2013年1月3日木曜日

年初特別号 <クリムソンタイド 深紅の潮流のなかでの孤高の判断> 








あけましておめでとうございます。

新年をどう迎えたかはぞれぞれとして、今年のテーマとして挙げたいのは局面での個々の判断力です。相場のタイミングは当然ながら、組織もトップから末端までそれぞれの判断力が試されるでしょう。

当前といえば当然ですが、これまで判断を他人に任せていた人や国家にとって、運命を自分で決める事は意外に難しいと思います。そこで年初の今回は一人の旧ソ連軍人の話を紹介します。

ご存知だったらすいません。しらなければ、彼のことを知れば、我々国民全員がそれぞれの立場で今年起こるかもしれないリスク管理や危機管理の現場で何をどう判断すべきか。必ず参考になると思います。


彼の名はVasili Arkhipov。彼は1998年に被爆の後遺症で癌を発祥し亡くなりました。ケネデイー政権で国務長官だったマクナマラは、後にロシアでの冷戦終結の記念行事に出席し、彼を人類を放射能汚染の危機から救ったヒーローとして最大の賛辞を送りました。

しかし旧ソ連では彼はヒーローとして扱われず、生前彼はその事実を人に話すことは無かったといわれいます(未亡人の証言)。

それが、最近になって米国人のオリバーストーン監督が彼を取り上けました。それで筆者も彼のことを知る事ができました。今は自分を鼓舞するために今年から彼をフェイスブックのカバーにしました。


彼の生前の判断については、皮肉なことに彼にとってずっと敵国だった米国がハリウッド映画にしています。それが1995年の「クリムソンタイド」と2002年公開の「K19」です。

こちらでは俗に潜水艦モノ映画に不作はないといわれますが、興行はともかく、この2作もスリリングな展開が続きます。そしてこの二つの映画でダンゼルワシントンとハリソンフォードが演じた主人公が彼だと考えてください。


クリムソンタイドは1995年の制作ですから、西側に彼の存在が知られるようになったのが2002年のため、映画との因果関係は証明できません。しかしそこはヒットメーカーのドラッケンミラー、どこかで彼の噂を聞き、実話では悪者のアメリカを、映画では正義にして撮ったといわれても仕方がない内容です。(国家の役割が逆)


またそれより以前に起きたK19の放射の漏れの事故の際は、彼の任務はハリソンフォードが演じた艦長ではなく、リーアムニーソンが演じた副艦長でした。K19は原子力エンジンが放射能漏れを起こし、大爆発の恐れの中乗組員が命を投げ出して危機対応に当たります。

この事故は現在も原子力潜水艦の事故として唯一のものといわれていますが、この事故の際も、Vasili Arkhipovの判断で被害が最小限にとどめられたと乗務員が証言しています。
事故で彼も被爆していますから、映画での役としてはで被爆したヒーロー艦長のハリソンフォードとなります。(映画では副艦長リーアムニーソンがヒールでハリソンンフォードが英雄)


話を冷戦時代の実話戻すと、K19の事故後、彼が副艦長兼チーフコマンダーとして乗り込んだ原子力潜水艦B59は、原子力ミサイルを搭載したまま、キューバ沖で本国との連絡が取れなくなりました。B59 がやっと傍受できたアメリカのラジオ。そこではケネディー大統領が、「最終局面が近づいており、米国民には裏庭に放射能よけの防空壕を掘れ」と呼びかけていました。(実話)


B59は米国海軍の探知機から逃げるために、船内の温度が40度を超える中、一日に取れる水分がコップ一杯の水だけという極限状態のまま、数週間も深海でじっと耐えました。
これがダンゼルワシントンの映画のタイトルの「クリムソンタイド 深紅の潮流」です。このような局面は我々の生きるビジネスの世界でもあるのではないですか。

そしてついにB59は米海軍の探知機に察知されます。米海軍は、ニュートラルの海域で、隠れている潜水艦を挑発するため、命令上は演習しかし実際は実戦さながらのなDEPTH CHARGE(機雷の一種)を落としてきました。これは最後まで開戦回避を探っていたケネデイーの意向を無視したものでした。


この時代、ソ連との間でもし敵が一人生き残り、こちらが二人生き残れば、戦争は勝ちだなどといってはばからない米軍の好戦的雰囲気がありました。

この軍を押さえる役割でケネデイー政権の中枢にマクナマラはいました。ですから、マクナマラは当時の一触即発の事体がケネデイーとフルシチョフの両首脳の能力を超えていたことを身近で知っていたわけです。


そして情報もなく、忍耐が限界に達する中、B59の艦長は決断します。原子力ミサイルの発射を命令したのです。

この判断は妥当だったと現場にいた船員が後に証言しています。ただソ連海軍の規定で、通常兵器ではない原子力兵器の発射には、現場の判断が優先される緊急時であっても、艦長と副艦長二人のカギの3つがそろわなければ、ミサイルは発射ができない規約がありました。

もう一人の副艦長は艦長にカギを渡して発射に同意しました。その時、Vasili Arkhipovは最後まで鍵を渡しませんでした。

結局、挑発した米軍戦艦は去っていきました。この後、有名なキューバに迫っていたソ連艦隊がフルシチョフの命令で引き上げ、同時にケネデイーはトルコからモスクワに向けていた核弾頭ミサイルの撤去を命じます。我々が知るキューバ危機はこのことをさします。

しかし本当の危機は別にあったのです。米国が、ロシアの原子力潜水艦B59でこんなドラマが合った事を知ったのはずっと後のこと。多くの日本人はまだ知らないと思います、


もしこの時にB59からミサイルが発射されていれば世界はどうなっていたでしょう。最後に添付したドキュメンタリーに登場する米軍関係者の自嘲気味なコメントが全てを物語っています。

アイゼンハワーは引退の際に、大統領の権力ではもはやコントロール不能になった軍産複合体の力をケネデイーに警告したのは有名です。

震災後、日本でもこれだけ原子力がテーマになる中、我々日本人もVasili Arkhipovを知らないわけには行きません。ただ彼は結果的にソ連からは評価されず、よって誰にもそのことを語らず。母国が崩壊する中で静かに死んでいきました。未亡人によると、彼は普段は物静かで無口だった様です。

そしてK19の事故での被爆と、そこで優秀な部下を犠牲にした経験が、B59での孤高の判断力になったのだろうといっています。

そこでVasili Arkhipovのことを、読者の皆さんにも知っておいてほしいと思います。そして皆さんの判断で、日本がよい方向に行くことを願います。


http://www.pbs.org/wnet/secrets/episodes/the-man-who-saved-the-world-watch-the-full-episode/905/

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