2011年11月30日水曜日

大阪で暮らしたい男

そもそも比喩にはセンスが必要。重要な地位の人はなおさらだ。ただ、沖縄を侮辱したという役人の「犯す」と言う表現は、その前にどんな言葉が来るかで雰囲気が違う。

もし女性を侮辱するものなら確かに言語同断。だが、メデイアの報道はあまりにも一方的で、本人に弁解の余地を与えない。この辺りは、メデイアの信義と、受け手の客観性の幼稚さという日本の本質的弱点とダブる。

ところで、沖縄が感情的になるのは過去からの権利として当然だが、「独裁者を目指す」を公言した人を市長に当選させる大阪は面白い。

米国から日本を眺めていると、都市として東京は日本の最高傑作と考える一方で、そこに住む東京人の想像力は既に?マークだ。

理由は、便利で優れた「東京機能」の中で暮らせば、「現状を変える」など掛け声だけになるのは当然。政治家も、官僚機構も、そして大企業も、大きくて古い組織に自己改革などは期待できない。

その意味で、日本のためには関西にもう一度首都を移した方が良いと本気で考えている。なぜなら、東京がこのままなら、日本もこのままだから・・。

しかし、個人的な秘密をばらすと、大阪には一度しか行った事がない。それも街中に滞在したのはほんの1時間あまり。(職場の先輩の結婚式で、近鉄のターミナル駅のホテルに行っただけ)。

昔はこのまま大阪には一生縁がないだろうと思っていた。だが、大阪と大変仲が良いシカゴに15年も住んで、今は大阪にも興味しんしんである。(シカゴ大阪は姉妹都市で先物など縁が深い) 週末は、「プリンセストヨトミ」まで見てしまった。

米国ではシカゴがニューヨークやボストンにとって替わる事はないだろう。なぜなら、シカゴには東海岸の様な歴史がない。一方大阪は東京より歴史は古い。ならば首都が代わってもそれは回帰。新しい事をするのが苦手な日本人でも回帰は可能のはずだ。

以前ここでも書いたが、日本がいずれ中国の影響下に再び入れば関西に首都機能があるのは便利だろう。(遣中使の時代の始まり。米国を盲信する戦後世代には想像できないだろうが、この国を知る相場師としてはその可能性に疑問の余地はない)

想像力が欠如した今の日本がこのまま無事で終わる事はない。それは物事の摂理である。ではその時にどんな決断をするのか。まあそれは次の世代の判断として、次に日本で暮らす時は、大阪に住んでみたいものである・・。

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