2010年12月14日火曜日

日米(経済)同盟

日米安保を特集したNHKスペシャルの4回シリーズが終わった。最終回は討論だったが、こんな時に必ず出演していた岡本某が出演していなかった。親米一筋の彼がいない分、討論はこれまでこの様な堂々巡りとは違った終わり方をした。つまり、参加者全員が米国に頼るのではなく、日本が自分で考える時に来ているという点で一致たのだ。そして、このシリーズで知ったのは、あまり意識しなかったが、「日米安保」はあの印象薄い鈴木善行総理の時代にいつのまにか「日米同盟」に格上げされ、それが中曽根から小泉時代に日本人に違和感なく浸透したという事実だ。

確かにこれまで無意識だったが「日米同盟」は「日英同盟」とは違い、条約としての「日米安保条約」がいつの間にかなし崩し的に「同盟」に発展していた事実を理解するのは重要だ。そして近代になり、冷戦が終わると日米同盟は意味を変える。ここからはNHKの討論から離れるが、日本が無意識に同盟の強い枠に組み込まれたのは、軍事より実は「日米(経済)同盟」の方ではないか。アーミテージ氏は「同盟」とは「お互いの為に血を流す事」と言明したが、実際には軍事同盟として日本はイラクに参加者したものの、血を流す協力したのは(経済)同盟の方である。

今回の様に金利が急騰するリスクも承知?で米債を買い支え、また不条理な円高では輸出企業は泣きながらリストラを断行した。そして日本はいつの間にか毎年3万人が自殺する社会になった。日米同盟の結果としての戦闘では日本人は誰も死なないが、市場経済の敗戦では多くが死ぬ。無論市場原理からすると「死」は悪ではないし、何も米国だけに押しつけられた結果ではない。だがこれからの労働市場を支えるべき世代、また年金を負担する世代にが死に追い込まれる社会は経済の面でも損失である。そして日本人にこの本質を気づかせない様にしてきたのが、軍事面で日米同盟を殊更強調する風潮である。

討論の主役だった寺島実朗氏は「日米安保」は途中から本質が変わり、冷戦後は「マスコミも含め、日米安保で飯を食う人々によって乗っ取られた」と表現していた。この視点は筆者の主張と重なる部分が多い。筆者は冷戦後、クリントン政権は日米安保条約が変質した「日米同盟」を利用し、実際は日米経済同盟から日本が自分では抜けられなくなる仕組みを作ったと考える立場だが、クリントンの院政が誰の目にも明らかなオバマ政権はその二番煎じを狙っている。

たが時代はそれを許さないかもしれない。なぜならオバマ政権は実際に日本に軍事作戦への参加を要請する様になった。これは日本を起こす(覚醒)する事に繋がりかねない危険な賭けで、本来民主党政権下の米国が理想とする姿ではない。(共和党政権下は日本の自覚を促してきた)

ただまだ先は長い。番組で紹介されたNHKの国民調査では、日本の自立を支持する層が確実に増える中で、まだ12%が軍事力を持たず、外交だけで世界平和に貢献するべきと答えている。それが可能なら何も苦労はない。この層に地球の現実を浸透させるためには、アイドルが主演する明治維新の大河ドラマでは限界がある。それこそメディアの地道な努力が必要だろう。そしていつの日か精神的な自立が近づいた時、日本はデフレ信仰からも脱却しているはずだ・・。




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