2013年4月8日月曜日

一流ブロガーの二流評論

最近これはという評論を聞かなくなった。自分も含め、素人がブログをやるようになり、真の評論とブログの区別がつかなくなったからだろうか。

そもそもブログは共感が生命線。フェイスブックのいいねも似ている。ただそれでは一流ブロガーが語る二流の評論で、衆愚政治が加速するという恐れもある。

一方で 評論は共感がベースではない。まあ自分と同じ目線の話が一流の評論であろうはずがない。そのぐらいの謙虚さが読者の我々にもあるべきだ。

一流の評論は、その時価値観に合わなくても後になって理解できるもの、或はその示唆が現実になればなおさら。そういう評論は果たして今あるのだろうか。或は、そういう評論家が今の時代に健在なのだろうか。

日本にいた93年までの経験から、小室直樹氏には改めて驚嘆するし、思い出すと、バブルを煽りながら、崩壊すると批判にまわったオジサン(今はお爺さん)だらけの中、日下公人氏がバブル崩壊直後、なぜバブルが悪いのかと噛み付いたのを思い出す。

そして逆の現象がアベノミクスを語るブログに散見される。安倍さんの「日銀総裁の首を切っても」発言直後は批判していた人が、自民党が圧勝し株の上昇が本物になると違うことを言い始めている。

昨年11月、ここでもそれまでの主張を変えた。長い間日本の株を見ていなかったが、大手家電五社の合計時価総額価が、サムソンの半分にもならないことを知った。その時に日本の敗戦が迫っていると確信した。

リーマンショック後、米国はFEDの教義を変え、超金融緩和によるドル安で輸出促進 大企業のドルベース収益拡大、国内の資産インフレを狙った。米国はずっと守ってきた金融の秩序を自らひっくり返し、資本主義とはいえない政策で、痛みをとるために何でもするようになった。

まるでドラックで一度死にかけた患者が、ドラック抜きの復活に耐えかね、さらに強いドラックで痛みをとってもらうやりかた。個人的にはこのバーナンキの試みは失敗に終わる。だから米国に迎合しない日銀の白川さんのスタンスは正しいと考えた。

その考えは今も同じ。ただ日本のデフレによる凍死と、いまだに薬に頼る欧米の来るべき突然死の順番を間違えた。先に日本が円高とデフレで死んでしまったら終わり。その時戦争は始まっていることを改めて認識した。

結局アベノミクスに対する賛否は、今が戦争状態かどうかを感じるかどうかだと思う。今が戦争ではないと思っている人は、経済の処方箋でも平時の理論である~主義とか、ケインズ云々をいまだベースに議論している。

武器で人を殺すだけが戦争ではない。戦争とは、指導者が国益のためどんな手段を使ってでもと言った瞬間から始まっている。もし日本にその認識がないとすれば、この戦争もまた負けるだろう。

そしてWHATEVER IT  TAKESを最初に宣言したのは米国。FEDの関係者がそれぞれ役割を分担しながら徐々に宣言していった。だから仕掛けたのは米国である。次に参戦宣言したのがECBのドラギ。そして最後宣言したのが安倍・黒田の日本だ。

勿論戦争はいいことではない。だが避けられない時もある。今回は仕掛けたのは米国。ならば勝つとは言わないまでも、相手が自滅するまで負けない戦をすべきである。欧米は既にドラックを打ちすぎている。ドラックの効果は短くなり、さらにどんどん強くするしかない。

そこで黒田さんが異次元の緩和策を持ち出したのは衝撃だろう。欧米が日本を批判するとしたら日本の優位性を恐れての事だ。禁欲していた日本はドラックの効果は大きい。一方先にドラックに浸っていた欧米が日本に対抗するには、さらに強い薬を打つしかない。

この戦争を続けていればどちらが先に倒れるか。欧米のヘッジファンドが何を言おうが先に倒れるのは彼らだと思う。ソレを信じ、負けないようにすれば日本の勝ち。そして戦争が終わったら、また平和な金融論や経済論をすればよいではないか・・

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