2008年9月24日水曜日

<今日の視点>米国の懺悔。誰が懺悔すべきか

財務省が提示した救済法案の議会審議において、何人かの上院議員は国民の税金から700Bを投資する前提に、この事態を引き起こした責任と、救済法案の実務責任の所在を明確にする必要を強調している。その前に、普通の米国人で今の財務長官が誰であるかを答えられるのは米国全体ではせいぜい6~7割だと考えている。その中でポールソン財務長官がGSという証券会社の会長だった事を認知している国民は全体の4割程度ではないか。まずこの程度の構造の中で公聴会が進んでいる事を認識しなければならない。

そして議員はこの救済案によって救済される金融機関が懺悔も無しに救済を超えて再び大きな利益を得てしまう事のリスクを感じている。特にこの救済案の提案がGS出身のポールソンから出された事にどうしても懐疑的にならざるをえない様子である。

確かにCNBCのゲスパリーノ氏によれば、前回のGSE法案とこの法案には財務省内の職員というより、ポールソンが指名した外部のモルガンスタンレーのTASK-FORCE(特別チーム)が深くかかわっているという。その噂も議員に多少は影響しているかもしれない。ただ結論からすると議員に勝ち目はない。なぜなら同じ論理上ではまず懺悔しなければならないのは上院議員だからである。

そもそもポールソンは望んで財務長官になってはいない。ブッシュに請われてなったまでだ。その際にポールソンはGSが上場してから有していたGS株の売却益900M(1000億円)の内600Mを寄付している。

そして上院議員が懺悔しなければならない理由は、上院がその義務を果たさなかった事である。まず下院にはなく、上院にある権限(責任)は国家公務員の承認権だ。ブッシュがWSからではなく、それもGS出身のポールソンではなく、清廉潔白でクリーンな印象の財務長官を選んでいればこの審議も簡単だったかもしれない。ただ暗黙にポールソンの出身が問題になるなら、彼の就任を問題視しなかった上院は当時の自身の機能停止を認めるべきだろう。そして全員が過去の失敗を水に流しこの危機に対峙する覚悟があるなら、WSの懺悔を要求する前に議会が国民に懺悔するのが先だ。

ところで、今日の審議ではポールソン財務長官の隣にいたバーナンケFED議長が非常に面白かった。 彼は終始苦渋の表情だったポールソンの隣でどこか他人事の様な表情でいつもの淡々とした学者の様な解説をしていた。面白かったと表現したのはバーナンケの表情が退任した福田前首相に類似していたからだ。

実はこの二人には共通点がある。それは自分に役が回ってきた時点であふれ出した難問はその大半が前任者以前の時代に起因している事だ。そしてある程度その困難が自分に降りかかる事を覚悟して大役を引き受けた点だ。その意味では今の事態の責任を一方的に押し付けらるのはアンフェアーかもしれない。特に民間の証券会社の会長として1000億も貰ったポールソンと同じ土俵で批判されるのは大学の学者だったバーナンケには納得がいかないはず。

いずれにしても、人はこの様な状況に追い込まれた時、直面する困難を他人事のような表現をする事で自分の宿命をごまかすのかもしれない。福田前首相とバーナンケはどこか似ていた・・。

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