2009年7月7日火曜日

ジレット社の選択

この10年、世界の一流スポーツ選手の中で、「相場師」としても勝てるだろうと感じたスーパースターが二人いた。その二人とはタイガーウッズとロジャーフェデラーだ。その二人は昨日粗同時にスポーツ中継の主役になり、そして当然の如く勝った。ゴルフの不確実性からタイガーの試合は観戦してきた。ただフェデラーの試合は彼の独走態勢が始まってからは殆ど見なくなった。だが昨日のウインブルドン決勝では久しぶりに彼のプレイを堪能した。そしてその印象は最後に彼を見た時と同じだった。

その昔の試合もロディックが相手だった。当時二人の評価はそれほど開いていなかった。試合は地元の声援を背にロディックが優位に進めた事を覚えている。ところが雨の順延で流れが変わり、翌日ロディックは自滅した。そして昨日。確かにフェデラーの満月は欠け始めたのかもしれない。ロディックにもチャンスがあった様に思えた。だが史上最多数のゲームカウントとは裏腹に、状況に応じた勝ち方の着地点をイメージしているフェデラーに対し全力でぶつかるだけのロディックの無邪気さは5年前と同じ印象だった。

素人なのでテニスの技術論は控える。だがこの二人の差は技術の差というより、相場にも通じる全体の流れの中で、どういう形にせよ、最後に自分が勝ち残るパターンを意識している冷静なマネッジメント能力の差に思えてならない。そして一方のタイガーは今大会の格と選手の顔ぶれからしても、またゴルフ特有の不確実性を持ってしても彼のマネッジメント能力の方が勝っていた。楽勝だった

ところでこの二人に別の黒人スーパースター選手が加わり、3人で共演したTVコマーシャルがあった。2年前から始まったそのCMとはジレットのカミソリのCMだった。その商品は私自身も愛用していた。この3人のスーパースターと同じ商品を愛用する偶然に子供の様な喜びを感じた。ところが今年のCMでは3人目の黒人スター選手が降板となり、代わりにヤンキースのDジータが加わった。理由は明らかだった。大半の米国人とっては彼が誰だか判らない。何のスポーツの選手なのかさえ多くは知らなかったはずだ。だが彼は欧州ではタイガーとフェデラーと共演させてもさほど違和感はないと想像する。その黒人選手とは、バルセロナに移ったT オンリーだった。

今から思うとジレット社はなぜロナウジーニョを選ばなかったのだろう。当時のロナウジーニョはナイキのCMにも登場し、米国でもそれなりに顔は知れ渡っていたはずだ。まあよい。究極的結論は米国におけるゴルフとテニスに比べてたスポーツとしてのサッカーの価値。もっと言うなら他国では単なるスポーツの意義を超越する事もあるサッカーの米国における存在価値である。

そんなサッカーの価値に関してCNBCの常連コメンテーターであり、歴史家としても評価がある珍しい経歴のザッカリーカラベラ氏が面白い分析をブログでしていた(添付参照)。彼は先のコンフェデレーションカップで米国がブラジルに惜敗した事を喜んでいる。簡単にブログを要約すると、現在の欧州のサッカー列強であるスペイン/イタリア/蘭/英/独はそれぞれ皆が一時世界を支配した。だが今は国家の経済支配力は衰えた。そして国民はサッカーに夢中になった。また往年のサッカー王国ブラジルは近年BRICに数えられるられるようになり、その経済力が世界の注目を集めるようになった。だが逆にサッカーのランキングは下がっている。(現在はトップに返り咲いた)

この歴史的現象を米国に当てはめるなら、カラベラ氏からすると米国は絶対にサッカーが強くなってはならないという事である。なぜなら米国のサッカーが強くなるという事は、歴史的には米国の衰退の動かぬ証拠になるという分析である。最後に言うまでもなくゴルフやテニスは個人スポーツだ。よってタイガーやフェデラーの個人の卓越した能力はそのまま評価される。だが集団スポーツであるサッカーの個人評価は難しい。その分オンリーは不運だった。個人的にはストライカーでありながら状況に応じて力任せだけのシュートだではないオンリーの判断力は、日計りに徹すれば十分相場でも通用すると感じている・・。


<参考>

http://blog.rivertwice.com/2009/06/30/you-can-be-great-at-soccer-or-globally-dominant-you-cant-be-both/


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