本日SEC(証券取引監視委員会)は格付け機関のMOODYSに対する詐欺罪の起訴を取り下げると発表した。この嫌疑は、2006年に格付けをするためのコンピューターシステムに欠陥が見つかり、格付けが本来のリスクを反映していない事が社内で認識されたにもかかわらず、同社が格付け変更の手続きを意図的に取らなかった事に対する嫌疑だった。
既にSECはその証拠として、社内会議の資料や、上司が担当者にMOODYSそのものの評判を守るために、格付けの変更を行わないよう指示したメールまでも押さえていた。ではなぜSECは起訴を取り下げたのか。ワシントンポストには、SECは起訴を継続したかったが、法律上の限界があり、断念させざるを得なかった経緯が示されている。
全く知らなかったが、そもそも格付け機関は長い間どこの管轄当局にも属していなかったらしい。MOODYSは1909年創業の上場会社。その株式を巡る決算などの整合性は当然SECの管轄だ。だが記事によると、格付けをする業務のプロセスの正当性をチェックする法律はなく、2006年になってやっとその方向で格付け機関は本業においてもSECの管轄下に入ったらしい。だが当時の法律は十分ではなく、証券が欧州で発行されたモノや、そもそも行動が国外の場合は全く起訴できないらしい・・。
そもそも人間社会を不幸に陥れる大惨事は、故意のモノより過失が原因の方が実際の件数は多いのではないか。だが、法律では過失は許される事が多い。その典型が、皆で赤信号を無視した結果のあの金融危機である。そして今日は偶然にもリーマンの元会長が金融危機調査委員会の呼びだしてワシントンで証言をしている。彼は「みなやった事は同じだった。だが政権はリーマンだけを助けなかった」と証言した。
金融危機直後は何を言っても悪者にされた彼も、今日の証言はどこかに説得力がある。そんな中で危機を招いた張本人の一人であるMOONDYSが無罪放免。SECとしても今回は過失どこころか故意による部分までも見逃すのはやはり忸怩たるモノがあるだろう。そして新しい金融法案では、格付け機関は当局の管轄に入った。だがそれでも銀行などと比べれば縛りは緩いらしい。(ワシントンポスト)
ところで、日本にはまだまだ米国の格付け機関の格付けを重視する人がたくさんいると聞く。そもそもルールがそうなっているとの話もある。ならば日本の当局は知っているのだろうか。この実態からは、MOODYSの格付け等は、実質トリプルCの会社(MOODYS本人)が発行したトリプルAであった事を・・。
いずれにしてもMOODYSは起訴が取り下げられて安堵している様子。だが市場が本来の原理を取り戻せば、まず駆逐されるべきは彼らでなくてはならない・・。
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