か。ならば債券市場の苦難は自分の予想を上回る可能性を覚悟しなければならないかもしれない。

さて、今日を最後にFOMCからホー二ングが去る。そこでNYTIMESはホー二ングの特集を組んだ。彼は以前ここでも触れた様に、アイオアで生まれ、中西部一筋の人生を歩んで来た人。そして紙面が新たに伝えたのは、FED関係者には珍しく、彼はベトナム戦線にも従軍していた事である。FED関係者のヒストリーは概ね頭の中に入っているが、ホー二ングに従軍経験があったのは知らなかった・・。

そもそも今のFEDなどは学位はあっても甘やかされたベービーブーマー世代の集まり。その殆どが東海岸出身者で占められ、同じところで生まれても議長時代のボルカーの様な狂犬は誰もいない。そんな中でホー二ングは異彩を放った。考えてみれば当たり前か、彼は中西部の生まれである。

その中西部の穀倉地帯は今でこそ「グレートプレーンズ」と言われるまでになったが、入植が始まった19世紀中旬は、インデイアンに襲われるは、コウロギの大群に襲われるはで、とても人間にやさしい環境ではなかった。そしてあの寒さ。この日曜もミネソタバイキングスの本拠地のドームの屋根が崩壊した様に、何よりもマザーネイチャーの力に人間が逆らう事が出来ない場所だ。

結果、入植が始まっても、19世紀の終わりまでに東海岸から着た人々の60%は入植を諦めて返ってしまったという。つまり、今その地域で生まれ育った人々は、その環境を生き抜いた人々の孫やひ孫達である。彼等にとって何が大切か。それは言うまでもない。甘やかされた人間が小手先の手段で取り繕ってもそれは続かないという自然の力、万物の原理が教える市場原理である。

そのホー二ングは、「回復過程は長く苦しいモノ。急いではいけない。その意味でバーナンケ議長は悪魔に魂を売った」とまで言った。国益を理由にそのバーナンケ議長を操っているのは東海岸の金融カルテルであるのは現実として正しい。ただそれも国家としては多数決が優先された結果。その構図は日本で言うと沖縄とそれ以外の差に等しい。だがホー二ングが去ってもバーナンケへの攻撃は終わらない。今度はあのロンポールが金融サブコミッティーの委員長としてやってくる。

ただサブコミッティーの立場は弱い。そこの委員長より、コミッティーのランキングメンバーの方が実際の法案審議には有効だろう。その意味でロンポールは上手く棚上げされたのかもしれないが、もし他の議員が皆でロンポールを支えれば、新コミッティー委員長のバッカスも無視はできない。来年はこの国の分裂模様がどうなるか、眺めるには面白い。だがFEDの事をよく知らない投資家は大変だ。自分が本当にFEDの事を知っているかどうか、まずは整理してみる事を勧めたい。






2010年12月14日火曜日

日米(経済)同盟

日米安保を特集したNHKスペシャルの4回シリーズが終わった。最終回は討論だったが、こんな時に必ず出演していた岡本某が出演していなかった。親米一筋の彼がいない分、討論はこれまでこの様な堂々巡りとは違った終わり方をした。つまり、参加者全員が米国に頼るのではなく、日本が自分で考える時に来ているという点で一致たのだ。そして、このシリーズで知ったのは、あまり意識しなかったが、「日米安保」はあの印象薄い鈴木善行総理の時代にいつのまにか「日米同盟」に格上げされ、それが中曽根から小泉時代に日本人に違和感なく浸透したという事実だ。

確かにこれまで無意識だったが「日米同盟」は「日英同盟」とは違い、条約としての「日米安保条約」がいつの間にかなし崩し的に「同盟」に発展していた事実を理解するのは重要だ。そして近代になり、冷戦が終わると日米同盟は意味を変える。ここからはNHKの討論から離れるが、日本が無意識に同盟の強い枠に組み込まれたのは、軍事より実は「日米(経済)同盟」の方ではないか。アーミテージ氏は「同盟」とは「お互いの為に血を流す事」と言明したが、実際には軍事同盟として日本はイラクに参加者したものの、血を流す協力したのは(経済)同盟の方である。

今回の様に金利が急騰するリスクも承知?で米債を買い支え、また不条理な円高では輸出企業は泣きながらリストラを断行した。そして日本はいつの間にか毎年3万人が自殺する社会になった。日米同盟の結果としての戦闘では日本人は誰も死なないが、市場経済の敗戦では多くが死ぬ。無論市場原理からすると「死」は悪ではないし、何も米国だけに押しつけられた結果ではない。だがこれからの労働市場を支えるべき世代、また年金を負担する世代にが死に追い込まれる社会は経済の面でも損失である。そして日本人にこの本質を気づかせない様にしてきたのが、軍事面で日米同盟を殊更強調する風潮である。

討論の主役だった寺島実朗氏は「日米安保」は途中から本質が変わり、冷戦後は「マスコミも含め、日米安保で飯を食う人々によって乗っ取られた」と表現していた。この視点は筆者の主張と重なる部分が多い。筆者は冷戦後、クリントン政権は日米安保条約が変質した「日米同盟」を利用し、実際は日米経済同盟から日本が自分では抜けられなくなる仕組みを作ったと考える立場だが、クリントンの院政が誰の目にも明らかなオバマ政権はその二番煎じを狙っている。

たが時代はそれを許さないかもしれない。なぜならオバマ政権は実際に日本に軍事作戦への参加を要請する様になった。これは日本を起こす(覚醒)する事に繋がりかねない危険な賭けで、本来民主党政権下の米国が理想とする姿ではない。(共和党政権下は日本の自覚を促してきた)

ただまだ先は長い。番組で紹介されたNHKの国民調査では、日本の自立を支持する層が確実に増える中で、まだ12%が軍事力を持たず、外交だけで世界平和に貢献するべきと答えている。それが可能なら何も苦労はない。この層に地球の現実を浸透させるためには、アイドルが主演する明治維新の大河ドラマでは限界がある。それこそメディアの地道な努力が必要だろう。そしていつの日か精神的な自立が近づいた時、日本はデフレ信仰からも脱却しているはずだ・・。




2010年12月11日土曜日

裸の金融王子

昨年からNHKはどうして「坂の上の雲」を一気に放送しないのか疑問だったが、どうやっても小説には勝てない間伸びしたドラマよりも、話題の「セカンドバージン」の方に興奮するのは自分だけだろうか。主演の女性も魅力的だが、相手役の若者を「金融王子」とした演出はなかなか興味深い。

彼は将来を嘱望された金融庁の若手エリートでいながら、コモディティーと株を一つの口座で取引出来ない日本の古い縦割り行政に反発。役人を辞めて自分自身でネット証券を立ち上げる。偶々90年代に個人的にも同じ課題に現実問題として直面した。それだけにどんな結末になるのかも含め、いつの間にかドラマに嵌ってしまった。

確かに話題のベッドシーンはこれまでのNHKからすれば挑戦だ。そして男と女のドロドロした葛藤の描き方は、民報のソレを上回る迫力がある。だがそんな中、ドラマの本筋とは無関係ながら全体のストーリーには重要な薬味のようなセリフが突然登場した。まず、違法の可能性を承知で、合併を画策するライバル企業の会長の個人資産管理会社の買収劇を検察に責められた際のやり取り。

「金融庁にいたら偉くなっただろうに、なぜ役所を辞めてネット証券なんか立ち上げようと思ったんだ」と迫る担当検事。それに対し金融王子は「日本経済を活性化するためです」と間髪入れず応える。そして検事は「日本経済を再生させるなら、皆が汗水たらして働く価値を、再認識する事ですよ。金を動かす事で儲けるなんて虚業に過ぎない、そんな事で日本を再生しようなんて考えが間違いなんだよ。」と、最後は役人として侮蔑感をぶつける・・。

そして最終回を控えて、主人公の女性の上司の出版社社長が言う。彼はそれまで金融王子が書き下ろした相場関係の本で儲けさせてもらった立場だ。ところがドラマの終盤、それまでの商売人に徹した軽妙なセリフから、突然部下の主人公の女性に直言をする。「あの男はダメだな、(裁判の)公判を傍聴したけど、地に足が付いていない。君の様な出来る女はああゆうガラスの様な男を守りたくなるんだろう。しかし、国民の金融資産を投資に回せばみんなが豊かになるなんて言う理屈はとんでもないよ。頭の良すぎる人間の机上の空論だ・・」。

中年の男として、メロドラマを楽しんでいる時に、いきなり日頃の自分のコメントに引き戻された妙な感覚に戸惑った。一体このドラマは何だ。NHKは何か意図しているのだろうか。まあなんであれ、NHKが敢えて裸のリスクを取った点は評価したい。

ところでそのNHKは、遂に日米安保を4回シリーズで取り上げた。個人的にはこの効果を見守りたいが、今から思えばこの60年代の日本はエネルギーがあった。そして、近年は本来おとなしい国民性のタイで暴動が頻発している。そんな中、終に英国ではチャールズ皇太子の車が英国の若者の怒りの矛先になった・・。

日本 タイ 英国。戦後この三国は多少政治が混乱する事はあっても、王室の絶対性を堅持することで国家のLEGITIMACY(国家の正当性と統率の序列)が揺らぐような事はなった。その意味では極めてソブリンリスクの少ない国だった。(近年はソブリンとソルベンシーが同じ意味で使われ過ぎ)。だがどうやら世界は少しずつ動き始めた。

ただそんな中で2008年の金融危機は名実ともに終わったとしたい米国。頭の良い米国人はソレが無理な事を本当は知っている。しかし大半の市場参加者は、そんな世界の動静は他人事と思っているはず。

彼等が金融ゲームに没頭するだけで世界を考えるなら、ソレがいかに愚かな事か、それ程遠くない未来に証明されるだろう・・。






2010年12月10日金曜日

白物家電の不思議

先週家の洗濯機が壊れた。そこで新品を買うかそれとも修理するか、1週間かけて考える提案をした。結論はその後に出すとして、その間は洗濯物は手洗いである。同意しない妻をなだめつつ、自分の洗濯は自分でする事は、高校生になるまで利便性を当前として育った子供の教育上必須であると説得した。しかしその一方で昨年の乾燥機に続き簡単に故障するMADE IN USAに怒りを覚えた。そこで改めてこちらのブランドをチェックすすると、冷蔵庫や洗濯機といったいわゆる白物家電はSEARSでもBEST BUYでも買えるが、その殆どがMADE IN USA ブランドである。残念ながら日本ブランドはゼロ。そして韓国ブランドも目にする事は殆ど無い。結果的に我が家のキッチンはGE商品、そして洗濯機と乾燥機はMAYTAGだが、どれも5年で壊れた・・。

そもそもなぜこの分野に日本のブランドが進出しないのか不思議。もしかしたらGEという国策企業が耐久消費財を作っている分野では、長持ちする日本のブランドは参入出来ないのではないかという疑念が生まれた。そして金融大国米国の技術力の弱さがまざまざと証明されたのがその金融での話。QEを断行しているFEDは実際は銀行に直接クレジット枠を与え、世間が象徴的に批判する紙幣のプリントはしていない。だが紙幣には寿命があり、来年から新しい100ドル札が順次導入される事になっていた。ところが、日本では20年前に導入された偽造防止様の特殊な色付けを何重にも施す機械がこの国はなかった。FEDが使った印刷マシーンはその要求に応えられず、紙幣が途中で折れ曲がってしまい、来年早々に市場に出す予定で印刷した分が全て不良品になったのである。

つまり架空の過剰流動性で金融市場を浮上させたはいいが、そんな安易な方法でしか経済を活性化できない米国の技術の劣化は実際にマネーをプリントする段階になって障害を齎している。笑い話の様な顛末。だが、物は造るモノではなく消費するモノ。米国は世界経済発展の為にモノを大切してはいけない構造にあまりにも長く置かれ過ぎたのかもしれない。自分の下着を洗濯する羽目になった子供には、何とかその事は教えたい・・。




2010年12月9日木曜日

野球とベースボール

日本の野球では、何処かのチームで選手が球団からの1億円の提示を「高すぎる」として自ら辞退した記事が出ていた。仮に同じ事が米国で起こったらどうなるか。恐らくベースボールをデフレという暗黒の世界に引きすり込むとして、この選手にはバッシングが集中するだろう。

そんな中、日本人には理解しがたいベースボールの強欲システムに巻き込まれた楽天の岩隈。彼は「サバサバした」と応えていた。その通りだ。野球でもこれだけ違う日米の感覚。米国のベースボールはスポーツとしては日本人が考える健全で最高の場ではないのかもしれない。ただその様な社会の価値観と人間性の違いを利用し、当然のごとく日本の資金が米国債に流れ込む仕組みを構築した米国。日本が世界の中で賢く生き残る上で、今回の米国金利の上昇は貴重な経験だろう。


再出発の前途

昨日で筆者の中では2008年の金融危機に一定の区切りがついた。背景はCITI。この米国最大手の銀行が絶頂期と言われた2000年の頃、筆者は日系大手証券からこの銀行のNY本社に転籍し、そしてシカゴ勤務の命令を受けて日本機関投資家向けに金融の先物オプションの業務を始めていた。

だがルービン財務長官が経営陣に加わった頃だろうか、同社の構造に違和感を覚え、同社の崩壊を静かに感じ初めていた。そして、幸いにもビジネスが軌道に乗ったのを確認した2002年、このタイタニック号を降りた。その時の株価は44ドルだった。

その後米国は住宅市場のピークを迎え、それに伴って株は上がった。だが、一旦崩れ始めると、沈没は想像を超えるスピードでやってきた。結局リーマンは無くてもいい存在だったのだろう。だがCITIの規模は別格だった。統合のやりくりではどうにもならず、米国は国家でCITIを抱えた。

この様に、政府の救済で生き残ったとはいえ、筆者にとってCITIは米国の資本主義と市場原理の敗北の象徴である。だがGMに続き、昨日米国はその象徴を再び市場に戻した。国家が保有していたCITI株を売り切ったのだ。そして本日はAIGについても米国は来年には株を再び市場に売り出すと発表した。

一方昨日バーナンケFRB議長は、テレビで「米国経済はまだ独り立ちできている状態ではない」と明言した。この発言は、FRBの超緩和策への批判をかわすためのものだろう。だがならばなぜ政府はそこまで急いでGMやCITI、更にはAIGの株を市場に戻すのか。この余裕の無さに今の米国の危うさが見える。

いずれにしても、ここからのこの銀行の運命がどうなるか、再び心の中で注目している。TOO BIG TO FAIL(大きくてつぶせない)の象徴でもある同社は、今後の米国を占う上で丁度良いサンプルになるだろう。

2010年12月8日水曜日

役者の心得

出勤間際、日本のニュースで市川海老蔵の記者会見が流れていた。思わず見入った。一言で言うとさすが歌舞伎俳優。真実はともかく、直立不動の体躯と乱れのない眼差しからの語り口。まるで歌舞伎の世界に引き込まれたかのような会見だった。

こなると真実などはどうでもよい。この感覚はその昔クリントンの贖罪記者会見をTVで見入った時に感じたモノと同じだ。そして別のニュースでは、海老蔵を殴ったとされる人物の怪我の治療をした医者の証言があった。そこからは一体誰が悪いのか判らない疑念が生まれた。

ところで「悪人」であるウイキリークのアサンテ氏は英国当局に自分から飛び込んだ。その行動は石田三成を思い起こさせる。三成は長年の怨念から自分に直情的な怒りを向けた福島正則等から逃れる為、本当の敵である家康の懐に自分から飛び込んだ。家康はその立場から彼らの喧嘩に加担する事が出来ず、三成を助けざるを得なかった。

英国も米国の同盟国、だが英国にはアサンテ氏を応援している人もいるだろう。ならばアサンテ氏は最後まで英国に助けてもらえる可能性はある。一方米国や日本のメディアは彼を弁護する事は出来ない。中国も別の意味でアサンテ氏の様なメデイアの使い手を応援する事はないだろう。

そして米国では善悪が演出力で決まるケースがこれまで以上に増えた。言い換えれば、実社会とハリウッド映画の境が判らなくなったという事である。ならば皆が役者の心得を体得しなければならない。










2010年12月4日土曜日

忘れ去られた需要

今週末は子供のサッカーの試合がメンフィスである。よって早々に仕事は切り上げ、その準備をしなければならないが、夜に出て渋滞を避けたとしても、車で10時間はかかる距離だ。正直先週ニューヨークまで行ったばかりで気が重い。おまけに今晩から中西部は雪だ。だがこれも仕方がない。他に選択肢がない。実は米国には日本人があまり知らない欠陥が存在する。それは米国では日本や欧州では当前の高速鉄道網が全く整備されていない事である。

そもそも米国の鉄道は南北戦争時に北軍の物資輸送の目的と、ゴールラッシュで活気あふれるカリフォルニアの需要に応えて大発展を遂げた。恐らく19世紀の半ばにあれほど整備された鉄道網は世界のどこにもなかったはず。そしてこの鉄道がなければ、カーネーギーも鉄の為にあれほど大きなリスクを取らず、またロックフェラーが油田を次々に買収したところで運べなかった。バンダ--ビルドはその意味では彼等の可能性を引き出した米国タイクーンの中興の祖と言えるだろう。

だが、これほど輝かしい歴史の米国の鉄道は、その後極端に役割を縮小していく。逆に言うと、それだけ米国の航空網と自動車の発展が目覚ましかったのだろう。今では米国で最も早い高速列車の最高速度はせいぜい時速200キロ前後。そして実際は115キロ前後でボストンからニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCを走るのみ。理由は列車の性能はもう少し早く走れるものの、それを支えるレールがバンダービルドがアムトラックを創設した頃と変わらないからだ。

そんな中、今日は中国の高速列車が時速500でキロ以上の世界最速で来年から稼働する話が出ている。ならば世界標準との差において、米国がここまで遅れている現象は他に例があるだろうか。圧倒的に世界に先駆けて発展したはずの米国の鉄道は、今や世界標準からは骨董品である。これではシカゴからメンフィスまでの列車の移動時間が、車よりも3時間も余計にかかるのは仕方がない。

だが、だからこそ米国が本気でここを整備するなら、30年代のロックフェラーによる都心大改造や、フーバーによるダム建設に近い本物の需要が生まれるはずだ。そして、その可能性に気づいたオバマ政権は高速列車網の整備を先の景気刺激策の中に入れた。だがその予算は僅か80億ドルである。今の米国には、高速列車の車輛を造る技術もなければ、新幹線の様なシステム基盤もない。だが、これも金融市場に麻薬を流す効果しか考えられなくなった国家の宿命だろう、このれ程のチャンスに僅か80億ドルの予算とは・・。

これではあまりにももったいない、バンダービルドが墓場から怒っているだろう・・。




2010年12月2日木曜日

過ち(失策)への褒美

常々米国は北朝鮮問題で「No reward on bad behavior」という表現を使う。これは過ちや失策の愚行に対し、決して褒美をやってはいけないという決意だ。まあ正義を重んじるなら当たり前の事。だが、はたして米国はこの決意を国内で実践できているのだろうか。

本日FEDは、金融危機の際に、どの銀行にどんな救済をしたのか、これまで発表された以外の詳細を発表した。これは議会から強制されたモノ。FEDは好んで公開したわけではなかった。

そもそもあの救済は正しかったとしても、救済を受けた人が高給を復活させた上になるべく税金を払わない画策した結果が中間選挙の側面である。ウォール街の金融マンは、救済を受けるとすかさず何十億のボーナスを要求、国民は当然のこと、政権とFED関係者もはらわたが煮えくり返る思いでその要求を受け入れた。なぜなら彼らを機能させないと株が下がり、事態がさらに悪化すると判断したからだ。つまりこれは脅されて、彼らの我儘を飲んだのである。だがそれは金融の犯した過ちに対し、褒美をやったに等しい。

バブル崩壊後の日本経済は、技術力で何とかここまで頑張り続けた。だが、米国には金融以外に経済が回復する手段がない。日本の銀行が80年代のバブル発生と崩壊の責任をいつまでも背負わされているイメージがあるのに対し、米国は国民のモラルに問題が起こるのは承知の上で、これからも実利を優先するだろう。しかしそれには副作用が必ず伴う。

その副作用は経済成長の鈍化と共に突然社会の表面に現れる。今の時代、それが内部告発やリークとしてインターネットに流れる。まあ考えてみれば自業自得。だが国家としては、国家に非を認める事は出来ない。そんな事をしたら更に国家がバラバラになる。だがこれも「右肩下がりの民主主義」か。元々雑多な人間が豊かさを求めて集まった国で正義が綻び始めるとどうなるのだろう。

昔チャーチルは「米国の民主主義は遠回りする事もあるが、最後は正しい場所に行きつくシステムだ」と言った。だがその原理が健在かどうか、個人的には確信は持てない。



2010年12月1日水曜日

錆びた街の傍観者

サンクスギビンの休日を挟み、シカゴから車でニューヨークまで行ってきた。時速120キロの走行で片道約12時間の旅は、インデイアナ、オハイオ ペンシルバ二アの「RUST BELT」(錆の地帯)と言われる嘗ての米国のモノ作りの中心を遡る道程だ。カーネギーの鉄がフォードの車になるまで、1960年年代までの米国の脂と汗がしみ込んだ地帯がどんな空気なのか、以前より興味があった。だが高速道路からの眺めだけでは何かを感じるまでは至らなかった。ただ一つ発見したのは、ハドソン川の西から見えたマンハッタンは、見慣れたイーストリバーの東からの眺めとは何処か違った事。以前CNBCの英国人キャスターが、「ハドソン川から西は景色が違う」との表現を用いていたが、ニュージャージーはマンハッタンに同化した川岸エリアを少し西に入っただけで、そこには「RUST」に近い「鉄錆」の雰囲気が漂っていた。それに比べればイーストリバーから東、ロングアイランドにはマンハッタンの景色を織りなす人々が住む場所がある。90年代、駐在員時代に住んでいたポートワシントンには特殊な地区があり、「華麗なるギャツビー」の舞台でもある超富裕層にとってはそこからのマンハッタンの夜景は彼等の特権であり一部だった。いずれにしても、多くの日本人が知りえる米国の情報のはハドソン川より東の人々が見た米国の世界。ならば時間に余裕がある人は、マンハッタンから車でハドソン川を渡って西に行ってみるのもいいだろう・・


ところで、ちょうど一年前、オバマ政権は憲法で認めれている「事実を発表しない」権利を発動した回数が、ブッシュ政権の8年間の総数を上回っている事を紹介した。元々この政権が発足した時から外交は聖人君子のオバマを冠し、実際は仮面を被ったクリントン政権下のベテランが脇を固めている言ってきた。(例えばルース大使が見せた涙など)だが、こんな形でその実態が公になるのは流石に政権も予想していなかっただろう。そんな中でWIKILEAKのアサンテ氏は次のターゲットは米銀大手と言明、結果米銀の一つ二つは崩壊するだろうとの予想までしている。これにはさすがに政権も動揺した模様で、1917年に整備されたESPIONARGE ACTでアサンテ氏を刑事告発するプロセスに入る構えを見せている。相場を傍観する立場としては面白くなってきたが、米国の同盟国の多くがこの問題は刑事事件ではなく政治問題と考える(ワシントンポスト)中で早速コメントを発したのが前原大臣だ。だが大臣の発言には誤りがある。アサンテ氏は嘗てはハッカーとして情報を盗んだかもしれない。だが今WIKILEAKが流そうとしている情報はその殆どが内部告発によるものだ。内部告発が横行する事態。実はこれが成長が終わった右肩下がりの民主主義の側面であり、米国が直面する最大のリスクである。その本質をすり替える大臣のコメントは、米国の窮地を承知の上で米国の味方をしているのか、あるいは勝手に勘違いしているのか。これは日本人にとって大きな差となろう。

そんな中で再び傍観者の立場で言うなら、中央銀行が自分で国債を買っている米国と、限界を理由に金利が上がる欧州は、どちらもピークは過ぎているとしても、本来はどちらにまだ健全性が残されているのだろう。そもそも欧州は人種と宗教が入り乱れながらが長年かかって今の形態に行きつた。その長い歴史からすれば一瞬である「今」に投資家がパニックになるのもどうか。それよりも米国の民主主義は前述の例も含めてこの国の歴史でも初めて直面する事ばかり。言い換えれば、筆者には欧州の落とし所はその歴史からすればまだ想像可能、だが一方の米国については17年も学んだつもりでもここから先の米国の落とし所は全く見えない。ならば傍観者の立場からは中央銀行の買い取りに残高をぶつけて歴史的な高値圏である米債からおさらばするのが本来は安全な判断に思える。だがそれはせず、更に米債を買い増している国があるとしたら、その国はかなり米国に精通し、筆者には見えない米国の将来に確信があっての事でなければならない。仮にどこかの国がその確信もなく、横並びと思考停止の場当たりの結果として米債投資を続けているとしたら、実はその国の国債が歴史的には一番のリスクという事になるだろう。まあそんな国はないと信じたいが。




2010年11月30日火曜日

三猿

NHKの「龍馬伝」が終わった。視聴率は思った程ではなかったらしい。年初のコメントで、「今の日本に必要は龍馬にあらず」としたが、竜馬の描き方はその人間性の魅力に軸を置きながらも、彼がいなくても時代の流れは決まっていたイメージをにじませた事を評価したい。そして重要な脇役の幕末の四賢候の一人、山内容堂を演じた近藤正臣を見ながら私的な事実を思い出した。それは自分にとってのメディアの威力。正直に言うと、まがりなりにも自分が歴史に興味を持った切欠は、大昔の彼の大河ドラマでの演技が切欠だった。

昭和40年代自分にとってメディアはテレビだけだった。それもNHKが主体。その環境下、親が見ていた大河ドラマを自然に受け入れた。そして9歳の自分が見た最初の「大河」は「国取物語」。その最終回、高橋英樹演じる織田信長の本能寺での自決シーンと、その信長を裏切った明智光秀役の近藤正臣の脇腹に暗闇から突然竹やりが刺さるシーンは一生モノになった。今でも明智光秀役は近藤以外には評価に値しない。そしてこの偏見が戦国時代を起点に日本史への探究心に代わり、以後歴史が持つ意味は今の仕事を通して拡大していった。

その意味で今の子供を見ると複雑な心境になる。彼等はありとあらゆるメディアに埋もれている。パソコンのYOUTURBEに興じる長男と二男に、そこからどんな刺激があるのか聞いた事がある。他にも多様のデジタルメディアを使いこなす彼等からはの反応はなかった。膨大な情報に漏れる現代社会では、ほっとくだけでは子供が探究心を育てるのは難しいのかもしれない。学校の宿題は無難にこなしながらも、彼等が歴史に興味を持っている様子はない。

そしてメディアといえば、政権は平常心を装っているが、WIKILEAKが米国に与えたダメージは甚大だ。なぜなら米国がいくらWIKILEAKを非難しても、情報が米国人の手で内部から漏れた事実は変わらない。これは諸外国は無論のこと、国内の不満分子に対しても今の米国のグリップの弱さを象徴している。ただリークで馬鹿にされていた事が明らかになった他国のリーダー達がこれで反米になる事はないだろう。なぜならリークの量は膨大でも、今のところ広まっている情報の質は低い。裏を返せば米国はニューヨークタイムスには敢えてWIKILEAKへのアクセスを認め、本当の危険なその意味で質の高いリークには庶民の注目が当らないようにしている可能性を感じる。

だが、そんな事はせずとも今の米国人はこの種の話題にあまり興味を示していない。隔世の感だが、70年代前後の米国は、アイゼンハワーの時代に生活が豊かになっても、また共産主義の脅威に晒されても、国家の正義や人権運動に人々が関心を寄せていた。それだけメディアも骨太だった印象だ。だが、その時代の多感な学生は今はベービーブーマーとして現実に直面している。そして今の彼等には「太った豚か、痩せたソクラテスか」の議論は不要になった。なぜなら彼らは少数の太った豚か、大多数の痩せた豚に行き着いてしまったからだ。つまり90年代のクレジットブームと世界経済のスプレッド消失は、米国を痩せたソクラテス不要の国にした。(清貧に象徴されるデフレ社会の否定)

いずれにしても、世界の潮流がここまで明確では、通常のメディアが運ぶ情報に本当の緊張感は乏しい。それは殊のほか経済ニュースでは顕著だ。ギリシャ アイルランド ポルトガルと主役がころころ変わる欧州も、先進国はどこも最後は救済に落ち着き、また中国が乗り出した以上は、本質は小学生が予防注射の順番待ちをしている喧騒に似ている。また国際政治の緊張も当事国に死ぬ覚悟がないなら不測の事態とは内部崩壊のみだろう。ならば相場にあるのは危機ではなくチャンス。つまり先進国はどこも過剰量流動性の現実がまずあり、最優先の金融市場ではマッチポンプを必要としていると割り切る事が可能である。

ならばそこでのメディアの役割とはなんだろう。今の米国庶民が己の消費力の向上以外に興味がないとするなら、そこでのニュースはCNBCの女性キャスターのごとく騒々しく派手なだけで、庶民が求める本質は「見ざる 言わざる 聞かざる」なのかもしれない・・。




2010年11月25日木曜日

魂のない皿

昔、道場六三郎が言っていた。「食材としての七面鳥は下等、だから好んで使う事はない・・」。鶏より脂がなく、雉よりもコクがないこの生き物を、米国では様々なソースで食べる。その起源は有名なメイフラワー号に乗って英国から米国に渡った新教徒。最初の冬を超えた半数が、大陸で生き残る術を教えてくれた原住民への感謝の気持ち現わしたディナーが始まりと言われている。

この話は前にもしたが、彼等は米国に渡った最初の英国人ではない。彼らよりも15年先に、ジョンラルフ等の先駆者がバージニアに渡った(ジェームスタウン)。そして、英国人に5年ほど遅れてオランダ人がマンハッタンに入植を開始した。コレ等が米国大陸への移民の初期の3大潮流である。そして特筆すべきは先駆者の特徴がそのまま今に引き継がれている事。英国よりも先に金融の仕組みを知り始めていたオランダ人は金融の街としてのマンハッタンにDNAを残し、そして煙草を栽培して金儲けをしたいという目的がはっきりしていた貧農民のジョンラルフは、バージニアの煙草産業の基礎を造り、その流れは南部のプランテーションへと拡大していった。

ではメイフラワー号の人々は何を残したのか。まずは冒頭の七面鳥ディナー。サンクスギビングはその名の通り「感謝する気持ち」が特徴である。想像するに、初期の3大潮流の中でも最も北にあるプリマスの冬は厳しかっただろう。だからより感謝の気持ちが生まれたのかもしれない。だが忘れてはならないのは、メイフラワー号はピューリタンという宗教色の強い集団だった事。彼等は当時の新宗教の中でも「安易な快楽を禁じる」事で有名だ。つまり、戒律に厳しい新国家建設を願った彼等と、快楽の延長の煙草で金儲けを企んだラルフは全く違う志を持って大西洋を渡った。

そして400年後の今の米国でどちらの魂が生き残ったかは言うまでもないが、ジョンラルフが原住民の酋長の娘(ディズニー映画になったポコハンテス)と結婚し、現地にとけ込んだの対し、己に厳しく、他人や自然に感謝する一方で、大義のためには死を受け入れるピューリタンは時に好戦的にもなった。この違いは原理原則を守る過程では他を犠牲にする今のTEA PARTYと、実利を優先する現代社会の常識とのズレにも匹敵する。

そして実利が慢性化した先の社会がどうなるか。それは米国では麻薬がより多くの州で合法化の流れにある事も然り、究極は今日のCNBCでの話題だろう。本日CNBCでは、インサイダーの合法化が議論されていた。終にここまで来たか。FEDのQEに違和感がなくなり、ドナルドトランプ氏が大統領選を窺うのが不自然ではない今の米国では、金融市場でインサイダーが法律違反で無くなることは自然である。 

まあサンクスギビングの魂が消えた今の米国には相応しいテーマだろう。







2010年11月23日火曜日

名誉の背景

映画「ブラックホークダウン」では、後にメダルオブオナーを受ける二人のデルタフォースが、墜落した2機目のブラックホークの乗員を救出に向かうシーンがある。空からでは乗員の生死は不明。1000人を超える市民が襲いかかる中、躊躇する司令官に対し、彼等は志願して降り立った。たった二人で瀕死の仲間を守る彼ら。しかし手持ちの弾丸が尽き、終にモガディシュー市民の容赦ない弾丸は彼らを貫いた・・。

ピューリッザー賞を取ったMボーデンのドキュメンタリーを、限りなく現実に近く再現したこの映画でも、この二人の戦死のシーンは映画の山場だ。そして、この二人がベトナム戦争後途絶えていたメダルオブオナーの対象になった事は、偶然にも米国赴任の飛行機の中でこの戦いを特集したタイム誌に衝撃を受けた筆者としては、その後のアフガン イラク戦争を通して米軍の現実を探るインセンテイブになった。

ただ本日、その流れからすればあまりにも奇異なシーンに遭遇した。奇異なシーンとは、ベトナム戦争以後では初めてとなる生きたままメダルオブオナーの勲章を受けた兵士が、本日CNBCに登場したのだ。

サルバトーレギンタ軍曹は終始強張った表情のまま「自分以外にも埋もれたヒーローは大勢いる」と主張した。

ギンタ軍曹の名誉を傷つける意図は全くない。だが今回の彼の授与と、ソマリアで戦死した冒頭の二人。またアフガンイラク戦争で戦死した直近の3人のメダルオブオナーでは相違点がある。まずは授与までの時間。その場で戦死した5人の受賞者は、授与が決定されるまでにそれほどの時間がかからなかった。だがギンタ軍曹は美談から2年が経ての突然の受賞。これには本人が一番驚いた様子が彼自身の言葉の端々に出ていた。

オバマ大統領から直接メダルを授与された際のスピーチでも、「自分のストーリーは誰かが偶々ワシントンまで伝えただけで、もっと多くの勇気ある行動は埋もれたままだ・・」と主張していた様に、強張った笑顔の裏で本人はこの名誉を消化しきれていない様子が出ていた。

似た様なシーンはクリントイーストウッドの「父親たちの星条旗」やHBOの「パシフィック」の中のシーンにもある。そこで描かれたのは、本人の気持ちとは別に、国内事情で米国という国家がヒーローを必要とした当時の時代背景である。

ずばり、彼の受賞が美談から2年後に唐突になされた背景には同様の思惑を個人的には感じる。だがなぜCNBCにまで出るのか。ギンタ軍曹は軍や政権の命令に従っているだけだろう。だが彼と、彼の怒りにも近い真実の主張の横でへつらうCNBCのレギュラー陣の組み合わせはあまりにも奇異だった・・。




2010年11月19日金曜日

カジノ屋の決断

その昔地方で証券営業をしていた頃、好んで新規開拓をしたのがパチンコ店だった。オーナーの多くは日本人ではなく、同僚の多くが怖がって近寄らなかったが、ホテルの仕事で人には慣れていた自分としては怖いとは思わなかった。そしてその地区で最大手のチェーン店を展開する韓国系のオーナー兄弟に対峙する事が出来た。当時50代の兄弟は帰化はしていなかったものの、地元では既に名士として認められ、名門「和合」のメンバーでもあった。

結果的にこの兄弟からは30億程度の資金導入に成功した。残念ながら儲けさす事ができなかったため付き合いは繋がらなかった。だが彼等はからはある重要な事を教わった。それは「パチンコ屋はパチンコをしない」鉄則だった。こちらでこの鉄則を思い出すのはドナルドトランプ氏を見る時だ。昨日はCNBCが彼の特集を組み、そして本日再びCNBCに出た彼は、噂の政治家への転身が本気である事を認めた。

そもそも多くの日本人は彼の本質を知らないかもしれない。トランプ氏はあの風貌と派手なパフォーマンスから、一代で富を築いた「山師」の様に思われがちだ。だが、本当は「斉藤道三」ではなく「織田信長」である。つまり二代目。彼には不動産で成功した父親がいた。後を継いだ彼は、80年代の不動産ブームに一旦は頂点に上るものの、90年代の初頭は大苦境に陥る。

この話は前もしたが、モデルで後継者であもる娘のイバナがドキュメンタリー番組で告白したのは、父親が外では絶対に見せなかった苦悩。彼女が9歳の頃、莫大借金と離婚問題を同時に抱えたトランプ氏は、自宅の5番街のトランプタワーの土台に居座るホームレスを見て、「彼は少なくとも今の僕より8000億は金持ちだ。なぜならトランプタワーに座っている」と漏らしたという。

父親が何を言っているのか判らなかった彼女が、当時のトランプ氏のバランスシートが8000億の債務超過だった事実を知ったのはずいぶん後になってからだという。そして苦境を乗り切った彼は再び輝いた。だが彼はそんな中で「軌跡は二度起こらない」事を知っていた。そこが「桶狭間」をその後の戦で絶対にしなかった信長と似ている。つまり、カジノ経営者の彼にカジノ感覚は存在しないのである。

そして、筆者が「パチンコ屋はパチンコをしない。」の言葉を思い出した頃、彼はビジネスモデルを転換した。自社ビルを次々に売却、一方で他人の資産にはトランプの名前をどんどん貸し、ビジネスをバランスシートからFEE(手数料)に変えた。そしてNBCでは超ヒットシリーズに育ったAPPRENTICEシリーズを始めたのである。

そして今、APPRENTICEシリーズはドイツでも始まった。地味なドイツとトランプ氏の派手さの組み合わせは番組に奇妙な雰囲気を醸し出していた。ここでも彼には莫大がFEEが入る。だが、彼は金融危機で下落した商業不動産には全く興味がないという。もし彼が正しいなら、この国は厳しい事になる。だがその近未来の米国への危機感からだろうか、彼は本気にで大統領選への可能性を探っている。恐らく、カジノ経営の全てを知っている彼からすれば、これ以上米国という国家がカジノ化していく様を黙ってみている事が出来なくなったのだろう・・。







2010年11月18日木曜日

熱く語れ

昨日の日本のニュースでは管総理が答弁に立っていた。総理いわく、「現在日本は歴史的な分水嶺に立っている。ここはこの国の命運を掛けた決断が必要だ。」「完全に開かれた日本に向かい、貿易の自由化も達成しなければならない・・。」この間総理は1度目も目線を上げず、TV画面からも下書きをまる読みしているだけなのが明らかだった・・。

90年代の事でよく覚えているが、帰国した際に偶然国会答弁を見た。そこでは長銀問題の「瑕疵担保条項」で、米系ヘッジファンドの言いなりになった自民党政権に食らいついていた野党時代の管直人がいた。当時、ややこしい瑕疵担保問題の本質が判る議員が日本にいた事に素直に感動した。

だが時代は変わった。確かに日本は歴史的分水嶺に立っている。そして日本は命運を掛けた決断が必要だ。そこも激しく同意する。だが、それだけの決断を一国の総理が国民に訴えるなら、誰かの下書きを棒読みするのは止めてほしい。それがあの官直人なのは尚更寂しいではないか。

そもそも政府関係者は今世界がどうなろうとしているのかの状況判断が出来ているのか疑問だ。批判あっても外務省はそれなりの情報を持ち、専門的分析もしているだろう。だが肝心な最終決断は誰がするのか。そこは優秀な役人が相対的に苦手とする相場感である。

そして、両面があるTPPの議論はここではしないが、冷静にみて心の底から完全自由化を言う国は米国以外どこかがあるのか。どこも自分に有利な駆け引きを前提にしており、あれだけ米国に恩がある韓国でさえ米国が怒る事を承知で建前と実態を使い分け初めている。

いずれにしても、日本が全てを理解した上で米国に同調するならそれもよし。だがそれは総理が棒読みするのではなく、世界情勢に疎い平均的日本人も今の世界を説明した上で、坂本龍馬の様に熱く語るべきだろう。





2010年11月17日水曜日

YOUTUBEの最高傑作

http://www.youtube.com/watch?v=PTUY16CkS-k&feature=player_embedded




2010年11月15日月曜日

本当の次のテーマ <資本主義の二大潮流>

下に添付したのは、米国で中間選挙が終わり、APECやG20などの国際会議を前にした11月9日付けの顧客レター<次のテーマ>である。だが、昨日のコラム<韓国の裏切り>でも示したように、ここでの韓国に対する自分の考えは間違っていた。そして、日曜日のNHK特集(灼熱アジア)を見て、本当の新しいテーマが何かが見えてきた。


<次のテーマ>11・09 顧客レター

中間選挙とQEに飽きた金融市場は次のテーマを探している。だが候補の?欧州危機セカンドバージョン(アイルランドの財政難)のインパクトは迫力に欠け、このまま年末年始の休みモードに突入しても驚かない。そんな中、各国がFED批判を公然と始めたG20は本来はもう少し面白くなってもよいはずだ。だが仕切るのが韓国では米国を窮地に陥れる役割は演じ切れないだろう。韓国は中国型の国家主導資本主義も厭わない一方早々に対米で完全自由貿易に賛同した国。こんな矛盾が可能なのは言ってしまえば韓国が小国だからだ。まあ尖閣と円高で思考が止まったかのような日本からすればうらやましい限りだが、G20 はバトンがフランスに渡る次からが鉄火場になろう。既にサルコジは全ての前例とタブーを超えて新しい通貨の枠組みを造ると豪語している。経済の実力では完全にドイツに敗北したフランス。この国は知る限りカール大帝とナポレオンの時代を除いては全く戦争で強かった実績がない。だがどんな時でも勝ち組に席があるしたたかさは実力以上に己を重要に見せるタイミングの取り方が絶妙だからだろう。サルコジもその伝統は知っている様だ。


ところで米国は中間選挙が終わり共和党が次の作戦を練っているところ。全体感は、勝った勢いで財政問題に強硬に出て失敗した94年の反省から慎重である。そして彼等の懸案はやはりTEA PARTYの処遇だ。選挙の結果TEA PARTYを自認する下院議員は60人前後、上院でも2人が入った。だが上院選はビルクリントンの予想は正しく、TEA PARTYは結果的に共和党の足を引っ張った。なぜなら予備選で現職議員や実績のある穏健派を打ち破ったTEA PARTYの候補は民主党の逆襲に敗れたからだ。(ネバタとデラウエア)。そしての最たる結果がアラスカ。アラスカはTEA PARTYを引っ張るサラぺイリンの地元。ここでは現職だった共和党の女性候補者が予備選でTEA PARTY候補に敗れた。だが本選で彼女は無党派でそれもWRITEIN候補者として立候補しどうやら最大の得票を得てしまった。(WRITEIN候補者とは、投票用紙の名前がなく、投票者は自分が推す候補者の名前を書く・・)

この現象からも共和党のリーダー(ベイナー下院議長 カンター下院多数派総務 マコーネル上院少数派総務)は選挙には勝ったがソレが全て共和党への信認になるとは考えていない。そして金融市場が注目するは下院の金融委員会の議長ポスト。ここは2006年からバーニーフランクが仕切った最重要ポストである。60人のTEA PARTY議員の6割はFED廃業に賛成だが、さすがにロンポールが議長になる事はなく有力なのはバッカス氏。だがTARPに賛成した彼に対して反対する意見も多く対抗馬としてカリフォルニアのロイス議員が挙がっている。実は共和党内でのこの勢力争いは2012年の大統領戦に向けて最も注目に値するところ。

そもそも東海岸の一部共和党やバッカス氏などは民主党よりも親ウォール街である。だが彼等は共和党の主流ではない。近代の大統領選ではこの地区から立候補した共和党の候補者は予備選さえ勝ち抜けない。(一番典型的なのはネルソンロックフェラーと前回のロムニーだろう。そして、東海岸出身の共和党大統領はセオドアルーズベルトまで遡るが、彼はサウスダコタ色が強い)つまり、これから米国が本当に共和党色を望むなら、その時は奇異なサラぺイリンでも、ウォール街の番人でもない、別の誰かが共和党を率いているはずである・・。

そして本当の次のテーマとは何か。それは今日の顧客レターで示そう。

< 資本主義の二大潮流 >11・15顧客レター

さて、2年を待たずオバマ政権の首席補佐官を辞し、昨日地元のシカゴで市長選への挑戦を正式に表明しただったラム マニュエル。そこで彼は精いっぱい力説した・・。「僕の政策は必ず有権者全員の利益に繋がる。だが、その前に今の困難を克服する為、全員が負担をシェアしなければならない・・」。後半の部分を言えずCAHNGEとYES WE CANだけが独り歩きしてしまったオバマ政権。凋落する今のオバマ政権の惨状はそのしっぺ返しである。政権中枢でその失敗を目の当たりにしたマニュエル。だが、彼のストレートフォワード(剛直さ)地元のシカゴで受け入れられるかどうか、その保証はない。

そして外交で傷ついたオバマを癒した日本。その日本では、土曜日と日曜日にNHKが秀作ドキュメンタリーを流した。灼熱アジアシリーズだ。土曜日は2億の中流層が、金利の概念がないイスラム金融から、お金がなくてもモノが買えるクレジットに戸惑いながらも市場金融に目覚め始めたインドネシアでの攻防。みずほコーポレート銀行と三井物産の日本勢に地元の銀行や英国資本が絡らむ。そして日曜日は、既に80兆円産業の中国の環境ビジネスに楔を打った韓国勢と、その分野で優れた技術を持ちながら韓国に後れをた日本の違いが何かを示す秀作だった。

いずれにしても、このドキュメンタリーを米国から見た感想は「羨ましい」である。感じるのは実物経済が真に灼熱のアジアのエネルギーと、モルヒネを打ちながらの末期の金融ゲームに興じる米国のあまりの違い。そして今の世界経済には純粋な資本主義は既に存在ぜず、中国圏を中心にシンガポールや韓国などが脇を固める「STATE CAPTALISM」と、衰退した先進国の「SOCIO-CAPITALISM」が混在している。

ならばその中で日本はどうするのか。シリーズはまさにこの問題を提示していた。そして答えは既に見えた。それは、日本政府の援助なしに孤軍奮闘した大阪の中小企業の社長が番組の最後で得たヒント、また三井物産本社から現地企業の社長に派遣された若手社員が語った自信の中にある。彼は、宗教的にも中立、そして国際情勢で敵を造らない日本はインドネシアでのビジネスでチャンスはどんどん広がると確信していた。ベトナムも然り、日本の中立性はやはり武器だ。だが問題は日本人がソレを使いこなす覚悟だろう・・。


2010年11月13日土曜日

韓国の裏切り

そろそろオバマは日本に到着しただろうか。ただ今回の訪韓はオバマ個人というより、米国の大統領の訪問として転換点となった。ここでも取り上げた様に、ブッシュ政権から引き継いだ韓国との包括的自由貿易協議は、米国内では既にDONE DEALの扱いだった。ところがここにきての韓国の離反。この事がオバマ政権に与えたダメージは計り知れないものがある。

今回の米国首脳によるアジア訪問は、早々のFEDへの批判が示す様に、対米批判を露骨した中英独など、最初からG20全体からの成果など期待するべくもなかった。だが、日本とは別の意味で「属国扱い」だった韓国との協議は別。その韓国からも裏切られたオバマ外交に対しワシントンポストの論調は厳しい。

そもそも米国は朝鮮戦争で4万人もの犠牲者を出して韓国を守った。そして今の北朝鮮との関係を考慮すれば韓国は米国にとって最もレバレッジを持っている独立国でなければならない。それにもかかわらず韓国にまで離反されたオバマ政権を、今日はワシントンポストまでも見限った様な表現だ。

そして韓国が4万人なら、米国は第二次世界大戦で30万人弱を欧州戦線で犠牲にした。その欧州は米国に助けてもらないながら心の底から米国に感謝した事はあるのだろうか。それからすれば、米国にとって日本は何と素晴らしい国だろうか。

太平洋戦争での米兵の死者は10万。だが、原爆を落とされ上に300万人が死んでも、日本人の米国への義理は消えない。今頃オバマは日本という国の存在のありがたさを身にしみているだろう。



2010年11月11日木曜日

無責任な責任論

休日で日本のニュースを見ていて、日本社会の特質を再確認できた。それは、尖閣の映像流出の一連のニュースで、「責任」という言葉が異常な回数で登場した事。政治責任 監督責任 現場責任・・。ありとあらゆる人が ・・責任を叫びながらも、どこか迫力には欠けていた。

言い換えればこれも平和国家の象徴か。なぜなら本当に窮地に追い込まれた国家では、責任論がはびこる余裕などはない。そこにあるのは存亡の危機の緊張感。その意味では再び始まる「坂の上の雲」で、日本海海戦の当日、東郷元帥の「皇国の荒廃この一戦にあり・・」がどういう状況で生まれたか。もう一度感じるのもいいだろう。

そして責任論が流行るもうひとつの背景は、日本の社会が漫然とTOO BIG TO FAIL(大きくてつぶせない)を受け入れている証拠である。日本人の文化からしてそれが悪いとは思わない。だが国際社会との競争の中で、国家としての判断を迫られた時、ソレができるリーダーが育つにはあまりにも不毛な土壌だ。

考えてみれば、これまで米国の成長を支えてきた市場原理とは見事な仕組みだった。社会は個人の野心を認める一方で判断を間違えると市場原理は残酷だった。そして結果的にそこで生き残るリーダーの判断力が鍛えられた。それを実感するには筆者の仕事は丁度良かった。そこではローカルズやシカゴ筋と呼ばれる個人投資家が、取り引き所のフロアーを舞台に過剰流動性の中で優位に立つ大手投資家に立ち向かっていた。

自己資金のローカルズは生死を賭けた戦場での真剣勝負をしていた。だが救済される事が証明された大手は心理面で優位に立った。彼等の勝負は防具をつけた剣道の大会か、せいぜい木刀での道場破りの世界だ。つまり最悪のケースでもクビなればよい。結果シカゴ市場では伝統的にマーケットメークを担当してきたローカルズが弱体化した。そして今マーケットメイクはコンピュータのシステムが担当する。それは現物株も同じだ。

この市場の変貌が語るように、米国でも市場原理の時代は終わろうとしている。ならばこの国も、国民の不平不満は無責任な責任論で置き換えられる時代が始まってしまうのか。そのような時代になると、民主主義はそのスピードと迫力で全体主義には勝てないだろう。結果、国民は自ら民主主義を捨てる。それがワイマールの理想が敗れた後のドイツだった事は言うまでもないが・・。

2010年11月10日水曜日

バナナ共和国

ウォール街のエコノミストと一線を画し、その冷静な経済分析には定評があるシカゴのビアンコリサーチ社のジムビアンコ氏が興味深いレポートを出した。彼は米国の年間の所得層をA:600万円以下 B:6000万円以下C:$6億円以下に分け、今回の中央銀行の金融政策で彼らの生活がよくなるかを試算したのである。

ビアンコ氏によると、年間所得が600万円以下の大多数の米国人は、これまで通りの住宅ローンの金利低下の恩恵は受けるものの、既に始まっている原料高(石油、綿、穀物)をメーカーが価格に転嫁するのは必定で、そうなると結果的に彼らの生活は苦しくなるという予想を出した。そして年収6000万円以下ではそこそこ恩恵が上回り、圧倒的に恩恵を受けるのは現時点で金を持っている年収6億円以下の層という結論だった。

このビアンコ氏の意見に対し、ウォール街を代表してリーマンからバークレイズに移った債券アナリストのイーサンハリス氏は反論を出した。彼は全ての層に隔たりなく恩恵があるという考えだ。ハリス氏は以前筆者がTV東京のモー二ングサテライトで米国金利のコメントをしていた頃、前のコーナーでいつも筆者とは違った意見を言っていた。当時の勝率は筆者の方が高かったと自負しているが、結果はその内判るとして、今回もビアンコ氏の方が正しいと筆者はみている。

ところで、バーナンケ議長はビアンコ氏の様な意見がある事は、仲間でありながら政策に異を唱えるホー二ング総裁を通しても既に承知している。それでも米国の総人口の2%以下のBとCの階層を救いに行くベネフィットの方が、大多数のAを犠牲にするコストよりも国益上では効果がある判断したと再三に渡り説明している。

そんな中ニューヨークタイムスのコラムには興味深い記事があった。同紙は中央銀行による救済処置の正当性を最も主張するノーベル経済学賞のクルグマン博士の牙城である。博士は中央銀行の救済も財務省による財政拡大もまだまだ足らないという意見だ。だがその一方でビアンコ氏が正しい場合、結果として最も苦しむ階層であるAの庶民の味方をするコラムを本日堂々と載せた。

支離滅裂とはいえ、オバマ政権の広告塔になってしまったワシントンポストに比べ、同紙はまだジャーナリズムの本質を守っている。そしてそのコラムで書かれたのは、米国も終にニカラグアやベネズエラと同じ「バナナリパブリック(共和国)」の仲間入りをしたという皮肉である。

そもそもバナナリパブリックとは、国家経済をバナナ等の一次産業に頼り、人口の1%未満の高所得層が国家利益の20%以上を独占する中南米の国家をさす。この表現は民主主義と資本主義が健全に働いていた頃の米国の作家が小説の中で用いた侮蔑的な表現である。

ただ米国はベネズエラのような大統領に権力が集中し、民主主義の制度において中途半端な共和国ではない。その状態で国民の財布の数をベースにした多数決では、中央銀行の政策は大多数の庶民を犠牲にし、少数の金持ちを更に金持ちにする事で経済学上の数字を上げるという矛盾を抱えている。

ならばこの矛盾が噴き出さないための条件は二つある。まず最初にベネフィットを得た1%の金持ちが、「トリクルダウン効果」と呼ばれるすそ野までその効果を下す義務を達成する事だ。中央銀行はコレが達成されると期待している。さもなくば、新たに選ばれた共和党議会が中央銀行の今の政策をひっくり返すしかない。

いずれにしても、既にバナナ共和国でありながら、一方で完全な民主主義国家でもある米国。時にその状況は政治の不安定要因になる。そんな国で矛盾を引きずると、最後は返って非民主的で悲劇的なシナリオが待っている可能性がある・・。 

NYTコラム (http://www.nytimes.com/2010/11/07/opinion/07kristof.html?_r=1&src=ISMR_HP_LO_MST_FB




2010年11月9日火曜日

世界最大の民主主義国家

そう言えば、オバマは大統領就任後から立て続けにワシントンで各国の要人との会談をこなしたが、ホワイトハウスでの最初の公式晩餐会は、インドのシン首相夫妻を招いてのものだった。そして今、インドを訪問中のオバマ大統領は、インドを国連安全保障理事会の常任理事国に推薦するなど、相変わらずインドに特別気を使っている。

これはインドが民主主義国家としては世界最大の人口を誇る超大国である事実への敬意だけでなく、実は似た者同士で既にステークホルダーの補完関係が出来上がった米中関係と比べ、米国は対インドでまだ完全にエッジを握っていない事の証明だろう。ただ今回オバマは米企業のインド内での大量採用と引き換えに、ボーイングが絡む大型案件をインドに売り込む使命もあるらしい。

いずれにしても、ここまで米国がインドにへりくだっていては、インドの仇敵であるパキスタンと米国との関係は修復不可能か。米国は既にアフガニスタンからの撤退を表明している事からも、パキスタンはインドの敵としてではなく、中国の属国としてこれからは米国は対処するのだろう。だがそん中でも米軍や多国籍軍の無駄死には続き、何よりも地元住民への誤爆も終わらない・・。

ブッシュ時代への反動もあり、オバマ政権と民主党はこれまでイラン以外には決定的な敵を造らないでいた。その政策は今のところ国際社会の批判に晒されてはいない。だがここまで米国の外交に軸が見えないと、そのUNWINDに対してもそろそろ準備が必要。まあ米国のご機嫌をうかがう事が何よりも優先する今の日本には、何の事か判らないだろうが・・。


2010年11月7日日曜日

ロスト (漂流国家)

これも中間選挙の結果からだろうか。沈黙を破り、露出を始めたG.W.ブッシュ。NBCの看板キャスターマットラウアーのインタビューに応じた彼は、ラウアーから「貴方は金融危機を引き起こしたウォール街の金融機関を酔っ払い運転と批判した。ならばなぜぞのウォール街から車のKEYを取り上げなかったのか。」と迫られた。直には答えられないブッシュ・・。絞り出した答えは、「規制が緩すぎた、その上で間違った判断があった・・。」との弁。

ならば彼は今回の共和党の選挙メッセージと逆のこと言っている事になる。なぜなら勝利した共和党は、再び規制緩和を公約にしているからだ。いずれにしても、小さな責任は追及しやすいが、大きな責任は追及できない民主主義の限界が出ていて面白い。そして、本来ならそんな矛盾の追求はメディアの役割だ。だが今の時代、米国ではWポストなどのメデイアは政権の広告塔になってしまった。その意味で話題のWIKILEAKの創設者の「既存のメデイアは真実を伝える力を失った」という主張は正しく、結果、イラク戦争の秘密映像や尖閣の映像がネットに流れるのも世の中の自然な流れだ。

そして今、この新しい時代に対する各政権の対応は、今のその国の実力を物語っている。まず米国では正義は何処かへ行ってしまった。オバマでさえWIKILEAKによる無責任な情報公開は人命(米兵)を危険にさらすなどと言っている。ではWIKILEAKIが伝えたあの映像(米軍の誤射で死ぬイラク市民)で殺された人の人命はどうなるのか。そして映像に沈黙する米国社会。庶民は自分の生活が苦しくそんな事を考える余裕がない。そして金持ちの興味はどうしたら金融危機の前の時代に戻れるか、それだけである。その証拠が今回の選挙結果だ。

その点中国は元々国家は黒を白と言ってきた国。事実などどうでもよく、今回の衝突映像の露出に対しても、日本政府の慌てぶりに比べ、中国政府の反応は過激ではない。そしてその「中国型」国家主導経済は韓国をも刺激し、話題のミャンマーの軍事政権は当然ながら、米国にとって最重要国家のパキスタンも中国にべったりである。この様に世界は米国型スタンダードから乖離を始めているのは明らか。そしてそれは米国自身が嘗ての信念であった正義と市場原理という資本主義の原則を実行できなくなっている現実からも決定的である。

そんな中でいったい日本は何をしているのだろう。世界の潮流の変化からすれば取るに足らない小さな責任の所在で政治家は迷走。そしてその現象面だけを追いかけ国民に対し本質の解説をしない既存のメデイアのレベルは目を覆うばかり。

グローバルスタンダードが終わり、各国が独自に舵を切り始める中で明らかに日本は「ロスト」の状態である。世界の潮流の先を読み、敢えてリスクを取って国家を誘導する政治家は見当たらない。そしてこの状況に憂いを感じる人たちの中には盛んに米国の陰謀説を唱える人がいる。だがそれも違う。米国に17年も住んでいれば判る。米国にとって日本は陰謀など必要のない国。全ては日本自身の問題である。






2010年10月31日日曜日

顧客レター抜粋(特別号)

 <ロストボール> 11/03

決戦は終わった。民主党のナンシーぺローシ議員に代わり新しい下院議長になるBOEHNER(ベイナー議員)はこれまでの強面が一変、圧勝の感激で泣いていた。これからしても今回の共和党は、ギングリッチが率いた94年の共和党よりもソフトだ。私自身覚えている。94年、上下両院を取り返した共和党は勢いがあった。翌年にはクリントン政権に医療費や教育費等も含め、問答無用の財政削減を迫った。そしてのらりくらりのクリントン政権に業を煮やしたギングリッチは強硬策に出た。暫定予算を認めない事で公共サービスに直結する政府機関を2度に渡りシャットダウンしたのだ。これには国民も怒った。

そもそも94年~95年はクリントンの最初の不倫と、ヒラリーの先物業者レフコを使った不正蓄財事件が発生。何よりもSAVING&LOANを舞台にしたホワイトウォーター事件では、現職大統領の側近が不可解な死を遂げ(自殺扱い)、クリントン自身がアーカンソーでの弁護士資格をはく奪されるというスキャンダルの極致だった。それにも関わらず景気回復の波に支えられたクリントン政権は、ギングリッチの強硬策に対する国民の反発も手伝い長期政権への軌道に乗ったのである。

そういえば、ゴルフのティーショットを右の池に入れてしまったアマチュアは、次は必ず左の林にOBをするものだと予想したのはバフェットである。三打目となる今回の選挙は、もう一度右の池に入れるか思いきや、上院は民主党が死守した事でボールはなんとか右のラフに納まった印象だ。これは民主党にとって実は上出来である。なぜならクリントン政権の最初の2年もオバマ政権と同じく上下両院を民主党が押さえてのスタートだったが、クリントンは公約だった健康保険法案を成立させる事が出来なかった。その点でオバマ政権は金融危機でTARP法案、そして起死回生の健康保険法案、更には金融改革法案の3大重要法案を全て成立させた。ならばこの中間選挙ではこの反動がもっと出てもはおかしくなかった。それを民主党上院は踏みとどまった。

いずれにしてもこれでクリントンの院政は確定した。なぜならオバマ政権と民主党は、94と95年の危機を乗り切ったクリントン政権をお手本にするしかないからだ。クリントンは更に調子に乗るだろう。だが米国人がしならない根本的な事実がある。ソレは90年代と違い、この国の自律成長は既に終わっていると言う事だ。今の共和党はこの事実を認めていない。

この選挙結果を受け早速PIMCOのエリアリアンが同様の不安を述べているが(下の英文)、ギングリッチの代わり、TEA PARTYという波乱要因お抱えた共和党が94年と同じ間違いを犯せば、三打目のショットはラフの中で「ロストボール」となろう。暫定球を打たず、その場所まで行ってからのロストボール宣言は、ペナルティーとしては最悪である・・。

(ワシントンポストのエルアリアン氏の寄稿)
With the two chambers of Congress split between Democrats and Republicans, the conventional wisdom likely to be repeated over the next few weeks is that political gridlock is good for the economy. While often true, that is not the case today. Such thinking is based on the view that political gridlock inhibits or paralyzes economically unproductive government actions. With government out of the way, it follows that the private sector can allocate capital to the most productive uses. But this view is most applicable to a private sector that is in good shape - businesses and households with robust balance sheets, positive cash flow and access to credit. In such a world, the path of least resistance translates into higher economic growth and jobs. Today, many large companies and rich households are in a good position to move forward. They have the means to spend and hire. Yet they lack the willingness to do either, as illustrated by massive cash holdings and widespread efforts to reduce risk in balance sheets and investment portfolios. Many of these companies and households explain the divergence between their will and their wallet by pointing to regulatory and tax uncertainty, the absence of a clear macroeconomic vision, and the notion that the Obama administration is "anti-business." They have a point in complaining about what economists call unhelpful "regime uncertainty." Moreover, many believe that political gridlock is preferable to what they perceive as misguided government activism of the past two years. Yet this ignores a glaring reality. For too many segments of our society, the ability to spend and hire is constrained not by questions of willingness but, rather, by stubbornly high unemployment, annihilative debts and, in some cases, concerns about losing one's home. As a whole, the United States is still overcoming the legacy of years of over-leverage and misplaced confidence that consumption can be financed by borrowing rather than earnings. The resulting debt overhangs act as strong headwinds to growth and employment generation. This world speaks to a different characterization of private-sector activity - rather than able and willing to move forward unhindered if the government simply gets out of the way, this is a private sector that faces too many headwinds. In these circumstances, high economic growth and job creation require not only that the private sector moves forward but also that it attains critical mass, or what Larry Summers, the departing head of the National Economic Council, called "escape velocity." While certain sectors of the economy are in control of their destinies, the private sector as a whole is not in a position to do this. It needs help to overcome the consequences of the "great age" of leverage, debt and credit entitlement, and the related surge in structural unemployment. The urgency to do so increases in the rapidly evolving global economy, as United States sheds a bit more of its economic and political edge to other countries daily. Simply put, these realities make it necessary for Washington to resist two years of gridlock and policy paralysis. Democrats and Republicans must meet in the middle to implement policies to deal with debt overhangs and structural rigidities. The economy needs political courage that transcends expediency in favor of long-term solutions on issues including housing reform, medium-term budget rules, pro-growth tax reforms, investments in physical and technological infrastructure, job retraining, greater support for education and scientific research, and better nets to protect the most vulnerable segments of society. Success requires an element of policy experimentation as well as confidence that mid-course policy corrections will be identified and undertaken on a timely basis. And such efforts must be wrapped in an encompassing economic vision that acts as a magnet of conversion nationally, counters growing international frictions and facilitates much-needed global economic coordination. This is not an easy list. It will be difficult to translate today's political extremes into a common vision, analysis and narrative. Yet the longer it takes to do this, the greater the effort needed to restore our tradition of unmatched economic dynamism, buoyant job creation and global leadership.

Mohamed A. El-Erian is chief executive and co-chief investment officer of the investment management firm Pimco and author of the 2008 book "When Markets Collide."




ブログの読者の皆様に、ブログ改良の暫定処置として、ブログを更新しない間の顧客レターを以下に紹介します。

<初代財務長官の役割>10/21

アレキサンダーハミルトン。映画「ウォールストリート2」のシーンで、リーマンの倒壊前夜、ブランクファインやジェイミーダイモン(ゴールドマンとJPモルガンの会長)などWSのトップが、ポールソンとガイトナー(当時の財務長官とNY連銀総裁)を交えた緊急会議を持つシーンがある。そのシーンで監督のオリバーストーンは、壁に飾られた肖像画をさりげなく映す。それが米国の初代財務長官アレキサンダーハミルトンである。

ハミルトンは現在流通する米国紙幣の中で10ドルの顔という重要な役割。(100ドル:Bフランクリン、50ドル:Uグラント 20ドル:A ジャクソン 10ドル:A ハミルトン 5ドル:Aリンカーン 2ドル:Tジェファーソン 1ドル:Jワシントン)。米国紙幣の顔の殆どが歴代の大統領の中、大統領になっていないが紙幣に選ばれたのは、米国の国是を決めたBフランクリンとこのハミルトンだけである。

この事実からも、彼が米国史でどれほど評価されているかがよくわかる。だが、現在の共和党保守からすれば彼は諸悪の根源でもある。なぜなら、ジョージワシントン、ベンジャミンフランクリン、トマスジェファーソン ジェームスマディセンなど、日本の小学生でも知っている建国の父が反対する中で彼は初期の中央銀行を強引に造ったからだ。

ハミルトンが後見役のワシントンさえ敵に回しても紙幣の流動性の重要性を強調した背景を、現在ロンポールを支える保守派集団は、米国憲法の骨子作成やモンロー主義などの彼の優れた先見性を認めつつ、大局において彼の小賢しさは米国が引き続き欧州の支配を受ける切欠になったとしている。そして今のガイトナー財務長官を見ていると、彼はハミルトンの良い面と悪い面のせいぜい100分の一程度を演じている様に思える・・。

<戦場での殺人罪>10/22

今米国にとって最も大事な国の一つであるパキスタン。アフガン戦争の最前線でもあるそこで、米軍とパキスタン国家の亀裂は日に日に深刻になっている。そんな中でパキスタン軍の一部隊が非武装の住民を虐殺した事が判明、戦時中の同盟関係にありながら、米軍はその部隊への協力と資金援助を止めるという異例に事態に発展している。

チャンプリンではないが、そもそも戦争でヒーローと殺人者をどう区別するのかは疑問だ。その証拠に米軍はイラクとアフガンで誤爆を繰り返しながら、TVゲームの様な爆撃の操作を担当した米兵の起訴の話は全く聞かない。そんな中、昨日は殺人罪で起訴されていた民間の戦争請負企業、ブラックウォーターの社員が無罪放免になった。理由はFBIが何度もイラクへ足を運び現地調査をしたが、殺人罪を立証する確定的証拠が集まらなかったと言うモノ。

被告は初めから殺人を認めていたが、正当防衛を主張していた。今年のアカデミー賞映画「ハートロッカー」では、主人行が所属する正式部隊と、「ブラックウオーター」とおぼしき民間戦争業者が共同で戦う場面がある。やっている事は変わらない。映画は米兵の苦悩と「雇われたゴロツキ」のブラックウォーターの違いをうまく演出していた。そして戦死すれば見舞金から何もかもが国家のルールで丁重に迎えられる正式兵と、ゴロツキを同じ戦場に送り、勝手な都合で使い分けているのは米国自身だ。ならば、正式な軍法がないブラックウォーターを前線での殺人罪で裁くなど、最初から矛盾している。

矛盾だらけの戦争。それはイラクもアフガンも変わらない。元々フセインの頃のイラクも、9・11以前のパキスタンとアフガンにも戦争はあった。だがそこに米国入り、新たな矛盾が生まれた。昨日ホワイトハウスは来年1月のオバマのパキスタン訪問を発表した。アフガンに強くコミットしているオバマの初めてのパキスタン訪問。それだけ米国にとってパキスタンは重要であるというメッセージだろう。だが、この訪問で関係が好転するとは思えない。寧ろ、オバマを2004年から注目してきた立場として警告したい。この訪問は辞めた方が良い・・。

<自明の理>10/24

仕事なので一日中見ているが、今は当前のごとく支配されているCNBC(金融/市場専門番組)からの情報は、20年前はなかった。その時代、金融機関のトレーデイングルームでさえロイターのテロップが流れるだけ。皆が情報に飢え、そのスピードを競った。だからインサイダーに価値があった。それが87年の映画ウォール街の時代。そういえば今の相場ではインサイダーと言う言葉も死語に近い。なぜなら、1秒間に何千回ものトレードが可能になったハイフリークエンシーのシステムトレードが全体の7割を占め、また相場の方向性は、国家が救済方針を打ち出してからは本当は迷う必要などない(つまり社会主義政策)。 政府の言う通りやればよいのだ。では現代において情報は一体何を競っているのか・・。

そんな中、今日の膨大なヘッドラインで個人的に注目したのは、デトロイトで行方不明になていた銀行家が、処刑スタイルで頭を打ち抜かれ、その死体が湖に浮かんでいた話。この記事を見て思い出したのは、60年代後半西ドイツを震撼させたドイツ赤軍。切欠はベトナム戦争を批判する西ドイツの学生が、ニクソンの訪独に反発して起こしたデモだった。この動きに感化された当時のドイツの若者がテロ組織を造り、日本赤軍に習ってレッドアーミーを名乗った。そして、中東紛争にも加わりながら、本国では銀行家や経団連会長を次々に誘拐して暗殺した。

再び世界経済の優等生に躍り出たドイツ。だが彼等にもそれほど遠くない昔にこんな歴史があった。そして今、この米国を見て感じるのは若者の変化だ。昨日添付したYOUTUBE。2030年に中国の属国と化した米国を笑止する北京の中国人大学生の授業風景。このYOUTUBEを横でトレードをしている20~30代の米国人に紹介しても、彼等の反応は恐ろしく冷めていた。

日本の草食男子の国家への興味がどの程度か知らないが、米国の若者も国家への興味を失いつつあるのではないか。若者の国家への興味が失われる時が、成長のエネルギー衰退の始まりであり、代わって安直な金融ゲーム経済が支配するなら、先進国の衰退は自明の理である。この様に、この国もデフレの呪縛に入っているが、ただソレは日本人が勝手に思い込んでいる平和的縮小均衡の現象ではない・・。



<高級炊飯器> 10/25

これが世紀末なのか、或いは明るい未来への転換点なのか、中年の自分には判らない。今日のワシントンポストは、日米それぞれの今の本質が現象としても色濃く出ている記事がある。まず日本に関しては、所謂「草食男子」の給料がついに同世代の女性の給料を単月で下回った話。草食男子は最初のデートでは「女性を求めない・・」らしいが、給料が相手を下回ってはそれも自然だろう。また自分の趣味を超える消費に興味を示さず、30歳までの免許取得人口が極端に落ち込んでいる事も紹介されている。そして極めつきは、34歳までの男性に、1000ドル(8万円)があったら何を買うかといくつかの選択肢から選んでもらったところ、60%以上の回答が高給炊飯器に集中したという・・。

一方米国につての記事は企業献金の内訳。献金リストを見ると、政府の金融危機の救済プログラムだったTARPを受けた企業の献金先は殆どが共和党だった。中でも最大の受給者は、中間選挙の結果、ナンシーぺローシ議員に代わって下院議長になる事がほぼ確実のオハイオ出身のボーナー議員。だが彼はTARP法案を最初否決した共和党下院の中枢である。その法案否決で700ドルの下落をしたダウ平均。今でも覚えている。会見に現れたボーナー議員は2000ページの法案を掴み、「こんなモノを1日で判断できるわけがない」と言って床に投げ捨てるパフォーマンスをみせた。その彼がなんとTARP救済企業からは今は最も献金を受けている。

逆に、TARPが下院で否決されると「明日の市場が怖い」と、政治家として情けない反応を見せたのが上院トップのリード議員。彼は非常事態であるが故に、異例だが、上院がTARP法案を草案する事を民主党の同僚で上院の金融委員長だったドット議員に申し入れた。結果上院がTARP原案を創り、その修正案を下院が後からしぶしぶ承認した。(ボーナー議員を含め、共和党議員は2度目の採決でも殆どが反対)ところが今TARP企業はTARPに最後まで反対したボーナー議員に今最大の献金を落とし、一方で法案成立の最大の立役者だったドット議員はスキャンダルから早々に引退を強いられ、またリード議員は政治生命を掛けた激戦を強いられている・・。

この醜い展開は小沢一郎の小事で大騒ぎする日本人には想像がつかないだろう。あまり話題にならなかったが、昨年末、オバマは大企業の政治家への献金に限度をかけようとした。ところが、最高裁はソレを認めない判決をだした。その確執が一般教書演説でのオバマによる最高裁批判と言う異例のコメントの背景となったが、民主党とオバマ政権はこんな形でTARPのしっぺ返しを食らうとは思っていなかったはず。(この記事は政権の意向を受けている)

いずれにしても、元来この国では純粋なNOBLE OBLEGATION (ノブレスオブリージュ)のカルチャーはない。また金持ちもビルゲイツやバフェットまでになってやっと寄付をする程度である。本当の米国を知らず、延々と水戸黄門が40年続く日本人には判らないだろうが、米国の民主主義とは実は不完全でダーティーである。だがその不完全さを容認し、社会のボラテイリティーを受け入れる事で長期的には自浄作用を維持してきた。だがこの献金で共和党が萎えてしまうなら、その自浄作用も終わりだろう・・。

< 家畜禁止対象物 > 10/26

金融危機を経て、米国の銀行はJPモルガン、シテイー、バンクオブアメリカが今後もtoo big to fail(大きくてつぶせない)の権利を得たかのように考えられてきた。だが、どうやら昨今のバンカメ騒動はバンカメをその安全圏からはじき出す可能性を感じさせる。大株主のジョンポールソンがBAに対し弱気になった話が伝わると、巷ではBA売り/CITI買いの裁定があちこちで聞かれた。幸い今日の株価は小動き。だがもしBAが10ドルの大台を割ると、一気にその話題に火が付くのではないか。一方で金融銘柄とは別に堅調なのはCOACH ティファニーなどの高級ブランド。米国が消費シーズンを迎える事もあるが、やはりターゲットは中国だ。

この様に世界の消費センターとなりつつある中国の北京では、20年前には見られなかった動物が今は普通に街中で見る事が出来ると言う。昨日ニューヨークタイムス紙は、北京の富裕層の間では、ペットとして犬を飼う人が急速に増えている現象を紹介している。先ごろも北京郊外で30台のベンツを持つ女性実業家が、一匹の犬に5000万円を払ったという。バブル末期に三重県にいたが、当時、松坂牛では和田金と勢力を二分する「柿安」が、5000万で最高級の松坂牛を仕入れた。そもそも商品として売れる牛に5000万円払うのと、ペットの犬に5000万円払うのとは意味が違うが、この程度の散財は今の中国では驚くに値しないのだろう。

だが、20年前の北京では、街中で見かける生きている犬といえば軍が飼っている軍犬だけだったという。それ以外は食卓様の順番待ちが裏にいるだけ。事実北京市は、数年前まで衛星上犬を鶏や羊と同様に市民が飼ってはいけない動物に指定していた。つまり犬は食べるモノだったのである。その犬を政府は数年前に「家畜禁止対象」から外した。そして、恐らく子供の頃は犬肉を食べていたはずの女性実業家は、今はペットとして犬に60万ドルを払う。

世界に金持ちは数多いる。だがこれ程簡単に価値感を変えられるのは中国人だけだろう。動物愛護国の貴婦人が聞けば眉をひそめる様な話だが、ここが中国人の凄みでもある。ただその中国でも完全に世界に対しての覇権を失うまで、つまり西太后のころまでは犬はペットだったという。そして覇権を取り戻しつつある今の中国では金を持った人から犬を散歩に連れ出す様になった。まあその時に身につけている指輪がティファニーになるのはそう遠くない話である・・。

<性悪説の谷間> 10/27

日本のニュースで、少しだけ痴ほう症が始まった老人に、証券会社やリフォーム業者、或いは親戚や子供までが詐欺まがい手口で金をむしり取りにくる現状をやっていた。これではモラルで米国を非難できないと思いきや、介護が必要な老人が人に迷惑をかけたくないとの信念で、公的な支援さえ受けず、敢えて清貧の中で死を選ぶ話が続いて流れた。

人付き合いが下手で頑固、しかし安易に人に甘えない・・。そんな昔の米国人男性を演じ今は監督としてそんな時代への郷愁を描くのがクリントイースウッドである。だが彼が嘆く今の米国には、映画で何を訴えても最早どうにもならない癌がある。それは言うまでもなく住宅市場。この癌は甘やかされたこの国のベービーブーマーにはあまりにも重荷である。

崩壊寸前の米国の住宅市場の象徴はフォークロジャーとショートセール。フォークロージャーは強制競売として、ショートセールは住宅ローンの支払いが出来なくなった人が、ローン残高を下回る価格でも、新たに購入者を見つけた場合、銀行の了承のもと売却を行うケースを言う。どちらでも場合も銀行は損は免れない。

昨今の中古住宅販売では、このフォークロージャーとショートセールが増加したおかげで全体数字は底割れを免れている。ところがNYTIMESの記事では、銀行の中でも特にBAとGMACはこのショートセールに応じなくなっている。理由は、2009年の会計ルールの変更で即時償却の対象から外れたフォークロージャーを優先したいことと、ショートセールでは前のオーナーが超低価格で別人に売却したところ、実はその別人が親戚で、安く買えた「利益」をキックバックしていたなどとの犯罪行為が露見し始めたからだという。

いずれにしても救済政策が当たり前になった先進国の末路はどこも悲しいモノだ。特に中国と同様、性悪説が前提の米国は醜い。そんな中で衰退する先進国日本の性善説はどうなるだろうか。直接触れ合うと性善説は性悪説に勝てない。つまり日本は勃興中の性悪説国家の中国にも、没落中の性悪説の米国にもこのままでは餌食にされるだけだ。ならば最後は神頼みか。個人的には神の存在を信じ、モラルを維持したいと考えている・・。

<成長の原点> 11/28

本日10月28日は米国及びNYのシンボル、「自由の女神」の完成記念日である。ご存じの様に女神像はフランスが米国の独立を祝い贈ったプレゼント。だが運ばれた当初、分解された女神像はニューヨーク市の資金不足から建設のメドが立たず長く放置されていた。そこで別の6都市が自由の女神を引き取りたいと申し出た。その危機感から当時の最大の新聞だったニューヨークワールドを買収したピューリッザー(ピューリッザー賞)が全国に寄付を呼び掛けた。そして集まった資金でニューヨークは自由の女神を組み立てられたのである。

考えてみれば当時のフランスは太っ腹だ。それほど永遠の宿敵である英国の弱体化が嬉しかったのだろうか。ただその独立戦争で米国は英国に完勝したわけではない。戦争の司令官のジョージワシントンはナポレオンや信長の様な戦上手ではなく、米国は緒戦で負け続けた。だが、彼はフランスの参戦で流れが変わるまで粘り強く戦い、何よりも英兵のような訓練を受けていない米国の農民兵を諦めさせなかった。ここがワシントンの真骨頂である。

建国の父ながら国のグラウンドデザインには関わらなかったワシントンが初代大統領になったのは、ジョンアダムスやジェファーソンなどの学識派がその威厳をワシントンの中に認めたかである。そしてこの資質は今日の大統領選挙でも必ず問われる。

この様に、米国の独立戦争とは、13州合わせても当時200万人前後の人口だった植民地が、10倍の2000万人の人口を持っていた大英帝国に挑んだ事が本質である。日本の世界史の授業ではアメリカが英国から独立した背景は勉強する。だがこの本質を知っている人は少ないのではないか。そして当時のフランスはその価値を認めたからこそ100年後にこれ程の贈り物をしたのだろう。この様な経緯を経て1886年に女神像の組立ては完了した。オリジナルは鋼色。それが25年で緑青色になり、その頃には女神を見上げながら新天地に入植した欧州からの移民は1500万前後になっていた。

独立が成長の原点だった歴史からすると、今の米国は変わってしまった。まあ日本にはとっくの昔にこんなロマンはなく、現代人はアイドルが主役を務めるようになった大河ドラマを楽しみ、あとは戦争をひたすら否定するのみ。 中間選挙後の米国はどの道を行くのだろうか・・。

<TEA PARTY ON FED> 11/29

下は昨日のロイターの記事の抜粋。TEA PARTY候補者がFEDの金融政策に対して何を言うか。これまで話題にならなかった事について興味深い記事だ。また、当初上院金融委員長のクリスドットが主張したNYFEDの総裁は大統領が任命し議会が承認する、つまり理事と同じする案は先の改革法案では骨抜きにされた事が判った(赤線)。ところで、2日の選挙ではTEA PARTY候補者が勝てるかどうかはまだ判らない。たとえ全員が勝ったとしても、新しい議会勢力の15%程度にすぎない。だが、大なり小なり共和党は同じコンセプトである。選挙後、下院の銀行委員長はバーニーから共和党の誰かに代わる。ロンポールもその資格は十分有するが、共和党もさすがに世の中がひっくり返る事はしない。恐らくアラバマのバッカス議員だろう。このポストがバーニーからバッカスに移るだけでもダウは1000ドル下がっても驚かない。・・

http://www.msnbc.msn.com/id/39895240/ns/business/

< TEA PARTYの真贋>
日本のニュースでも米国の中間選挙の報道が盛んだ。中でもTEA PARTYについてはNHKも詳細に報道していた。ただその本質に関しての報道はどれも不正確。TEA PARTYはここで何度も紹介しているCNBCの債券リポーターリックサンテリが生みの親である。2009年、彼がCNBCの番組の中でオバマ大統領を名指し、「大統領よ聞いているか!我々は自分の収入を超えて豪華な家を建てた隣人の尻拭いをするために税金を払っているのではない」と噛みついた事に端を発する。その際リックは報道人にあるまじきヤケクソになって「俺達はTEA PARTYを開く」と叫んだ。それにその日の午後、ホワイトハウスが反応してしまった。今となってはこのホワイトハウスの反応が民主党にとって大失敗だった。一報道関係者の過激な発言に慌てた政権を見て、共和党は反撃の手掛かりをつかんだのである。

選挙ではキャッチフレーズのは重要だ。まず議員を引退しながらも細々と共和党の盛り返し運動を続けていたデイックアーミーが自分の団体の活動に「TEA PARTY」を名付た。次にサラぺイリンも自分の資質への批判をかわす意味も含めて賛同し始めた。そしてケネデイー議員の死後、その予備選でTEA PARTYの本家であるマサチューセッツの上院選でTEA PARTYを語った無名の共和党の新人が民主党の候補者を破った事で決定的なうねりとなった。

この様に、「TEA PARTY」は、反撃の手掛を模索していた共和党の選挙関係者に、オバマ政権自身が自ら弱点をさらす事で生まれた現象である。言い換えればTEA PARTYは選挙の道具であって、その原則は選挙が終わればどうなるかわからない代物である。見たところ、TEA PARTYを叫ぶ新人の中で、何があってもTEA PARTYの原則を守りそうなのはロンポールの息子だけだ。事実TEA PARTYが目の敵にする健康保険法案は、そのケネデイーの議席を引き継いだその共和党の新人が妥協した事で廃案の淵から復活したのである・・。



ただそうはいっても直に原則を翻しては政治生命は終わる。よって宴のあと共和党が勝つ事で株が下がる時が来よう。そしてその時が本当のTEA PARTYの真贋が試される時である・・。











2010年10月21日木曜日

<筆者からのお願い>

日頃、このブログに来ていただいてありがとうございます。
今日はこのブログに対してのご意見ご感想を募集します。

ご要望も含め、プロファイルにあるメールアドレス(otakizawa@dttrading.com)
か、このブログに直接に書き込んでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

筆者



2010年10月19日火曜日

米中の共通点

米中は仲良しか否か。この命題に日本はこれから振り回される。振り回されるのは仕方がないとして、日本が知らなければならないのは、表面的には水と油の米中は、実はよく似ていることではないか。

先週は中央銀行のバーナンケ議長が、市場が期待する更なる金融緩和策の弊害を懸念する意見に対し、弊害は「コストオブべネフィット」と言う表現をした。これは中央銀行がどんどん紙幣をプリントすれば、弊害(コスト)もあるが、それは全体の効用(ベネフィット)からすれば仕方がないという判断である。

だがこの政策は既に中間層以下に没落してしまった人には辛い。この層に入ってしまうと株や債券などの金融商品の価格が上がってもあまり意味はない。それよりも日々の暮らしに直結するガソリンや牛乳の値段が上がる事が問題である。

だが米国の中央銀行は、金持ちをこれ以上疲弊させないためには、庶民の生活コストが上る事は仕方がないという判断を下したのである。

この発言で聞いて思い出したのは、改革開放前夜の中国のリーダー鄧小平の言葉。彼は「先に豊かになれる者から金持ちになれ」と、共産主義体制を残したまま、中国経済の方針を大転換をスローガンに掲げた。

鄧小平はその結果起こるであろう国家の矛盾や不平等といった弊害(コスト)は、中国が長い眠り覚める効果(ベネフィット)を考慮すれば仕方がないと割り切った。そしてこの割り切りが今の中国の発展の原点にある。

この様に、弊害を恐れず、思い切った割り切りができるのが中国と米国の共通点。日本や欧州が長く続く皇室や王族に価値を感じるのに対し、元来中国と米国は同じものが継続する事に必要以上の価値を認めない。

4000年の歴史はあるが、新しい王朝が古い王朝を倒した中国。一方初代大統領ワシントンが8年で辞めた慣例に従い、民主主義の制度の中で最長8年で政権が交代し続ける米国。いわば市場原理であるこの新陳代謝の体現者として米中は似たモノ同士である。

そして、経済においては共産主義体制を維持しながら市場原理を導入した中国と、資本主義を掲げて発展したものの、今は救済を優先し、経済面では事実上市場原理を止めてしまった米国は、両極からスタートしながら今は殆ど同じ地点に立っている。

このように、実は今の世界に明確なスタンダード(標準)はない。 ならば日本も米中のどちらにも遠慮せず、自分たちが一番重要と考える価値観を追及するのみ。

まあそれが何か、日本人自身が判らないでは話にならないが・・。国家戦略とは、まずはソレを決めてからの話である




世代交代の市場原理

日曜日、日本からのスポーツニュースは良い教訓になった。ゴルフでは、やっと石川の時代が始まったと思ったら、もう既に別の新しい力の台頭があった。フィギアスケートでも男女ともに浅田真央の次の世代が始まっていた。そんな中でテニスの伊達の活躍をどう考えればよいのか。

伊達は伸び悩む日本選手だけでなく、海外の強豪にも勝っている。従って事テニスに関しては伊達選手をほめるべきか。そして今日こちらでは、タイガーウッズの離婚の代償が100億円と、予想より小さかった事が判明した。

常識からは妥当な金額。だが、タイガーの未来の収入に連動すると言われた慰謝料が噂より小さかったのは、あのタイガーの時代も終わりつつあることの証拠かもしれない。

いずれにしても成長のためには古くなったモノは去らなければならない。この万物の原則を受け入れられないのは先進国のベービーブーマーである。

米国も含め、先進国ではこの世代が物事を決める立場。自己否定はできない以上、彼等の救済を目的にした政策がこれまでの市場原理の常識からいかに歪んでいても批判は続かない。

だが、先進国の老化と新興国のエネルギーの逆行は、先進国が自己都合で処理するスピードを遥かに超えるマグニチュードで進むだろう。その究極の市場原理からは誰も逃れられない。





2010年10月16日土曜日

ミスタープレジデントの院政

中間選挙戦が佳境に入り、苦戦の民主党議員はワラをもつかむ思いだ。中でも注目はネバタ州の上院選。ここでは民主党上院のトップであるハリーリードがティーパーティー(共和党の新保守グループ)の女性と激闘を演じている。そして、先週はリード議員の要請である大物が応援にかけつた。

2006年の中間選挙では、大統領になる前の上院議員だったオバマが、民主党の救世主として応援演説で全米を飛び回った。その効果もあり、2006年、民主党は2004年の大敗北から盛り返した。

そして今回は大統領として忙しいせいもあるが、オバマにはあまり声がかからない。代わりに苦戦の議員から引っ張りだこなのは誰か。それはビルクリントンである。彼は今年70回の応援演説に立ったという(CBS)。これは本来の役割からしてもその数でトップでなければおかしいバイデン副大統領の40回と比べても異常な多さである。

そしてクリントンが壇上に立つ時、必ず叫ばれる呼称が「ミスタープレジデント」現役のオバマが横にいれば絶対に使えないが、今の民主党内にはオバマに対する配慮は少ない。繁栄したクリントン時代を前面に出し、単純な米国民を動かそうとしているのである。

これではっきりした。オバマ政権の残りの2年はビルクリントンの院政時代となる。そして、万が一にもヒラリー時代が始まったら、この国を仕切るのは彼と言う事になる。日本にとってそれはどういう時代か。

気付いている人もいるはず、この30年を振り返っても、大統領の資質や人気に関係なく、米国の大統領が共和党だった時代は日本は元気になる瞬間があった。さほど株価にも関係ない。ただ世界の中で日本存在感が実感できる瞬間があった。ところが、クリントン時代とソノの「お下がり」である今のオバマ政権時代はどうだ。日本は国際情勢で迷子ではないか。

ここで米国在住の視点で日本人に教えなければならない事がある。それはこちらのニュースに毎日触れている立場から見て、今の米国には対日外交の意識が感じられないとう事。つまり、米国にとって日本は特別な外交政策が要らない国になっている事実である。

世界で2番か3番の経済力を持ち、いざとなれば単独で世界で4位クラス(米露中の次)の軍事力を持つ国に対し米国はさほど気を使わなくていい。この状況がいかに米国を助けているか、日本人は知らない。

日本でも著名なオランダ人のカレンウオルフレン氏は3月に中央公論への寄稿の中で、「日本がアメリカを必要としている以上に、アメリカが日本を必要としているという事実に気づいている日本人がほとんどいないことに常に驚かされる。」と述べている。

簡単に言うと、レーガンとブッシュ親子は日本にその重要性を自覚させ、だから一緒に行動しようという圧力をかけてきた。逆に、クリントン政権とオバマ政権は、複雑化する国際情勢の中、日本に己の重要性を気付かせない事で日本を利用して来たと言える。

最後に日本人が知らないオバマ大統領の側面を紹介しよう。彼は毎週土曜日の朝、定例のラジオメッセージを国民に向けて発している。内容は1分程度。今の時代、メディアとしてラジオの牧歌的役割を承知した上で難しい話はしない。だからこそ簡略化されたそのコメントの中に政権の本音が感じられる。

そこでオバマは理数教育の重要性など、民主党の政策に合致し、また国民自身にも前向きな努力を促す話題を選ぶ。そして米国が目標とすべき引き合いに出される国はいつも決まっている。それはドイツ シンガポール 韓国などである。日本の名前は出た事がない

国際競争力で日本は欧米の勝手な尺度で持ち上げらた時代もあれば、今のようにずいぶん低評価になる事もある。だが日本の教育水準はまだ高い。またノーベル賞の話を持ち出すまでもなく、日本の理数系教育の熱意はまだまだ捨てたものではないはずだ。

ではオバマ大統領やスピーチライターは日本の事を知らないのか。そんなことはない。彼らは日本の実体を良く知っている。要は、今の米国の民主党政権は日本を外交政策を必要とする「独立した外国」とは考えていないだけの事である。これはオバマ大統領の個人の問題ではなく、彼を取り巻く民主党の政策の結果とソレを許す日本の外交の問題である。

この日本の外交を最近では「柳腰」と言うらしい。この表現に怒り狂っていた自民党議員がいたが、表現などどうでもよい。感情を露骨にして立場を訴える手法は共和党には効果があるが、老獪な民主党政権に対しては無意味。そんなことより、大事なのは来るビルクリントンが院政時代に日本がどう準備するかである・・。


2010年10月14日木曜日

メルトアップの世界 (MELT-UP)

チリの鉱山事故。予定よりも早く地面を掘れたのは、裏に米国の技術があったという。そんな理由もあり、本日、次々にヒーローが返ってくる現場には星条旗が掲げられていた。

この様子を伝えた米国のメデイアは、最も「成功した失敗例」として今も語り継がれるアポロ13号の事故を例にとり、救出を成功に導いた米国の技術と精神を称えていた。だが、個人的にはアポロ13号というよりも、映画「アルマゲドン」の方が近い印象だった

アルマゲドンは98年の映画である。アポロ13号の事故が95年にトムハンクス主演で映画化された実話だったのに対して「アルマゲンドン」は空想だった。そして映画がつくられた年は3年しか違わない。だがこの3年の違い大きかった。

98年の頃、この国はドットコムバブルの頂点を迎えつつあった。そんな中で大統領は不倫、それも権威ある大統領執務室での破廉恥行為が世界に知れ渡った。そして何よりも驚いたのは、景気が良かった事が背景だったのだろう、米国民は前代未聞の不祥事を越した大統領のビルクリントンを許してしまった。

この瞬間、恐らく今が米国の頂点ではないかと感じた。98年の頃の米国は既にミッションを失っており、国民は消費という豊かさを実感出来れば全てが許される時代が始まろうとしていた。

そして「アルマゲドン」を見た人は知っているだろう、冷戦が終わり、米国のミッションが完了した時代に再び米国が輝くために必要なシナリオ、それがあの映画だった。

彗星が地球を襲う。このままでは地球は滅亡。そこでNASAは普段は油田を掘削するのが本業のドリルの名手(ブルースウイルス主演)を訓練し、シャトルで巨大彗星まで運ぶ。彼に託されたのは、彗星の地表に穴をあけ、そこに原子爆弾を投下して彗星が地球に衝突する前に爆破するという計画だった。

映画の結末を知らない人は観た方がよい。この映画で協調された演出は、先進国が技術の粋を集めて苦難に立ち向かい、アラブもイランも米国のヒーローを褒めたたえる事だった。そう、それこそが米国の新しいミッションになるはずだった。だが現実は違った。

ドットコムバブル崩壊後の米国はイラク戦争と言う全く違う妄想に走った。そしてその間に野放しなった金融市場では、積み上げれば宇宙にまで届く規模の仮想マネーのバブルに浸った。そしてその全てが崩壊の危機にに瀕したした後、モラルも信義も失ったこの国では面白い言葉が生まれている。ソレはメルトアップ(MELT-UP)。メルトダウンの逆だ。直訳すればごちゃ混ぜにされて浮かぶ言う意味か。

これは、バーナンケFEDの政策によって金融市場のプールに大量のマネーが入る事で、プールの中にあるモノ全てが浮いてしまうイメージを良く現わしている。

そもそもきちっとした重力が働く世界では「メルトダウン」しかないと思っていた。まあ今の時代はこんな言葉も生まれるのだろう。だが地に足がついていない世界の居心地は悪い。個人的にはそんな無重力の世界には行きたくない。



2010年10月13日水曜日

平和な国の、平和な人々による、平和な相場

平和な国の日本ではニュースの優先順位が世界基準とは異なる。チリの炭鉱労働者の救出は喜ばしい事実。だが7時のNHKのニュースでの詳細には驚いた。そんな中、こちらで小さく報道されたのが、アフガニスタンで人質になった英国人女性ボランティアが、救出に向かった米国部隊の手りゅう弾で不幸にも亡くなってしまった話。ただこれも大した扱いではない。英国は国内感情に配慮してか、米軍に事情説明を求めている程度だ。そしてこの話を持ち出したのは、当時実は殆ど報道されなかった米英によるある軍事行動について触れておきたいからである。

しばらく前、二人のニューヨークタイムスの記者がアフガンで人質にされた。この二人を救出に向かったのは英国の特殊部隊。救出は成功した。しかし落下傘でタリバンのアジトを急襲する際、英国人兵士の二人が死んだ。死んだのが兵士である以上、米国も英国も殊更大騒ぎをしなかったのは当然。ただここに米英関係と日米関係の本質の大きな違いな存在する。いつまでも世界が平和であると思いこみたい日本。日本人が世界をどう思うと勝手だが、そんな日本を世界がどう思うか。その視点を殆ど報道しない日本のニュース。

さて、相場では中国の準備預金引き上げの話が一番影響している様子。そして今日のWSは日銀の介入を想定し、多くの為替トレーダーが円をショートしている状態との噂だ。日銀が彼等の裏をかけば面白い。だが人を出し抜くのは平和国家でポーカーさえしない日本人は苦手だ。ましてやG7 やG20などを気にしていては話にならない。そもそもG~などは、参加国が増えれば増えるほど何も決まらない事などこちらでは常識である。

ならば日本は日本人の得意な分野を相場に持ち込めば良い。昨日将棋ではトップ女流棋士が遂にコンピュータに負けた。将棋界に挑戦した産学共同のチームはかなりの自信があったらしい。個人的にはこのコンピュータの知能を日銀の介入にも活かす事を提案したい。債券市場では今日も日本が世界に貢献できる部分、つまり米債券買いは堅調だ。これだけでは最後は餌食になるだけである。


2010年10月8日金曜日

ミッション (大義への使命感) Government Sacksの場合

ノーベル賞を受けた根岸教授のコメントを聞いてはっとした。NHKのインタビューで、今の日本の若者に一言と請われ、教授が口にしたのがミッションという言葉。単に勉強や研究を続けるのではなく、ミッションを感じる事の重要性を根岸教授は触れた。

その後でCNBCの特集を観た。タイトルは「ゴールドマンサックスの力と厄」。金融危機後もウォール街最強の金融機関として君臨するGS、だがリポートでは、GSは今や米国では厄の代名詞となっている実態が紹介された。

選挙戦が山場を迎え、選挙資金は喉から手が出るほど欲しい議員もGSからの献金はだれも受けない。なぜならGSから献金を受けただけで庶民を敵に回す事になる。また金融危機のダメージが深刻なクリーブランドでは、行政担当者は廃墟となった地帯を紹介しながらGSの存在は社会の悪とまで言い切った。

ただそんなGSがミッションと共にあった時代がある。それは中興の祖、シドニーワインバーガー氏が君臨した30年代から69年までの40年間である。彼はブルックリンの貧しいユダヤ人家庭に生まれ、高校さえ卒業していない。家計を助けるために13歳から働き、安定した仕事を探して当時ニューヨークで一番高い24階建てのビルに上った。そして最上階から順に入居する全てのテナントに雇ってくれと飛び込みんだという。

そして22階を下り、2階にあった会社でやっと正社員の靴磨きをする用務員補佐として雇われた。それがゴールドマンサックスだった・・。

そこからの彼の出世物語は秀吉に相当する。だがここで紹介したいのは、彼が会長を務めた間、ルーズベルトからアイゼンハワーまでの歴代の大統領からウォール街で一番信頼されたのがワインバーガー氏だった事実。理由は彼にとって国家につくす事は何よりも大切だった信念を大統領が判っていたからだという。

その証拠に、今ではGSを糾弾する急先鋒のニューヨークタイムス紙が、69年にワインバーガー氏が亡くなった日の朝刊では、前日にアームストロング船長が月からアポロで帰還したという大ニュースがありながら、ワインバーガー氏の死を悼む記事をトップにしたという。

そんなGSが米国の厄にまでなってしまったのはなぜだろうか。持論だが、それはGS自身に原因があるとは思わない。GSの社員はいつの時代もウォール街のどこの会社よりも働き、そして基本的には真面目である。原因は米国のミッションが終わったからではないか。

我々が育った時代、米国にはソ連を倒し、世界に資本主義の豊かさと民主主義の明るさを広める大義があった。そしてそのミッションが完了すると、米国に次のミッションは起こらなかった。訪れたのは大義を成し遂げた褒美としての豊かさ。そうクリントンの時代である。

そのころからGSには別の名前がついた。GOVERNMENT SACKS。ルービン財務長官を初め、次々に政権中枢に人材を送り込み、国家経営そのものに連動して利益を生む体制が出来上がったのだ。ただ個人的にはそれ自身も悪だと思わない。問題は、不幸にも米国自身に新しいミッションが見つからなかった事ではないか。

そんな中で世界と米国のスプレッドは縮小、情報もフラット化した。こうなると国家の繁栄を維持するためには米国は無理やりイラクへ侵攻し、また国内には強引に貧富のスプレッドを起こし、そして、なによりも金融は顧客にリスクを転化する事で膨大な利益を維持したのである。おそらく、GSの社員はまじめで優秀であればあるほど全体像を客観的にみる事はなかったはずだ。

最後に、新しいミッションが見つからない以上米国はこのまま矛盾を抱えたままさまよう可能性がある。それは日本とて同じ。明治維新や戦後の混乱期にはミッションなどいらない。なぜならそこには危機があるから。みんなその危機を克服する事に命をかける。

だが、(不幸な事に)今は中途半端に平和で、経済が苦しくなれば簡単にお金をプリントしてしまう時代。そんな時代だからこそ、実はそれぞれがミッションを感じる事が重要なのだろう・・。






2010年10月7日木曜日

狂った果実の時代

ハーバード大学で経済学を教えるジェフリーマイロン教授は、来月に予定されているカリフォルニアでのマリワナ合法化の投票を巡り、どうせなら、全米でLSD コカイン マリワナ等のドラッグ(麻薬類)は全て合法にすべきとのコメントをCATO INSTITUTEのリポートの中で出したという。

理由は、現在米国はドラックの取り締まりに年間3兆円を掛けている。ならばドッラグを合法化する事によって、これらの経費が浮き、更に酒や煙草と同じくドラックに税金を掛ける事で今度は年間4兆円の税収が見込めると言う計算らしい。

教授は、米国では既に取り締まりなど意味がない程のドラックが出回っている。実際は誰でも普通に買える。ならば、合法化で米国の財政は7兆円も改善するならなぜやらないのかという考えだ。これが世界最高権威の学問の府の教授のコメントである。

このブログでは以前、合法と非合法の合間のグレーゾーンで暗躍する山口組を例にとり、彼らを表の経済に出し、(つまり合法化を促す)まじめな邦銀では太刀打ちできないゴールドマンサックスに立ち向かわせた方が賢いとアドバイスした。本気ではなかったが、教授の意見の本質はまさに同じではないか。

まあどう思うかは自由。だがこの話は元々過剰流動性というステロイドでの打ち過ぎで崩壊した経済を、緊縮して立て直す痛みには耐えられないという理由で更なるステロイドを打つと宣言している「元」金融の最高権威のFEDと同じ立場である。

これが今の米国の権威の意見なら、それはそれで今後の米国の本質を象徴するいい話だ。

キリスト教国家でありながら、聖書の教えさえ無視し、快楽によっての成長を是とした米国。仮にこれで成果があったとしても、それは「狂った果実」だろう。

こんな国と今までと同じ感覚で付き合っても、馬鹿を観るのは真面目な自分であることが、何故日本人は判らないのだろうか。






2010年10月6日水曜日

お金の罪

日銀が再び金融緩和に舵を切った。このように世界の中央銀行が協調してお金をジャブジャブにする中、米系最大手の銀行JPモルガン銀行は一般からゴールドを預かるビジネスを再開した。これを聞いて思い出したのは紙幣の始まりである。今日はその話をしたい

まず、一般的に国家として正式に認めらた紙幣の始まりは17世紀のオランダからと言われている。だがヨーロッパではそれ以前に実質紙幣の流通は始まっていた。その切欠はJPMモルガンが再開した金の預かりビジネスである。強盗が横行していた中世のヨーロッパでは、ゴールドスミスと呼ばれた鍛冶屋が庶民からゴールドや金細工を保管するビジネスを始めていた。そしてその際に発行したのが紙の預かり証である。

そして庶民はモノの交換で金地金を使わず、この預かり証の交換で済ませるようになった。この瞬間が紙幣の誕生である。そしてもっと重要な事は、ゴールドスミスは大変な事に気づいてしまった。それは実際に自分が預かっている金地金や金細工よりも多い量の預かり証を発行しても誰も気づかないと言う事。この時から鍛冶屋だった彼等は「銀行」と呼ばれるようになったのである。(信用の創造 レバレッジ)

そして数々の小銀行が乱立したが、ソレよりも大きな銀行が一つ存在し、どこでも通用する共通の紙幣を発行した方が便利だと考えるようになった。ただこの頃には本来は紙切れのはずの紙幣が価値を持つ事の本質的な恐ろしさを欧州の統治者は気づいていた。従って国王にとっても紙幣の流通は自身の統治能力を危うくする存在として厳しい管理下に置かれた。

そんな中、英国では希少なゴールドでもなく、また危険な紙幣でもない木片がお金として使われた。木片には単位を示す刻みがあり、流通している木片は元々の木片を半分に割った物だった。残りの半分を国王が管理する事で流通量と正当性を国王つまり国家が管理したのである。(流通している木片国王が保管している木片と対である事で整合性を証明)

ところが、このルールを曲げたのは、ヨーロッパの田舎国家だった英国の運命を変えた男として何度も紹介したヘンリー8世である。ヘンリー8世は木片以外のお金の流通規制を緩めた。ただ本格的に木片が紙幣にとって代わられるのは、それから150年後、英国の中央銀行が設立されてからである。

ただしこの時の英国の中央銀行は、国家期間ではなく、ビルパターソンという個人が経営する民間銀行だった。つまり、国王から認可された個人が紙幣の発行権を手にしたのである。

ここから先の中央銀行の本質、更に米国の歴史とのかかわりの話をすれば長くなり難しい。よってこのブログではしない。ただそれでも触れておきたい点は2点ある。まず中央銀行はあたかも国家機関の様な名称だが、米国の中央銀行と日本の日銀は国有化されていない事実。(前述の英国中央銀行は戦後に国有化された) 

そんな中で日米のメディアは「中央銀行の政治から独立」の記事は書いてきた。では中央銀行はその株主からちゃんと独立していたか。そこに初めて触れたのがニューヨークタイムスである。同紙は2008年、金融危機後、NY連銀の株主がJPモルガンなどの少数ウォール街の金融機関である事実を指摘。そしてそのNY連銀の救済で窮地のウォール街が救われたのは、原資が税金だった事から米国民を愚弄していると非難した。

そんな救済を可能にしたのが、NY連銀総裁は株主のウォール街が相談して決め、ソレをワシントンの理事会が承認するという仕組みである。(理事はバーナンケ議長以下上院が承認)

そもそも米国の中央銀行の正式名称は「FEDERAL RESERVE」。あたかも「国家的」な形容詞だが、その名称は実質連銀の根幹であるNY連銀の初期の株主のウォーバーグが付けた。そして1913年にその連銀設立の法案を遂行したのが当時の最も有力な上院議員だったオルドリッチ。

そのオルドリッチの娘はロックフェラー2世の妻である。その5人の子供の中で、次男はフォード政権下の副大統領のネルソン。また5男は今も健在でJPモルガンの前身であるチェースマンハッタン銀行を治めたデービットロックフェラーである事は有名だろう。

最後に、これらの話は巷にある陰謀説を追認するものではない。私自身は陰謀説に全く興味がない。だが、マネーの歴史でゴールドが果たした役割とその因果は、今世界中の中央銀行が紙幣の増刷に走ることでぶり返えされようとしている。

この結果、ロックフェラーやロスチャイルドが儲かるかどうかは判らない。だが金融商品を扱う金融機関が助かる事は確かだ。そして、金融危機後、本来はその責任から減らなければならない金融機関の影響力や人口が減らず、一方で人類にとってより重要な分野が疲弊する。

こんな政策を米国の中央銀行が主導するなら、この国の輝かしい挑戦の歴史は終わる。そのあとに待っているのは日本化ではなく英国化である。そしてすべての天罰として究極的なインフレが襲った際は誰が責任を取るのか。その時も今の弱者が更に困窮する事だけは間違いない・・。





2010年10月2日土曜日

バーベル現象とFEDの犠牲者 (顧客レターから)

更にお金がジャブジャブになると言う見込みで、9月は株も債券も買われた。著名なファンドマネージャーのコメントも火を付けたのだろう、結局は株と債券の両方が上がるバーベルトレードの復活である。そして、本日ニューヨーク連銀のダッドレー総裁は、この動きが加速する事は、米国として正しい方向であるとの立場を明確にした。まさに先のFOMCのステートメントにあった通りである。

ところで、バーベル現象は他にもある。ソレは米国という国家がバーベル化している事。金持ちと非金持ち。中間層が貧乏になり、社会がバーベル化してしまった。そんな中、嘗ての中間層も今多くがフードスタンプが頼りだ。だがこれ以上商品の値段が上がれば、フードスタンプだけでは厳しい。そして住宅市場に回復に見込みが立たない以上、彼等は仕事を通してのみ救われる。だがFEDは仕事を造りだせない。だからインフレを煽るというのか。社会がバーベル化しているにもかかわらず、それは本当に正しい金融政策なのか。

ご存知の様に、FEDはFFレートより高い金利を金融機関への準備預金に付けている。つまり自分が損をして金融機関を助けている。危機直後ならまだしも、巨額のボーナスが復活した今なぜこんな事を続けているのか。好意的に考えればまず金融機関を昔の水準まで儲けさす。その後金融機関からの貸出が伸びる事を期待していると言う事。だがこれ程まで政府の規制に逆らった金融機関が儲かる見込みのない貸し出しをするはずがない。ならばFEDは単純に危機の原因を造った過剰利益の追求やそれを正当化するWSの仲間と言う事になる。

下院議員のローンポールと彼等の支持者は昔からFEDの廃止を訴えている。話題のTEA PARTYの人々も、金融に詳しい人はロンポールと同じ立場だ。ロンポールは当選するだろうが、一方で東海岸から面白そうな話が入った。それは、ロンポールの対局に位置するバーニーフランクが苦戦?という情報である。バーニーは今のところ共和党の対抗馬に10%以上の差をつけている。だがその開きは縮小気味らしい。

今年一月、故ケネデイー上院議員の補欠選挙で悪夢を見た民主党。その時も一カ月前まで民主党候補者は17%のリードをしていた。バーニー陣営は慌てていないと言う事だが、先週はビルクリントンまでがバーニーの応援に駆け付けた。バーニーはFEDを頂点とする今の米国の金融システムの議会での守護神。落選まではないとしても、共和党が躍進すればFEDを取り巻く環境も激変する。

いずれにしても、今のFEDの政策は僅かに残っている国内の中間層を更にじり貧に追いこむ。そして、為替相場をみても明らかなように、もう一人の犠牲者は中間層国家の日本である。



2010年10月1日金曜日

水とお金の話

本日9月30日は、米国のある有名な建造物の完成記念日である。それは世界最大規模のダム。フーバーダムである。そのフーバーダムの建設が始まった頃の話から入ると、今のバーナンケFEDが非難する30年代のFEDは、株の暴落後、銀行を助けなかった。結果、1930年には600の銀行が倒産。連鎖は続き、33年には28の州で一つの銀行も営業していない状態になった。

こうなると仕事どころではない。30年まで400万人前後だった失業者は32年には1200万人に膨れ上がり、最終的には3400万人が全く収入の充てがないという状況に陥いった。当時の米国の人口は1億2千万人。今の日本と粗同じである。ならばこの数字がどういう状況か、日本人にも判りやすいだろう。

そしてその時代に始まったのがフーバーダムの建設。建設は政府が資金を出し、請け負ったのはフランククロウと言う民間人だった。着工の31年、クロウの元には5万人の失業者が集まった。ただ政府から許された工事期間は6年だった。クロウの報酬はダムから上がる利益の2.5%強、だが6年で工事が完了しない場合、期間が延びれば延びるほど彼は政府にぺナルティーを払う契約になっていた。そして数々の試練を乗り越え、ダムは1935年の本日9月30日に完成した・・。

ダムの記念日にちなんでこの話をした理由はいくつかある。まず共和党のフーバー大統領は、ダム建設を自分の代に起きた株の暴落、更には迫りくる大不況の対策として始めた事は間違いない。ただ引き継いだルーズベルトのニューデイール政策と比べ、このプロジェクトには共和党らしい特徴がある。まずは競争と市場の原理を徹底的に活かした事。

フランククロウはそれまでにもダム建設の実績はあったが、これだけの規模のプロジェクトは初めてだった。利益2.5%のヘアカットは魅力的とはいえ、史上最大のダム建設を6年で終わらせるのは賭けだったはず。そこで彼は集まった5万人から意欲のある5000人をまず選ぶ。そして彼等に掘削のスピードを競わせた。

次は史上初のコンクリートでのダム建設となった工事方法。彼は大量のコンクリートを手道のクレーンで上から流し込む当時としては画期的な作業法方を編み出したのである。この様に契約に対する責任感やイノベーションが本来は市場原理の真骨頂だ。結果、工事期間は予定より2年も早い4年で完了、クロウは契約に加え4億円を特別ボーナスとして政府から受け取った。そしてこのダムはカリフォルニをフルーツの宝庫に変え、砂漠だったラスべガスに人を集めたである。

ところで、今のベイビーブーマーの米国人は、大恐慌の前のバブルを引き起こした共和党政権を非難する。フーバーの評価はブッシュ並みに低い。だがこのフーバーダム建設はその需要と、何よりも国民にやる気と夢を与えたのは事実だ。一方のルーズベルトのニューディール政策。救済中心政策は結果を出せなかった。そして最後は戦争の破壊がこの国の経済を救ったのである。

さて、バーナンケFEDの金融救済とオバマ政権の景気刺激策、この組み合わせが30年と比べ、どこか同じでどこが違うのか、本日記念日を迎えたフーバーダムは丁度良いサンプルである。だがそのフーバーダムに関し本日CNBCは不気味な報道をした。盤石だったはずのコロラド川の水脈が細り、ダムの貯水量が最低を更新しているのである。

このダムの規模は日本にある2500のダム全部の貯水量である250億トンを上回る400億トン。また280億トンの琵琶湖よりも大きい。ならばこの規模の水がゆっくり減り始めた現象をどう考えるべきか。

個人的には市場原理を曲げ、本来死滅させるべきものを残したバーナンケFEDは、宇宙の原理と言う市場原理で必ずしっぺ返しを食らうと考えているが、フーバーダムの水位はその予兆かもしれない。そしてその結果、インフレと神の怒りの両方から、アリゾナでは「お金で水が買えない」時代がきても驚かない。


2010年9月30日木曜日

国民性への格付け




昨日の敵は今日の友・・これは戦国時代の話かと思いきや、今日のニューヨークタイムスの国際面は現代がまさにその時代である事を現わしている。そもそもロシアは本来快く思っていない中国と、尖閣問題後に対日領土戦略で協調歩調をとった。そして同紙の今日のビジネス面トップは、BP本社をクビになったヘイワード前社長が、BPとロシアとの折半会社であるTNK-BPに迎え入れられ、ロシア人と抱き合っている姿である。

覚えている人も多いはずだが、ロシアは経営権を巡り少し前までBPと袂を分かつ寸前だった。だが敵の敵は味方と言う事だろう、BPと米国の関係が悪化したと見るやもう仲直りである。

この様に、米国の支配が弱まり、国際情勢が流動化すると、世界は何でもありだ。こうなると国家間の約束事もこれからはあまり意味をなさない。その危険をやっと日本も尖閣問題を通じて感じたはずだが、そんな中でも日本が信用できる国があるとすればやはりドイツだろう。その証拠が以下のサイトである。

http://www.spiegel.de/international/germany/0,1518,720156,00.html

ここで紹介されているのは、ドイツは第一次世界大戦後、ベルサイユ条約で約束した賠償金の支払いを、来る10月3日に完了すると言う話。その内容からは今日に至るまでの様々なドラマが判る。

第一次世界大戦後、ドイツだけが悪者にされ、当時のドイツマルクで2690億マルク、ゴールドに直して96000tの巨額な賠償金が課せられた。29年に1120億マルクに減額されたとはいえ支払いの厳しさにドイツは行き詰まり、ベルサイユ条約の不当を訴え国民感情を味方にしたヒトラーは一気に頂点へ。そして第二次世界大戦後、西ドイツはヒトラーの登場で1/8の段階で放棄した第一次世界戦の賠償金の負債も履行する事を表明。そして何十年を経て、最後の利払いが10月3日で完了する。

記事からはインフレと額面との関連が定かではないが、いずれにしてもこんな大昔の負債を律義に払いきるのはドイツ魂の真骨頂だろう。逆に言えば、借金は返すという強い意志があるからこそ、この国は財政に対して厳しいと言える。

その点で米国はどうだ。これまでこの国を支えたコンセプトは、返せないほどの借金をしても、富への挑戦をしたモノは許されるである。そしてこの概念は債務者に甘い破産法に盛り込まれ、また金融のシステムの中でノンリコース(担保以上の負債は残らない)を可能にした。

ただこのコンセプトもこの国が未来永劫成長する事が前提だ。裏を返せば、成長がとまれば自分で尻拭いする覚悟がない限りこの国の国民性ほど日本やドイツとかけ離れた国はない。従って、米国は絶対に破産しないと考える人々は、ではなぜこの国にはチャプター7(破産法)やノンリコースの制度があるのかよく考えるべきではないか。この国で破産は戦略であって切腹ではない。

いずれにしても信用とは最後は人間としての使命感である。時に使命感は合理性の実を追求したルールの中では敗者になる事もある。だがそれでも個人的にはノンリコースなどといった無責任制度がある国を最後まで信じるのは愚かと考える。

そして冒頭の図表では、米系のゴールドマンサックスは、ドイツ経済を評価する一方で米国には厳しいことが判る。これは、GSは無意識の内に、現状の経済に加え、その国民性に対しても評価しているに等しいのではないか。表からはドイツにトリプルA、そして今の米国にはトリプルCがふさわしい・・。






2010年9月29日水曜日

敵は内にあり

日中関係ではフジタの社員が拘束され、民間の交流さえ氷ついている状態。ところが、米中関係では今日からバフェットとビルゲイツを代表とする一段が中国を訪れ、大々的なセレモニーが行われている。随行しているCNBCによれば、彼等の目的はバフェットが投資した電気自動車の会社を観る事。

だが、現状の中国の電気自動車のレベルとそこにビルゲイツまで同行している事を考慮すると、この訪問がオバマ政権の政治的な思惑に彼等が絡んでいる事は容易に想像できる。

そんな中、ワシントンポストは本日も尖閣問題をメインの記事で取り上げていない。昨日読売新聞は、米国でも尖閣問題の優先順位が高い様な記事を書いているが、いい加減この新聞が日本に間違った印象を流す事を止めなければならない。日本のメディアは、本当の敵は誰で、世界では今どんな戦いが起こっているのかを国民にきちんと伝える必要がある。

その事例として今日の各紙の一面トップは面白い。どこも北朝鮮だ。日本や欧州などの政治体制の比較的落ち着いた社会を除けば、北朝鮮しかり、中国も次期周金平体制に向け、団派と太子党の勢力交代が言われる国内政治の権力闘争が最大の懸案である。

それは米国とて同じ。2年に一回の中間選挙が迫り、下院での共和党の躍進はほぼ確定しているものの、上院の趨勢はまだ未定。そこに新しい現象として低落基調の民主党の支持率よりもオバマ個人に対する評価が初めて下回る現象が起きた。この意味は大きい。

オバマの個人の支持率が下がった理由は今日発表されたセンサスビューローの数値で説明できる。そこでは、2009年金融危機以降、米国内の貧富の差は更に拡大していた。これではオバマの支持層は救われない。

丁度良い例がニューヨーク。ニューヨークではアパートの賃貸料は株価の戻りと連動してじり高である。ところが、州が経営する公共のアパートの家賃の延滞率は昨年に比べて30%も悪化した。つまり、金融とその周辺ビジネスが活況になる中、同じニューヨークでも、公共のアパートに住む中間層以下はかなり疲弊していると言う事。彼らはまさにオバマの支持層だった人々。彼らの失望は明らかである。

この様に、中央銀行の供給した潤沢な資金に囲まれた金融市場関係者や大企業の経営者のコンフィデンスは拡大している。一方で一般の消費者の限界点は近い。だが政権は今の政策を変える事は出来ないだろう。なぜなら、この状況では税収の原資が個人の富裕層と大企業に特化しているからだ。

そして、この矛盾が噴き出すのは中間選挙後だろうが、米国にとっても最大の敵はやはり不満を抱えた国民。つまり今の米中はともに最大の敵は国内にある。日本はそこを勘違いしてはならない・・。




2010年9月28日火曜日

亡国の現実化

週明けのワシントンポスト、WEB版では国際面で日中関係の記事を見つける事は出来なかった。一方ニューヨークタイムスは淡々と尖閣諸島を巡る日中の状況が好転していない事実を伝えた。ではワシントンポストが国際面で力を入れた記事は何か。それはイスラエルがヨルダン川の西岸に入植を再開した事である。

この事実が示す様に、日本がアメリカの介入を期待しているなら、今の米政権にとってはその懇願に答える優先順位は低い。もちろん米国と中国の期限付き「不可侵条約」がまず先ある事を忘れてはならないが、仮に米国が日本を助けたいと考えても、この国際情勢の中で今の米国の力は限定的だ。

そもそもアッバスとネタヤフがオバマを交えて握手をしたのは9月2日である。そして一カ月もたたないうちにイスラエルが米国の仲介を全く無視する行動にでるのは過去のパターンと照らし合わせてもあまりにも米国軽視である。こんなバカにされた米国は記憶がない。これはオバマ政権にとっても由々しき事態。日本の事などかまっていられないのは当然である。

この様に、今世界からオバマ政権はその弱腰に付け込まれている。その弱腰のオバマ政権の実態を見誤っている日本。中国も、米国のこの姿を知っているからこそ船長を返しても姿勢を崩さない。つまりは中国は日本の反応など最初から相手にしていないのである。

この問題でいまさら中国をなじっても遅い。これらは全て米国の傘の下で長年リスクを取らず、また時代が変わったにもかかわらず、触角(感度)を失ったために自分でシナリオを描けない日本の自業自得。そして管政権がこの期に及んで米国の衰えやオバマ政権の特徴を客観的に分析にする事もなく米国を頼るだけなら、日本は既に終わった国として処理されるだろう・・。





2010年9月24日金曜日

米中不可侵条約

本日中国は、日本に対し、希少金属の輸出禁止のカードを切ったと伝えられた。だがそれは米国でワシントンポストの朝刊では否定されていた。しかし否定は日本のメディアよりも米国の方が早く入手しており、つまりは日中間の話も米国経由で入った事を示唆する。

これは温首相がニューヨークに滞在中であることを差し引いても、日本にとっては失礼な話。そしてニューヨークタイムス紙は、中国は米国に軍事交流の再開を申し出たと伝え、一方管総理は温首相との面談を断られたとも伝えた。ここも日本のメデイアが後手に回る展開である。

ところで管総理はオバマとの会談に臨む。鳩山時代から数え日本の首相がオバマと面会したのは3回程度か。だが同時期に胡錦濤とオバマの会談は6回以上に及ぶ。日本はそんな回数を気にする必要はない。だがこれ程まで当事者としての日本を無視した米中のやり取りから日本は何を感じるのだろうか。

そもそも今回は中国は尖閣問題で日本を小突く事で米国を助けた。親中派とされる小沢が代表選で敗れ、目先は日中関係で激変はない。ならば一旦日本を揺さぶり米国をの出方をみる。これは当然の常套手段である。

日本は思惑通り米国に助けを求める。米国はその見返りに日本にアフガンの軍事費の一部負担(これは日本人は全く意識していない)、更に沖縄の負担増、また米国債の買い手として盤石な姿勢を見せる事を要求する。中国にとってそれらは構わない。なぜなら中国が日本から得たいモノと、米国が日本から得たいモノは違う。

言うまでもなく中国が日本から一番欲しいのは技術。そして米国が日本から一番欲しいモノは金である。この様に、米中が裏で結託している間は、アジアの利権で日本は米中から順に脅され小突かれる。そして彼らが対峙するその時まで、日本の部位を徐々に吸収していく。これはポーランドと同じだ。

第二次世界の直前、ソ連とナチスドイツの間で弄ばれたポーランド。ただ、それは弱小だった当時のポーランドの仕方のない運命だった。それに比べ実際は大国の日本。その日本が自分から当時のポーランドと同じ運命を選択しようとしているなら嘆かわしい。

いずれにしても本質は「米中不可侵条約」の始まッたと言う事だろう。第二次世界大戦の前哨は独ソによる東欧の分断支配。ポーランドやルーマニア、更にはフィンランドなどの当事国には秘密のまま、当時英米からは犬猿と見られていた独ソは実は密約を交わしていた。そしてポーランドは完全に分割され、フィンランドは最後までソ連に抵抗したもののバルト隣国はソ連に取り込まれた。

ただソ連に屈しず最後まで独立を貫いたフィンランド。同国にはトーゴーというウオッカがある。この酒は日露戦争の英雄である東郷元帥を称したモノだ。ソレに比べ今の日本はどうだ。ここまで米中に弄ばれても立ち上がらろうとしないのか。

自分の国は自分で守る・・。こんな当たり前の事を言い出せない今の日本の腰ぬけ政治家。こんな連中が集まって経済対策を考えても無駄だ、こんな弱腰では結局市場からもバカにされて終わる。困窮する経済も本当は活路はある。それは簡単、日本がプライドを取り戻した時、自然にデフレスパイラルも終わるだろう・・。






2010年9月22日水曜日

長い道のり

この国が健全だった頃、日本との違いで明確だったのは、たて前や形式ではなく、現実を直視し、素早く原因を突き止め、そして改善に向かって合理的に進むスピードがあった。

今もその伝統が完全に失われたわけではない。だが、昨日政権が金融危機に端を発した不景気は、昨年の7月に終了していたとする声明を採用したことは、これでこの後景気がどうなろうとも、ダブルデイップの定義が適用される可能性が無くなっただけで、今のこの国の現実の苦境には全く意味のない話である。

こんな話で選挙情勢が変わるとは思えないが、もし政権が意図して形式を重視したなら、米国の日本化もあながち否定できない。

さて、そんな中で今週のエコノミスト誌の表紙は面白い。それは砂漠の中、長い道のりを一人ポツリと進む星条旗を掲げたバス。テーマは、今の米国は回復過程の何処にあるのかという問いである。

そもそも個人的に米国は本質的にまだ長い凋落過程にあるという立場。よってエコノミスト誌のテーマには答えられない。ただ記事の結論には同意する。その結論は次の通りだ。

Americans are used to great distances .The sooner they, and their politicians, accept that the road to recovery will be a long one, the faster they will get there
「昔のアメリカ人は知っていた・・。回復への道のりが長ければ長いほど、ソレを早く覚悟する事が一番の回復への早道である事を・・。」

だがエコノミスト誌の英文は暗にその伝統を否定している。つまり、今の米国人にはその覚悟がない。だからいつ真の回復過程に到達するかは未定という事である。

まあ米国だけではない。今衰退期を迎えている先進国の選挙戦はどこも誰かに責任をなするつけるだけの応酬。つまりはソレが民主主義下の市場経済の限界点である・・。