2010年7月9日金曜日

「老若男女」のドラッカー

エコノミスト誌は最新号で日本の新たなドラッカーブームを紹介している。目標に向かって皆で努力する環境をどう創るか。今回のブームでは、このドラッカーの定番を女子高生の「ミナミ」が甲子園を目指す球児の世話をするマネージャーの視点で描いた本が、日本の若い女性にバカ受けである現象を同誌は奇異な目で捉えている。

ざっくり言うと、老若男女を問わず、日本では皆がドラッカーを崇拝する事が、恐らくはデフレの一因だろう。そして、米国流のエコノミストとの意見とは違い、個人的にはソレはそれで良いと考えている。

ところで、今更ドラッカーの解説はしないが、彼の本質を語るに最も相応しい逸話が英文ウィキペディアの中で紹介されている。1934年、ケンブリッジ大学で、あのケインズの講義を聞いていた若き日のドラッカーは次の言葉を残した。「授業を聞くうちに、(ケインズ)教授を始め他の優秀な学生の全員が、経済学で重要なのは「モノとカネの動向」であると考えている事が判った。だが、当時から私は「人の動向」が一番大事だと確信していた・・。(“I suddenly realized that Keynes and all the brilliant economic students in the room were interested in the behavior of commodities,” Drucker wrote, “while I was interested in the behavior of people.”)

ドラッカーがGMやコカコーラなどの米国の大企業の顧問を務めていた頃、米国はモノを作っていた。だが、米国がモノ作りから金融国家に変貌する過程で、彼はこの国では徐々に過去の人となっていたのかもしれない。ソレを確信したのはまだ彼が健在だった2003年頃、彼が余生を過ごしていたクレアモント大学の職員で、学生を集めの営業を担当していた日系人の若者と知り合った時だ。彼は「ドラッカーの名前で学生が集まるのは日本だけです・・」と漏らしていた。

確かにその頃はハーバードを先頭にMBAが頂点を極めた時代。米国ではドラッカーが過去の人になっていたのは自然の成り行きだったのだろう。そして金融危機が関係しているかもしれない。日本では再びドラッカーのブーム、だが米国にその気配は全くない。そんな中でニューヨークタイムスが取り上げた、一流大学を出ても就職が出来ない米国の若者の惨状は深刻である。

この状況は全く大恐慌後と同じ。だが個人的には今の方が深刻だと考える、なぜなら当時の米国にはドラッカーが移民し、モノとカネだけではなく、企業はヒトとのバランスも重視し、世界経済を今日まで導いた時代が控えていた。ところが今はどうだ。この国は金をジャブジャブしてのギャンブル経済にしか最早活路がみいだせないではないか。

米国がこの問題を解決しようとすれば、恐らく「モノとカネ」だけで図る経済は縮小するだろう。結果、借金まみれの国とベービーブーマーは悲鳴を上げる。だが人は滅んでも国は残る。その方が未来の米国人には夢は残るだろう。




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