2008年12月23日火曜日

<今日の視点>マネーシャーマニズム

朝から面白い話だ。最近、水をえた魚の様にバーナンケ(中央銀行議長) の顔が活き活きしている。その理由は明らかである。まだ市場が市場の原理で動いていた時代、FED(中央銀行)は絶対的だったとはいえ、市場での1プレーヤーとして自己を抑制していた。従ってFEDがその絶対性を堅持するためには市場の動きに精通した人間、或いはそれが出来ると周りから信じられる人間がFEDを支配する事が不可欠だった。それが絶頂期のグリーンスパン前議長である。

その意味でバーナンケは市場のプレーヤーとしてのカリスマ性は前任者よりも最初から劣っていた。従って彼は就任以来どこかでその自信の無さを引きずり、その言動が激動の過程にあった市場の他の参加者による非難(捌け口)の対象になっていった。しかし時代は変わった。表面はともかく、一時的かもしれないが本質では市場の時代は終焉し、デフレ下の統制の時代が始まった。そうだ。彼の時代が始まったのである。だから世の苦境とは裏腹に水を得た魚のように彼は生き生きし始めたのであろう。

そしてデフレの専門家である彼はドルをばら撒きはじめた。ただここからが面白い話だ。朝のCNBCでは誰かがこの現実を皮肉り、それならいっその事米国民全てに10億円ずつ配ったらどうかというのである。真に本質を言い当てた話。そして計算したところ、3億の米国人に10億円ずつ配った場合、ドル換算で3「QUADRILLION」日本円にして「30京円」が必要になるという。(QUADRILLIONは1兆ドルの1000倍の位)

そう言えば以前視点では世界で蠢くデリバテイブの全額は1万円札を月まで積み重ねた金額でも追いつかないと表現した。38万キロの月までは3.8京円を積み重ねれば到達するが、記事を書いた9月の段階でデリバテイブ(派生金融商品)の総額は6京円に迫っていたのである。その時この「京の時代」の到来に興味をもった雑誌社から原稿執筆の依頼があった。そしてその記事は韓国の有力月刊誌にも転載されたとの連絡があった。一体これは何を意味するのか。

まず麻薬の重症患者が禁断の治療を諦め、痛みを止めるために更に麻薬を求めたとする。そしてその麻薬は単一機関の専売特許だった場合どうなるか。別の誰かがこの権利を共有しようとするか、或いは奪い取ろうとすると、歴史はその誰かを犯罪者にするか、または抹殺してきた。今のバーナンケはこのマネーシャーマニズムの崇拝の対象となった。夏までの批判が崇拝の対象に代わったのである。CNBCで自分の番組を持つジム クレーマーはその代表だ。そして英国や日本軍(関東軍)が中国や満州以南を支配した方法と同じ終末の麻薬政策、中央銀行によるマネーシャーマニズムを巷では量的緩和と呼ぶ。そしてその政策には新しい規模の金の位が必要になる。それが「京」や「QUADRILLION」である。

昔なら天文学の入口でみただけの「京」や「QUADRILLION」という位がマネーの世界では必要になり始めた事を世界も感じ始めた。ただ多くがそれをどう受け止めるべきかまだ分からない。「未来のインフレ」などと教科書的な話をしてみても代替価値としてのGOLDの値動きもいまいちだ。当然だろう。激痛に耐えかねてモルヒネ(麻薬)を打ち始めた体は最早覚醒しない。痛みの除去と引き換えにぼんやりとした感覚の中で生命体はその最後を迎えるだけだ。それを通常シャーマニズムでは「トランス状態」という。そうだ。今世界はトランス状態に入ったのだ。だが未来志向で言うなら、世界は一旦死に、今度は新しい体で再び生き返る過程に入ったとも言える。しかしその過程においても麻薬だけでは大した有効需要は生まれなかった事実も歴史は証明している。

今オバマ政権が真似始めたあのルーズベルトのニューデイール政策だけでは米国は復活しなかった。そう、マーシャルプランだ。そして、ヨーロッパの復興を舞台にした有効需要がマーシャルプランだったとするなら、新政権の黒幕は次はアジアを舞台にした新マーシャルプランを既に練りはじめている気配を感じるのは私だけだろうか。



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