2011年5月21日土曜日

裁きの瞬間(THE JUDGEMENT DAY)



今日のNYタイムスの経済面一面には、「間違った投資を救済する資本主義」との皮肉なタイトルがあった。米国の事を言っているのかと思ったら日本の事だった。記事は東電の債務放棄を銀行に求める日本政府の姿勢の非難。バカバカしい。意見は様々だが、米国も全く同じ事をしているではないか。違いは金融危機と天災の違いだけ。米国は仕方がなかったというなら、日本の資本主義の姿を批判する事は出来ない。問題は、日本の場合、「クッション役」を強いられる銀行が米国の様な優遇をされていない事だ。邦銀はいまだバブルの責任を負わされたまま。でこれでは救済資本主義の新トレンドにも乗れない。

そして同紙にはもう一つ興味深い記事があった。経済面ではなく一面に堂々と載った記事ではなんと明日5月21日は旧約聖書で神が人類最後の日(JUDGEMENT DAY)に指定していると信じている人々の話だった。ノアの箱舟の話も含め、此処では旧約聖書の創世記の話は何度もしたが、この人々の原書の解釈では大洪水から7000年目の明日、神は人類に同じ仕打ちをすると予告しているらしい。

そしてこのグループの主催者が冒頭の写真の老人である。このグループは昔からあり、インターネットでは明日に向かってカウントダウンをしていた。ネットで世紀末をどう迎えるかを広めるために寄付金を集めており、これまでに集まったお金は50億円以上。ただその資金はラジオなどで思想を広める広告代に消えており、この老人が詐欺をしているというわけではないという。 (http://www.familyradio.com/index2.html)

ところで、もし本当に明日が人類最後の日なら、その瞬間人は何を抱きかかえているだろうか。この仕事からは米国人は株、ユダヤ人はゴールド、アラブ人はコーラン、フランス人は女(異性)、日本人は米債、ロシア人はボッカ、ブラジル人はサッカーボール イタリア人はワイン・・・といったところ。意外に難しいのが中国人と英国人だ。思い浮かばない。

そんな中、今日のテーマを聞いて少し前にこちらで新聞記事になった「インディアンの言い伝え」を思い出した。彼らが考える世紀末、インディアンは米国大陸を振り返る。「自分たちはバッファローを追い、その肉を食べ、女性を抱き、そして眠った。そこに白人がやって来た。白人は肉を食べないのにバッファローを殺し、政府を作り、お金を持ち込み(産業を興し)我々を追いだした。だが彼らは何も残す事はなかった・・」 

米国の歴史では、西部に白人が入植を開始した18世紀中旬、僅か15年でバッファローは6000万頭が70頭にまで減ったといわれている。鉄道による物資の輸送が可能になり、バッファローの皮が東部の産業支えたのだ。だがその裏で6000万頭の命を15年で70頭にまでする破壊は凄まじい。

白人は銃で簡単に撃ち殺し、殺した後は皮を剥ぐだけで肉は食べない。神聖なバッファローの無数の死体を前にインディアンは白人を呪っただろう。 この言い伝えにはそんなインディアンの怨嗟を感じる。(このあたりを知りたければアカデミー賞になったダンス ウイズ ウルブスが良い。)

では自分は世紀末の最後に何を抱えていたいのか。実は何もイメージはないが、あの大津波から命からがら逃れた人々が、がれきの中で探しているのが家族の写真だったのがヒントかもしれない。人と動物の違い。やはり最後は人として生きた証明がほしい。

それにしても冒頭のソシエテジェネラル社のローマのお金のチャートは素晴らしい。実はローマが凄かったのは、自分は滅んでも次を生んだ事だ。ならば米国よ、自分が衰退するのが嫌だからと言って、他を世紀末に巻き込むのだけはやめてほしい・・。 



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