このブログは終了しました。 日々のつぶやきはデイオブレコンに、 http://otakizawa.blogspot.com/ 解説はゴゴジャンTakizawa レター 今日の視点 明日の視点に移りました
2012年7月31日火曜日
prohibitive favorite 絶対王者たちのつまずき
それにしてもロンドン五輪では本命がふるわない。英語では戦う気が失せるほどの絶対王者を prohibitive favorite というらしい。すでにサッカーのスペイン、400Mリレーの豪州というprohibitive favorite がメダルを逃した。
そして体操では内村も不調だが、女子ではコマネチの再来と言われた世界王者のウィーバーが予選不調で個人総合への道を断たれたことは米国には衝撃だった。一方水泳の400Mリレーのアメリカは、本命ではなかったものの、体一つリードした米国がアンカーで逆転負けするのはもっともアメリカらしくない展開である。(これでロクテはスーパースターになれない)
さすがロンドン。魔物が住む街の面目躍如だろう。だんだんボルトが負ける気がしてきた・・。
ところで、常勝という意味ではアップルも同じだ。そんななかで本日金融市場ではついにIPHONE5のベールがはがれた。だがIPOHNE4から2年以上たってもあまり外見に差はない。
電話である以上デザインの進化にも限界があると思う。だがソレはアップルには許されないらしい。なぜなら一部の気の早いアナリストは、アップルの時代の終わりの始まりを言い始めた。
アップルは、華麗なイッポンで勝ち続けなければならない日本柔道のような宿命を背負っている・・。
2012年7月30日月曜日
綾を鍛えよ

ロンドン五輪は2日が終わり、ナデシコ比べ、盛り上がりに欠けた男子サッカーが躍進、一方金メダルが期待された個人種目はいまのところ惨敗だ。ただこれに違和感はない。日本人として北島の3連覇には期待したが、やはり12年も世界の頂点にいるのは難しい。むしろ実力のピークが過ぎても勝負はできると踏んでここまで調整した北島はさすがだ。一方で実力を発揮できなかったと報道される女子柔道。個人種目で直接相手と組み合う柔道は、圧倒的な差がないなら、平時の実力より「勝負の綾」を鍛えるのが、五輪の実力であることをまたも見せ付けられた。
では勝負の綾をどうやって鍛えるのか、この点日本の選手は不利だ。なぜなら平和の日本では4年に一度の五輪は盛り上がりすぎる。有望な選手への過剰なメディアのカバーが避けられない。そこで選手は悪態をつくわけにもいかず、まじめで若い選手ほど本番で雰囲気に呑まれるのだろう。まあコレも実力。ただ女子柔道はソレ以前に国内を過剰評価したつけを感じる。
一方アメリカの五輪報道で一番驚いたのは、400M個人メドレーでメダルを逃したフェルプスの報道が、金メダルを取ったロクテの数倍あったこと。当日夜の第一声は「アメリカのショック・・」で始まった。コレは日本人にはショック。なぜなら金メダルのロクテもアメリカ人だ。だがNBCのナイトリーニュースは、金メダルのロクテをたたえるより先に、スーパースターの時代が終焉しようとしている衝撃を優先した。
ここにこ米国の本質が出ている。そもそも普通の米国人は、自分が生きる小世界米国は、地球上の国際舞台を支配するのは当前と考えている。そこでは敢えて国威を証明する必要はなく、彼らにとっての最大のスポーツイベントはスーパーボールなどの国内イベント。そんな米国人が五輪で盛り上がるのは米国人スーパースターが活躍すること。つまり個人。これがとにかく金メダルが欲しい日本との最大の違いだろう。米国の五輪のスーパースターは過去2会はフェルプス、その前はマイケルジョンソンだった。
注目されない米国の集団競技はそれはそれで強い。一方でスーパースターはやはりスーパースターだ。ではその中間の日本のトップアスリートたちに日本はどんな「綾を鍛える場」を提供できるのだろう・・。
2012年7月26日木曜日
金融帝国を築いた男(マネー原理プロから)
いろいろな意味で、アメリカに来て一番テーマにした人は、サンデイワイル元CITIグループ会長だった。この人を直接観ることは無かったが、彼の側近が直接の上司だったこともあり、この人のことは詳しいつもりだった。だが今日は青天の霹靂。既に金融界に対する影響力はないとは言え、CNBCで「米国はグラススチィーガル法を復活させるべき・・」と語るワイル元会長からは、あのギラギラした迫力は完全に消え去っていた。まるで別人だった。そして90年代からの米国金融の大きな潮流が変ろうとしていることが、改めて...感じられた・・。
これにはCNBCの二人のホストも目が点だった。彼らはジャーナリストとして会長の豪腕を見てきた立場だ。映画にもなったメールボーイ(ベアスターン)からの大出世。90年代途中からGS買収を試み、それが無理だと判ると矛先をソロモンに変えた。既にその頃からグラススティーガル法の廃止に向け、議会工作を金融界を代表して推し進めた。そして正式にはまだ法律が廃止されていないにもかかわらず、リード会長を説き伏せてのCITIバンクとの大合併。この豪腕を前に、グラスステイーガル廃止を最終的にサインする立場だった当時のクリントン大統領、そして議会から見解を求められたグリーンスパン議長も異論を挟む余地はなかった・・。
この頃の会長にとって、金融大帝国構築(CITIグループ)に向かってゴロゴロと巨大が塊が突き進む過程で道端の石ころだったのが日興証券の買収だった。彼の桁違い野望の迫力は、チマチマとした日本のビジネス慣習しかしらない自分には衝撃だった。しかし実際にその組織を内面から眺めると、会長の野望のスピードに末端組織は全く追いついていない現状を目の当たりにした。恐らく、アレキサンダー大王やチンギスハーンの大行軍の末尾の兵隊も同じ心境だったのではないか・・。
ルービン元財務長官を抱き込み、単独会長就任にむけ、社外取締役工作の鍵を握るアームストロングATT会長を味方につけるため、自社のソロモンのアナリストにATT社の評価を水増しするように命令したとされるのはこの頃だ。ワイル会長の「一緒に引退し、後継者は社外から用いる」との約束を信じたCITIバンクのリード会長は、社外取締役会の決議で敗北した。ここ至る過程では、ジェイミーダイモンの人気を恐れる旧CITIバンクの役員をなだめるため、かわいがったジェイミーを切るという非情な決断。ワイル会長のCITIグループ単独会長の野望はここに完成した・・。
しかし帝国の崩壊は早かった。メリルリンチに端を発したアナリストの不正疑惑が、自社のソロモンまで波及した。同社通信アナリストのグラブマンは元ATT社員。ATTに冷遇されたことを根に持ち、ソロモンのアナリストに転職してからは、ライバルだったワールドコムを常に過剰評価していた実態が、同社の倒産で明らかになってしまった。彼は自分の罪を軽くしようと、ワイル会長からATT評価でプレッシャーを受けたことを、証拠を含めてNY司法長官のスパイザーに渡した。スパイザーはワイル会長に引退を迫った・・。
会長が引退してCITIは大きく変ったといわれる。ちょうどその直前に自分もCITIを辞めていたが、ワイル会長が健在のころは、同社は自己ポジションを膨らませる事は無かった。外からみれば、2004年からのサブプライムブームの中では、たとえワイル会長でもトレンドに巻き込まれただろうという観かたもある。だが自分はソレを信じない。なぜなら上司を通し、部下がワイル会長をどれほど恐れていたかを実感しているからだ。
後を受けた社内弁護士出身のプリンス会長は、現場にすべてを任してしまった。結果的にこの人選が、潮流変化での巨艦の舵取りで手遅れを招いたのだろう。
リーマンショックの直前、市場でのCITI株崩落の引き金を引いたのはメレディスウイットニー。今CNBCではワイル会長とメレデイスは二人並んで座っている。良くも悪くもこれがアメリカである。一方で、米国の金融は逆戻りするとの予想は正しい事に確信をもった・・
これにはCNBCの二人のホストも目が点だった。彼らはジャーナリストとして会長の豪腕を見てきた立場だ。映画にもなったメールボーイ(ベアスターン)からの大出世。90年代途中からGS買収を試み、それが無理だと判ると矛先をソロモンに変えた。既にその頃からグラススティーガル法の廃止に向け、議会工作を金融界を代表して推し進めた。そして正式にはまだ法律が廃止されていないにもかかわらず、リード会長を説き伏せてのCITIバンクとの大合併。この豪腕を前に、グラスステイーガル廃止を最終的にサインする立場だった当時のクリントン大統領、そして議会から見解を求められたグリーンスパン議長も異論を挟む余地はなかった・・。
この頃の会長にとって、金融大帝国構築(CITIグループ)に向かってゴロゴロと巨大が塊が突き進む過程で道端の石ころだったのが日興証券の買収だった。彼の桁違い野望の迫力は、チマチマとした日本のビジネス慣習しかしらない自分には衝撃だった。しかし実際にその組織を内面から眺めると、会長の野望のスピードに末端組織は全く追いついていない現状を目の当たりにした。恐らく、アレキサンダー大王やチンギスハーンの大行軍の末尾の兵隊も同じ心境だったのではないか・・。
ルービン元財務長官を抱き込み、単独会長就任にむけ、社外取締役工作の鍵を握るアームストロングATT会長を味方につけるため、自社のソロモンのアナリストにATT社の評価を水増しするように命令したとされるのはこの頃だ。ワイル会長の「一緒に引退し、後継者は社外から用いる」との約束を信じたCITIバンクのリード会長は、社外取締役会の決議で敗北した。ここ至る過程では、ジェイミーダイモンの人気を恐れる旧CITIバンクの役員をなだめるため、かわいがったジェイミーを切るという非情な決断。ワイル会長のCITIグループ単独会長の野望はここに完成した・・。
しかし帝国の崩壊は早かった。メリルリンチに端を発したアナリストの不正疑惑が、自社のソロモンまで波及した。同社通信アナリストのグラブマンは元ATT社員。ATTに冷遇されたことを根に持ち、ソロモンのアナリストに転職してからは、ライバルだったワールドコムを常に過剰評価していた実態が、同社の倒産で明らかになってしまった。彼は自分の罪を軽くしようと、ワイル会長からATT評価でプレッシャーを受けたことを、証拠を含めてNY司法長官のスパイザーに渡した。スパイザーはワイル会長に引退を迫った・・。
会長が引退してCITIは大きく変ったといわれる。ちょうどその直前に自分もCITIを辞めていたが、ワイル会長が健在のころは、同社は自己ポジションを膨らませる事は無かった。外からみれば、2004年からのサブプライムブームの中では、たとえワイル会長でもトレンドに巻き込まれただろうという観かたもある。だが自分はソレを信じない。なぜなら上司を通し、部下がワイル会長をどれほど恐れていたかを実感しているからだ。
後を受けた社内弁護士出身のプリンス会長は、現場にすべてを任してしまった。結果的にこの人選が、潮流変化での巨艦の舵取りで手遅れを招いたのだろう。
リーマンショックの直前、市場でのCITI株崩落の引き金を引いたのはメレディスウイットニー。今CNBCではワイル会長とメレデイスは二人並んで座っている。良くも悪くもこれがアメリカである。一方で、米国の金融は逆戻りするとの予想は正しい事に確信をもった・・
2012年7月25日水曜日
病気の巧妙
「怪我の功名」は聞いたことがあるが、添付写真の女性は「病気の
2012年7月21日土曜日
悲劇と奇跡の狭間
学生時代、シドニーの映画館で封切したばかりのランボー2を観た(85年)。その時だった。突然一番後ろ観客席の男が立ちがあり、おもちゃのマシンガンをぶっ放した。さすがに驚いた。日本ではありえない行儀の悪さに一瞬戸惑った。だが次の瞬間、一緒に盛り上がる観客を見て、ついに外国に来た嬉しさの方がこみ上げてきた・・。
コロラドの惨劇では、観客は最初封切日の出し物だと思ったという。今日の米国はこの話題で覆われた。オバマもロムニーも予定外の出来事に対して無難に立ち回っていた。
個人的にこのニュースで一番驚いたのは、70人以上が撃たれ、死者が12人で済んだこと。亡くなった方にとっては本当に悲劇。しかしその裏では59人が怪我で済んだのは驚くべき奇跡。これは銃社会米国の適応力なのか。そして米国はこのような事件の報道では被害者も加害者にも容赦しない。顔を隠すインタビューなどない。悲しみも怒りも顔を出して表現する。
一方チャンネルを換えて日本のニュースを観ると、大津での自殺に続き、別のいじめを取り上げていた。いろんな人がインタビューに答えていた。だが登場した親の殆どが顔を出していなかった。顔を出し堂々と批判できない社会からいじめが無くなることはないだろう。なぜならそれがいじめ社会の本質だからだ・・。
それにしても、添付した写真の女性ジェシカさんの悲劇は神の存在を疑うに足る。ジェシカさんは、6月トロントで起きた乱射事件(7人が死亡)でその場に居合わせて危うく難を逃れた彼女はこんな気持ちをツィっターに残している。
'I say all the time that every moment we have to live our life is a blessing,' she wrote. 'So often I have found myself taking it for granted. Every hug from a family member.'Every laugh we share with friends. Even the times of solitude are all blessings. Every second of every day is a gift. I know I truly understand how blessed I am for each second I am given.'
彼女はこんなすばらしいことに気づいた。なのになぜだろう。コロラドでMEDIAの仕事を始めた彼女は希望に満ちていた。だが今回銃弾は彼女の命を奪っていった・・
2012年7月20日金曜日
資本主義の原点 (真マネー原理プロから)
マックスウエーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』が、カソリック諸国(南欧)より、オランダ 英国 アメリカで資本主義が発展したのは、規律を重んじ、消費より貯蓄を重んじたプロテスタント(カルバニスト)達が個の富の蓄積をめざすことで、結果的に資本主義の本質が体現された、という解釈でよいなら、今ほど彼が天才であると感じることはない。
なぜなら、事実として米国でプロテスタントの宗教観が後退した今、中間層のいない資本主義がここまで弱点を晒すと、逆説的に彼の考えが正しい事を証明するからだ。それはマックスウエーバーが(資本主義の)成功の象徴として触れた、ベンジャミンフランクリンの13の徳が今この国でどうなっかた確かめれば確認できる。(マックスウエーバーは、1770年代のBフランクリンの教えから、20世紀に入った米国が英国を抜いて世界一の産業大国に発展したのを確認している)
- 節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
- 沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
- 規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
- 決断 なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
- 節約 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
- 勤勉 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
- 誠実 詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出だすこともまた然るべし。
- 正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
- 中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
- 清潔 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
- 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
- 純潔 性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
- 謙譲 イエスおよびソクラテスに見習うべし。
今の米国では倹約は悪。なぜならそれでは来週市場が注目するGDPを落とす。また訴訟合戦や過度のメデイアの演出、更には麻薬の容認と性行為の多様化など、赤字した部分はコアの価値観として殆ど失われてしまったものだ。ただコレが進化なら資本主義も進化するという考え方が成り立つ。その場合は新しいパラダイムが始まるはず。さもなくば終わりが先に来る。いったいどちらを準備したらいいのだろうか。
2012年7月17日火曜日
平和の祭典の前後
日本はなぜこんなにオリンピックが好きか。一言で言うと平和だからだろう。日頃平和に安住する国民が4年に一度スポーツでナショナリズムを体現する。これは刺激だ。また日本では金メダルが同等に扱われる。つまり「君が代」が世界に向けて流れることに価値を感じている。だが国家の存亡をかけて実際に戦争をしている国、またサッカーが戦争の役割である国。或いは米国のように1896年の近代五輪(アテネ)よりも早くベースボールとフットボールのプロの試合が始まった国では日本ほどの盛り上がりはない。
ただそんな話とは無縁にオリンピックを日本人として堪能したい。それは同じ。だが終わったら、(ちょうどその頃終戦記念日)日本ではもう少し現実的に平和の意味を考えてほしい。オスプレイの配置。原発の今後。あまりにも日本国民は直情的だ。前にも言ったが、自分の力で国防を担うと宣言しない日本がなぜ米国のオスプレイ配置に文句を言う。広島長崎の悲劇を経験した日本が悲劇ばかりを主張し、なぜどのように両市が汚染を克服したかを話さないのか。コレは日本だけが知る成功体験だ。広島長崎がいまだに汚染されていると思っている外国人はそれなりにいる。
結局政治は何を基準に政策を打つのか。俗に言う平和ボケの中、一般からのアンケートでは正論は得られない事もある。リスク管理と危機管理の混同。危機が国家なのか人命なのか。その選択を迫られ場合の優先順位の覚悟を国民に促すのも政治の使命だ。この力技をするのは誰か。避けていては無責任。ただし国民に選ばれなければ政治家は無力。よってある程度メデイアの援護が必要だ。
週末、役所広司が演じた「山本五十六」を観た。この映画のいいところは徹底的にMEDIAを叩いていること。一方的に東条とその周りの成功体験者による判断ミスにせず、当時の世論構成ではメデイアの役割も大きかったこと下品なまでに誇張しているのがいい。日本人は一度失敗すると次は全てを否定する。映画のエンデイングでは、メディアとして戦争を煽った香川照之が、戦争に負けると今度は米国の民主主義を盲信する今の日本を予兆させる役を上手く演じていた。少しでも長く平和を維持したいなら盲信ではなく準備。ロンドン五輪が終わったら、そろそろ前向きな準備を始めよう・・。
ただそんな話とは無縁にオリンピックを日本人として堪能したい。それは同じ。だが終わったら、(ちょうどその頃終戦記念日)日本ではもう少し現実的に平和の意味を考えてほしい。オスプレイの配置。原発の今後。あまりにも日本国民は直情的だ。前にも言ったが、自分の力で国防を担うと宣言しない日本がなぜ米国のオスプレイ配置に文句を言う。広島長崎の悲劇を経験した日本が悲劇ばかりを主張し、なぜどのように両市が汚染を克服したかを話さないのか。コレは日本だけが知る成功体験だ。広島長崎がいまだに汚染されていると思っている外国人はそれなりにいる。
結局政治は何を基準に政策を打つのか。俗に言う平和ボケの中、一般からのアンケートでは正論は得られない事もある。リスク管理と危機管理の混同。危機が国家なのか人命なのか。その選択を迫られ場合の優先順位の覚悟を国民に促すのも政治の使命だ。この力技をするのは誰か。避けていては無責任。ただし国民に選ばれなければ政治家は無力。よってある程度メデイアの援護が必要だ。
週末、役所広司が演じた「山本五十六」を観た。この映画のいいところは徹底的にMEDIAを叩いていること。一方的に東条とその周りの成功体験者による判断ミスにせず、当時の世論構成ではメデイアの役割も大きかったこと下品なまでに誇張しているのがいい。日本人は一度失敗すると次は全てを否定する。映画のエンデイングでは、メディアとして戦争を煽った香川照之が、戦争に負けると今度は米国の民主主義を盲信する今の日本を予兆させる役を上手く演じていた。少しでも長く平和を維持したいなら盲信ではなく準備。ロンドン五輪が終わったら、そろそろ前向きな準備を始めよう・・。
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